あしたの幸福

著者 :
  • 理論社
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  • Amazon.co.jp ・本 (287ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784652204177

作品紹介・あらすじ

父の死を受け、親戚の家に世話になりたくない雨音は、ふりきった選択をする。それは幼い頃に家を出た産みの母に保護者になってもらうこと。「利用」「生きる術」とわりきり、自分の居場所を守ろうとする彼女がさわる幸せとは?

感想・レビュー・書評

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  • 父とふたりだけで暮らしていた中学2年生の雨音は、突然の事故で父を亡くしたあと、伯母の家でも施設でもなく、今まで通りの暮らしをしたいと思っていた。そんなとき、幼少期に父と離婚した実の母から「私と一緒に住みますか?」との提案があり、雨音はそれを受け入れることにする。国吉と名乗ったその人は、極端に人間関係に不器用で、母らしくもなく、直接的な物言いしかできなかったが、料理人をしているだけあって、料理はうまかった。父と婚約していた帆波が線香を上げに訪問してきたとき、父の子を妊娠しているから、雨音たちの家に同居したいと申し出る。帆波がそうしたいのならと雨音が承知して、前妻とその娘と婚約者との奇妙な同居生活が始まった。

    無意識に周囲に距離を置いていた少女が、父の死によって、父やその婚約者だけでなく産みの母からも愛を受けていたことに気づき、もっと理解していきたいと思い始める物語。






    ******* ここからはネタバレ 

    いいお話のようなんですけど、この物語ならではの特異性に支えられている部分がかなり大きいと感じました。

    まず、父の前妻と婚約者が、多感な中学2年生の少女と一緒に生活するというシチュエーションに驚きます。
    まあ、肝心の父親が他界しているからこそ、前妻の国吉が一風変わったキャラクターだからこそできることだと思います。前夫の子どもを妊娠中の女との同居なんて、一般的にはしたくないことでしょうから。

    そして、この父娘もすごいです。
    父娘の父子家庭の場合、同性の親子のときよりもはるかに結びつきは固くなります。娘はある意味父の妻のような存在となることも少なくないので、後妻が受け入れられるのは相当難しいです。
    さらに、もし愛情に飢えていた場合は、その不足分を新たな親に一気に求める傾向があるので、甘えや気を引くための反抗、本当に親と信じていいのかといった試し行為が見られることも多いです。
    この物語の主人公雨音は、父親からしっかり愛を受けていたんだなと思うと同時に、父子家庭の父親が、娘と協力しているとはいえ、仕事と家事を”きちんと”両立し、不足なく愛を注ぎ、さらに自分自身も恋愛する時間とエネルギーがあることに驚きました。
    また、雨音のオトナな考え方やふるまいが中学2年生らしくないと感じられてしまいます。
    高校2年生ぐらいだったらありえるかなぁと思うんですけど。

    さらに、帆波のわがままさ。
    同じ男を愛した女がすでに血の繋がった娘と生活を共にしているのに、そこに割り入っていくとは。
    しかも、春に出産が控えているとのこと。働けないばかりか家にいてもお世話になる存在ですよね。
    いろんなことを気にしない国吉はいいとしても、新生児と一緒に広くない家に暮らすのは本当にたいへんだと思います。出ていってほしいと思っても、同居を了承した以上そうは言えない葛藤もあって、けっこう苦しい思いをするのではないかと今から心配してしまいます。

    それに、春には雨音も受験生ですよね。プレッシャーの中、新生児に注がれる愛を、平然と見ていられるのでしょうか。


    まあ、こんな危うい無責任感がいっぱいの物語ですが、これら登場人物の特異性に救われて、読後感は悪くないです。

    特に、国吉さんがいいですね。慮ることのできない杓子定規の人ですが、そのために周囲はいらない気遣いから開放されて楽になっているようです。
    辛い渦中にいる人たちに、どれだけの距離感を持って寄り添っていったらいいのか、このお話は考えさせてくれます。

    ただこの3人の同居生活があまりにも理想にすぎるので、現実的に親子や養親子の問題に苦しんでいる人には参考にならないでしょう。単純に読み物としてならおすすめできます。

