結ばれたロープ

  • みすず書房
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感想 : 5
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  • Amazon.co.jp ・本 (408ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622088813

作品紹介・あらすじ

フランス随一の登山家作家フリゾン=ロッシュの鮮烈なデビュー作にして山岳小説の古典の新訳決定版。モンブラン山群の雪と岩と氷、シャモニー谷の緑のなかで展開する若者たちの物語。登攀ガイドの父を事故で失った青年ピエールは、苦悩の末に自らの人生を選び取ろうと氷壁に挑んでゆく。厳しく美しい風景とその土地の暮らしぶりに惹かれつつ、悲劇と勇気と友情に心ゆさぶられる永遠のロマンを、当時の写真を添えてここに刊行。

感想・レビュー・書評

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  • 登山の経験もなく、山の近くに住んでもいないのに、何故だか山の生活を書いた小説を見つけると読まずにいられない。自分には出来ないことをする人々への憧憬があるのだと思う。最近読んだものの中ではローベルト・ゼーターラーの『ある一生』やパオロ・コニェッティの『帰れない山』などが気に入っている。

    1941年というから、ずいぶん昔に書かれている。実際にあった出来事をもとに書かれた小説で、舞台となっているのは1925年から1926年ごろのシャモニーとその周辺の山々だ。主人公のピエールは山好きの若者で、父も伯父もシャモニーでは知られた山岳ガイド。その中でも「でかいやつ」と称される難ルートに挑むクライマーのガイドを務めることができる指折りのガイドだった。

    その年の登山シーズンもそろそろ終わりかけたころ、ピエールは「赤毛」と呼ばれる伯父の助手をつとめ、モンブランに登頂するパーティーをガイドし、ジェアンのコルの小屋に降りた。そこで、父のジャンがドリュ峰で雷に打たれて死んだことを知らされる。疲れた体を休める暇もなく、二人は急いで救援に向かう。

    山の天候について誰よりもよく知るジャンがなぜ、落雷に遭ったのか。ジャンはクラリスのジョルジュを助手にして、アメリカ人登山客のガイドをしていた。天候の急変を告げる雲行きに危険を察知して下山を勧めるが、頂上を目の前にした登山客は、そのために金を払っている、と首を縦に振ろうとしない。やむなく急いで頂上を攻めたその帰り、二人を先に下ろしていて雷に打たれてしまう。

    この小説のハイライトとなるのは、三つの山行を描いたパートである。そのひとつが、ジャンの替わりにガイドを務め、無事に客を麓の町まで連れ帰るジョルジュの孤独な闘いを描く部分。客はジャンの死にショックを受け、気がおかしくなっている。呆けた状態の客と二人で帰りの難所を切り抜けなければならず、ジョルジュは苦闘し続け、凍傷に見舞われながらも、遂に下山に成功し客を連れ帰る。

    ヘリコプターのない時代、誰かが遭難すれば、救援に向かうのは仲間のガイドたちだった。熟練のガイドはそれぞれ客に従って出払っている。山頂近くの岩場に残されたジャンの遺体を運び下ろすために、ガイド組合長は、その場に居合わせたベテランガイドにまだ若いガイド助手を組ませ、救援に向かわせる。途中で合流したピエールと赤毛を加えた一行は、ドリュ峰に向かうが、雪に阻まれる。

    冬の間、父を山の上に置き去りにすることを受け入れられないピエールは無理な登山を行い、墜落してしまう。幸い危険を予測した友人のブールがロープで確保してくれていたので、クレバスの中に墜ちることは免れ、三十メートル下の雪の積もった岩に衝突した後、ロープで宙づりになり意識を失う。仲間に助けられ、何とか下山したピエールは頭蓋骨骨折で手術を受けることに。

    この骨折によって、ピエールには後遺症としてめまいが残る。山行の途中で手を離す危険もあるという医者の説明を聞いてガイドを夢見ていたピエールはショックを受ける。自らを試そうと山に入るが、医者の言う通りめまいが起き、以前のように果敢に山に挑むことができなくなったことを知る。夢破れた若者は、誰とも会おうとせず、酒に溺れるようになる。

    そのピエールを助けようと、山の仲間が一つの策を企てる。高地牧場で行われる牛の女王を決める催しにかこつけて、山行を拒否するピエールを無理矢理連れ出し、自信を取り戻させようというのだ。仲間が一緒ならできるから、と。『結ばれたロープ』という表題は、この仲間たちの友情を表しているのだろう。ピエールはめまいに悩まされながらも、なんとか頂を極めることに成功する。

    極めつけは、凍傷で両の足の指を失ったジョルジュが意志の力でハンデを克服しようと山行にピエールを誘い、二人でヴェルト峰に登る部分だろう。体に障害を持つジョルジュと心に傷を負ったピエールが、二人っきりで難所に挑むのだ。あえて、ブールやフェルナンには告げない。彼らがいればどうしても頼ってしまうからだ。山行では仲間の存在は大切なものだ。ピエールが一時的にではあるが、感覚を取り戻せたのも友の危機を助ける咄嗟の行動だった。

