- Amazon.co.jp ・本 (407ページ)
- / ISBN・EAN: 9784620326740
作品紹介・あらすじ
刊行から20年、日本社会は大きく変わった。
毒親ブームの原点となった本書の、未訳部分をすべて加えた完全版。
感想・レビュー・書評
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親子関係に苦しさを覚える全ての人へ。本書は、毒のように、子どもの心身を蝕んでゆく親の特徴や、その親と対峙する方法を説く。20年前に翻訳版として刊行された初版に引き続く完全版である。初版本を読んだ際、私は初めて、自分が受けた教育は歴とした虐待だったと理解し、涙しながら読み進めた。間を開けず本書を読んだため、事実上短期間で2回読了したことになるが、今回は泣かずに読み切れた。事実を受け止める心の準備ができてきたということだろう。これから、自分の心を守るための行動を取っていきたい。
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たとえ日常的に虐待を受けたのでなくても、叩かれたり、冗談だとしても身体あるいは能力に対して侮辱的な言葉を言われたりした体験は、親に限らず、先生や同級生など、相手は誰であれ大人になっても記憶から消えないものだ。自分は虐待を受けていない、していない、だから関係ない、ではない。事実として知っておく必要がある。
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二章 義務を果たさない親
この部分が特に自分には響いた。
子供が辛い状況に置かれた時に話を聞いたり、寄り添い心のケアをすることは【親が当然子供に行うべき義務】とのことだった。
これをしてもらえなかった子供は、自分には生きる価値がない、誰にも愛されない存在なのだ、と考えるようになる。
まさに自分がそれだった。
こういう風に扱われた子供を"透明人間"と本書では表現していて、別作だが、『輪るピングドラム』で子供たちが子供ブロイラーという工場に連れて行かれ、ベルトコンベアに載せられ一人一人透明にされるシーンはこのことを表していたのかと本書を読んで気付くことができた。私もあの子供処理工場で透明にされた子供だったのだと今なら理解できる。 -
家庭環境がリソースを規定し、そのせいで少ない経験で育ったとしても、それが人格形成に致命的な影響を与えるものだろうか。テストやスポーツのように、ルールや様式が決まっていて、反復練習が効果的であるようなものは、塾や習い事が有効だ。しかし、勉強ばかりしていて殴り合いをした事がない子と、経験豊富で早熟な若者が、大人になってその経験値で幸福度に差が生じるかというと、微妙だ。今の自分の状態を過去の因果に、自在にこじ付けられるような気がする。
親とて、家庭環境の一部だ。確かに虐待は影響が大きいだろうが、それ以外の点では、今の自分を親のせいにして生きるのは、少し違う気もする。同じ親でも、兄弟で違う生き方があり、友人関係の方が影響が大きいという話もある。
本著はセラピー本として、極端なケースに向いているが、一般論としては、却って本来、因果関係の弱い記憶を強化して自己暗示する危険すらあるような気がした。人格形成にあらゆる事が影響するのは確かだ。しかし、メタ認知と自己決定により、取捨選択しているのではと、そう考えられる自分は毒親に当たらなかった幸運に感謝すべきなのだろう。 -
毒親の由来となった本を20数年を経て、訳書にする際に割愛した部分を加筆した本。
毒になる親のタイプ別に具体例が載っていて、想像しやすい。
自分は、自分の親が、いわゆる毒親であろうと感じていた。
彼らが、よく口にすることを、その場にいたかのように書かれていて、毒親育ちであることが、自分の被害妄想ではないことが確認できた。
後半は、毒になる親から人生を取り戻す方法について触れられている。
親を許す必要はないということ、親が変わるかもしれないという幻想を抱かないことについて、納得がいった。
親と”対決”することで、親から謝罪の言葉を引き出すためというより、自分が前に進むため、変わることのない親に対して決別する(卒業する)意味があるように思った。
本を読んで、個人で親と”対決”できるとは思わないが、
手紙を書いて、自分の感じたこと、どのように生きたいかをはっきりさせるのは、良い方法のように思えた。
全体として、
民主主義、先進国に共通することなのかは、わからないが、
文化は違えど、毒になる親というのは、どの国においても、同じような態度をとるものなのだなと感じた。 -
二部構成で書かれており、一部では毒になる親はどういう親かということを、二部では毒親から解放される方法論について書かれているが、自分が親になり戒めの為に手に取った本だったので、どういう親が毒親かということについて書かれたパートは非常に勉強になった。
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毒になる親が子供にどのような影響を与えることがわかった。子どもへの接し方を少し考えさせられた。