ゴジラ音楽と緊急地震速報~あの警報チャイムに込められた福祉工学のメッセージ~

著者 :
  • ヤマハミュージックエンタテイメントホールディングス
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  • Amazon.co.jp ・本 (200ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784636880779

感想・レビュー・書評

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  • 本書のタイトルはなかなかの出来栄えだ。ん、あのゴジラのテーマ曲が地震速報のチャイム音に使われているんだって?という良い意味での誤解で私もついつい本書を買ってしまったわけだ。

    だがそんな誤解をしていたのは私ばかりではないようで、昨年の大震災のあとでネット上では結構広まっていた噂のようだ。東大先端科学技術研究センターのHPに「あの速報音は、ゴジラのテーマをもとに出した案が採用されたもの」というそもそも誤った情報が掲載されたのが広まったのが原因と、あっさりと本書の前書きで謎解きされている。では読む必要は無いじゃないか、というのは浅薄な考えで実は深い繋がりがあるのだ。そして隠れたキーワードは「北海道」だ。

    そもそもあの地震速報のチャイム音の作曲の依頼を伊福部(いふくべ)教授に出されたのはつい最近と言っても良い2007年で、その依頼者はNHKのプロデューサーだったというのだ。(全ての放送局で同じものを利用しているので、放送局ではなく中立的な気象庁かなと思っていたのだが違ったようだ。)

    ではなぜそのNHKプロデューサーが伊福部(いふくべ)を知っていたのかと言えば、ベルリンの壁崩壊前後にポーランドで発見された蝋管(エジソンの蓄音機発明当時の録音媒体で天然樹脂を使った円筒形のもの)再生というプロジェクトがあり、北大から音響専門家として伊福部が関わっていたのだが、その様子をTVドキュメンタリーの制作者として担当していたのがそのNHKプロデューサーだった。

    伊福部は音響専門家として再生プロジェクトに参加したが、本職は福祉工学で日本での草分け的存在だ。特に聴覚の研究をしており、音の聞こえる仕組み、聴覚障害者に聞きやすい音の研究、音と人間心理・行動との関連性などが研究テーマ。つまり速報のチャイム音はできるだけ多くの人の注意を引き、速やかな非難行動を促し、尚且つ余計な恐怖感を抱かせないような音創りにうってつけの研究者と言える。

    蝋管の元々の所有者はポーランド人にしてアイヌ文化をテーマにしていた研究者で、そこには戦前のアイヌの歌声などが録音されていたことから伊福部は音楽面での監修を叔父の伊福部昭に依頼している。この叔父は知る人ぞ知るゴジラ音楽の作曲者であるが、もともとは北海道で育ち独学で音楽を学び戦前には交響曲作曲で国際的な賞も受賞している。ただ当時の脱亜入欧主義に反し日本の音階を多用したりアイヌの音階を取り入れたりしていたために音楽界の傍流に位置していた。戦後、教育界を離れ映画音楽の作曲などを手がけており「羅生門」「七人の侍」も担当していた有名人。

    伊福部は地震速報のチャイム音の作曲を依頼された時に、幾つかのクラシック曲も検討したが出来れば個人的にも叔父の作品を残したいと思い選んだのが「シンフォニア・タカプーラ」第三楽章の冒頭部分だ。「タカプーラ」とはアイヌ語で「立って踊る」という意味で幼少の頃に見聞きしたアイヌの風習がモチーフになっているという。

    さあ、これでようやく時代を超えてそして人と人との偶然の繋がりもありゴジラと地震速報チャイム音が繋がったわけだ。こうして見るとあの地震速報のチャイム音は北海道の生んだ作品とも言えるな。

  • 先日、都内で久々に緊急地震速報が鳴った。その後、大事には至っていない模様であるが、ヒヤリとした瞬間でもあった。この緊急地震速報、NHKから流れてくるチャイム音の方なのだが、ゴジラのテーマを元に作られたのではないかという噂があったそうだ。震災直後の時期には、Twitterなどでも随分と話題にのぼっていたらしい。

    本書に、その真相が書かれている。チャイム音を製作した伊福部 達教授、その叔父の伊福部 昭氏が、チャイム音の原曲とゴジラのテーマの双方を作曲していたということなのである。ちなみに、映画音楽の設計原則の一つにストーリーの流れの明確化ということがあるのだが、伊福部教授は、これを応用してチャイム音にも映画音楽のようなメッセージ性を持たせようと試みたそうだ。

    さらに、話はここで終わらない。原曲の曲名は「シンフォニア・タプカーラ」、タプカーラとはアイヌ語で「立って踊る」の意味である。なんとチャイム音のルーツは、アイヌ音楽にあったのだ。この一見ミスマッチにも思える両者の結び付きから生まれたチャイム音は、機能面から検証してみても、「極度に不快でも快適でもなく、あまり明るくも暗くもないこと」という要件に、見事に合致したという。

    たった3秒足らずの音に込められた膨大な科学的ノウハウと、二本の糸で繋がれたアイヌ音楽と緊急地震速報。とても良い話なのだが、あのチャイム音の出番が来ないことも切に願う。

  • 今年最初に読んだのは、昨年末に刊行されたばっかりの新刊。偶然ネットで見かけて概要を知るなり俄然ほしくなったので、ネット通販で取り寄せたのだが、正解だったと思う。

    本の内容は現在広く聴かれるわずか3秒程度の緊急地震速報チャイムの音が、実は伊福部昭作曲の交響曲「シンフォニア・タプカーラ」の第三楽章「Vivace」の冒頭の和音が元になっていることの理由とその開発の経緯、そしてそれにまつわる様々な話。加えてそこから発展して、チャイム音を担当した伊福部達教授(作曲家・伊福部昭の甥)の専門である福祉工学という比較的新しい学問の概要について語られている。

    ご存知のように昨年に起こった未曾有の大災害である東北地方太平洋沖地震とそれに伴う頻繁な余震によって、2007年に製作された緊急地震速報チャイムは繰り返し何度も耳にすることになった。用途が緊急地震速報チャイムだけに、極めて重要度が高く、また要求される条件も特殊であったりする。本書によれば、その中で骨子として提案された条件が以下の5つだったそうだ。

     (1) 注意を喚起させる音であること
     (2) すぐに行動したくなる音であること
     (3) 既存のいかなる警報音やチャイム音とも異なること
     (4) 極度に不快でも快適でもなく、あまり明るくも暗くもないこと
     (5) できるだけ多くの聴覚障害者に聴こえること

    それぞれについての詳細や、どのように考慮され工夫されたかは本書を読んでいただくとして、音や音楽のもつ特性を考えつつ、ひとつのプロジェクトを詰めていく過程はとても興味深い作業だと思う。

    それに付随してその前段階のヒントになるプロジェクト、そして福祉工学の概要に具体的な機器とその開発などの解説を含めて触れている点も大変引き込まれる。というよりは本書の目的は、おそらく一般の人に福祉工学に目を向けてもらうのも大きな主眼だと思われる。人工喉頭の話がKORG KAOSSPADにつながったり、タクタイル・エイドの開発と麻雀の盲牌の関係など、思いも寄らないものが技術的に絡まる様子はまるで一種の推理小説のようだ。

    扱っている内容は読み進めていくと専門的に思われるかもしれないが、間口は広くまた概論で広く浅く読みやすいし、ぜひとも音、現代音楽、福祉、人間工学などに興味がある人には読んでみてほしい本だと思う。

    なお、タイトルが割りと堅い内容に対して若干センセーショナルなのは、本書に興味をもたせる上で正解でしょう。

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