    一方で、最後には自分自身との闘いに勝つことが山では何より大事なのだ。ジャンが遭難したのも、自分の判断の正しさより、シャモニーのガイドの名誉というちっぽけなプライドを上位に置いたからだ。ピエールの墜落も父を思うが故の焦りが原因だ。どんなに腕があっても、自分自身との闘いに勝つ意志力がなければ、登頂に成功することはできない。そして、登ったからには降りなくてはならない。初めからその余力を見込むだけの力量がいるのだ。

    厳しい雪や氷との闘いがメインだが、所どころに挿まれる、山間の自然描写の美しさ、フォンデュを作る段取りの詳しい描写、シャモニーの人々の独特な風習や土地柄など、読むべきところの多い小説である。おそらくモデルにした人物がいるのだろう。実力はあるくせに自分を抑え、人の支えになる方を選ぶブールという人物の造形など、つくり物でない彫りの深さを感じさせる。何度でも読みたくなる小説である。当時のシャモニー近辺を撮影した多くの写真が文章に花を添えてくれている。

  • 訳者のあとがきによると、この本は1941年に発表されている、著者はパリで生まれるが、シャモニーに魅せられ移住して山々を歩くうち、有名なガイドに見込まれ自らも高山ガイドとなった。
    第二次世界大戦ではナチスにつかまるも脱獄して、探検家として各地を旅する。
    同時にフランス山岳ガイド組合の会長も務めた、とあります。
    「結ばれたロープは」休戦協定でアルジェリア通信の記者をしていたころ、新聞に連載されたものをまとめたもので、雪と氷の物語は、海と砂漠のアルジェで執筆された、と。
    若いころに親しんだ山々がどんな時代でも著者の心のよりどころであったということなのでしょう。
    その頃の、ガイド仲間との山行での出来事、ガイドとしての仕事中のエピソード、悲惨な山での事故、そういったエピソードの数々が物語の中に織り込まれ、実在する人たちも名前を変え登場して、そうして生まれたのがこの話です。
    書かれてずいぶんの年月が経っていますが、古いということは全く感じられません。
    山はもちろん昔から変わりませんし、目の前の山に登りたい、という人々の熱望もいつの時代でも同じだからでしょう。
    時折当時の写真が参考に掲載されているのを見て、その服装などで、あぁこの時代の話だったんだな、と再認識するくらい違和感はないです。
    元ガイドをしていた著者ですから、その臨場感や細やかな描写は、素晴らしいものです。
    雷がだんだん自分たちのほうに近づいてくる気配を感じながら、この岩壁から、一刻も早く少しでも下に降りようとする(こんな時でもお客を優先で)焦る気持ち、自分もその場にいるようで、手に汗握ります。
    遭難により生まれたトラウマはやはり山でしか克服できないと、若いガイドが立ち直り、またガイドの登録をするというところで話は結ばれます。
    この小説がまた新たに今年刊行された意味が分かる気がします。

  •  父と息子、気遣う母。
     図書館の新刊の棚で見つけた「山」の物語。テーマも繰り広げられる物語も実に古典的。なのに、読みだしたらやめられない。よく見ると、1956年、「ザイルのトップ」という山小説として訳されていました。その方面の方には、古典なのでしょうね。今回は石川美子さんの新訳。
     オヴァ―・ハングの絶壁に挑む二人の青年のスリル満点の行動と息を飲むほどのうつくしく険しい風景の描写はページを繰るのがもどかしい面白さですね。
     それほど読んでいるわけではありませんが、数ある「山小説」の、最高峰かどうかまではわⅬりません。しかし、かなり高いピークであることは間違いないと思いますね。
     https://plaza.rakuten.co.jp/simakumakun/diary/202006090000/

  • 1941年にアルジェリアで著者の記憶を手繰るようにして書かれたという、氷の世界の山岳小説。当時の登山には安全な器具やハーネスもなく、ただ麻のロープを仲間と腰に結んで山へ挑んだのだという。実際に作中の山行は過酷で壮絶なものである。特に落雷で熟練のガイドを失い、正気を失った客と二人で最悪な天候の氷の山を下山する羽目になったガイド助手のジョルジュの話の絶望は胸を打つ。絶望の中、まさに命を差し出すようにして、ただ使命感のみを支えにして気の狂った客を山の下へと送り届けるのだ。この下山でジョルジュは両足先を凍傷で失う。
    落雷で絶命したガイドの息子である主人公は父の遺体を下山させるために現場に急行するのだが、悪条件の中無茶な登攀をして滑落、頭がい骨骨折の重傷を負ってめまいの後遺症に苦しむことになる。あらすじとしてはこの二人が再び山へと戻り、ガイドを志すことを誓うという青春小説のような感じだ。
    この小説は「若者たちを元気づけるような山の話を書いてほしい」と言われて書いたらしいのだが、確かにそういうメッセージのはっきりした、クラシカルで慎ましくも生気溢れる小説だった。最後に「人生は絶えざる闘いであるべきだと思う」と主人公のおじが語るあたり、特にそう感じる。細微に描写される残酷で美しい山、誇りを持った山男たち一人一人の生き生きした描写がそのメッセージを支えているのだ。密度の濃い小説だった。

  • 2022/8/29購入

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