    文章は平易ですが、状況理解ができたほうが楽しめると思います。しっかりした高学年以上の読書をオススメします。

  • 産みの母とひょんなことから同居を始めた中学生のお話し。母が個性的で私は好き。

  • それぞれの立場や思いを考えると辛いけれど、お互い一緒にいることで保たれている。辛いときに一緒にいられる人って、そのあともずっと一緒にいられる、未来につながる人かもしれない。

  • >「こんにちは、初めまして」帆波さんは人懐っこい笑顔で会釈した。その笑顔があんまり自然で……あたしはこの人を家に入れたくない、と思った。
    p.88

    >「守られなければいけないのは、子どもです」
    > そうですね、と帆波さんは小さくうなずいた。
    >「大人は、子どもが守るものじゃないですよね。守るのは社会なのかな」
    > 国吉さんはそれには応えず、あたしの目の奥をのぞいた。
    >「子どもは逃げません。でも、だから折れます」
    p.237

    >国吉さん、子どもは逃げないんじゃないよ。逃げかたも、逃げる場所もあたしたちは知らないんだよ。
    p.245




    母から薦められて(渡されて)読んだ。

    とても良かった!
    序盤、国吉さんとの同居が始まった段階では、ヤマシタトモコ『違国日記』の児童書バージョンというか、子供(朝ちゃん)視点でのお話・・・みたいな、まぁよくある孤児引き取り/引き取られヘンテコ親子関係モノの類かな、と思っていたのだが(まぁ間違ってはいないが)、中盤、国吉さんと帆波さんが出会って3人での共同生活が始まるくだりからグッと面白くなった。最後の100ページくらいはずっと泣きながら読んでいた。国吉さんの働く洋食屋で雨音ちゃんの誕生日を祝うくだりとか、ベタだけど泣けること泣けること……。「洋食店で働いているのに家では和食を作る」ことの伏線回収とか、鮮やかでいいですよね。
    それから、雨音と廉太郎くんとのヘテロ幼馴染関係もめちゃくちゃ好みだった。2人とも境遇から中2にしては大人びすぎていて可哀そうというかツラい面はあって、こういうヤングケアラー等の人物を、単純な美化ではないけど「美しく描く」ことに危うさも感じるのだけれど、まぁ、はい、好きなものは好きでした。
    国吉さんは典型的な、というか戯画的なASDのひとで、こういう「変わってるけど実は良い(普通の愛情的なものもある)人」を描いて感動にもっていく仕組みはありふれているので、そこに直接的に感動することはないけれど、児童文学ということで、確かに子供にとってはいわゆる一般的な「大人」像には強く反発するがゆえに、こうした「変わった大人」が魅力的に見えることはあると思うので、ありふれたキャラを児童文学の枠組みの中で巧く活かしたなぁ、という印象。個人的にはやっぱり帆波さんが良いキャラで、この人がいないと凡庸な母娘関係再興モノになっていたと思う。

    ところで、最初に引用したお気に入り箇所で、特に「大人は、子どもが守るものじゃないですよね。守るのは社会なのかな」という帆波さんの台詞は非常に重要だと思う。これに国吉さんは応えず、というのもこの問題に踏み込んでしまうとテーマがまたガラッと変わってしまい、到底児童文学に収まらなくなってしまうためであるが、しかし、踏み込まないにしても、この一言を入れた意義は相当に大きい。この作品では「逃げかたも、逃げる場所も知らない」ことを「子ども」の1つの定義にするが、本当のところ、子どもだけじゃなくて、大人だろうが誰であろうが、わたしたちは逃げかたも、逃げる場所も知らないのではないだろうか。そういうひとに逃げかたや逃げる場所を教えて提供してあげられる社会、あるいはそもそも逃げなくても健やかに生きていけるような社会を理想として掲げていくことが必要なのではないか。
    ・・・閑話休題。この作家さんの別の作品も読んでみたいと強く思わされた。(あ、いちおう言っておくと、わたしは花言葉のガチアンチなので最後の締め方/タイトル回収は別のかたちのほうが良かったです!!!)

    ここからは余談・いらんことを言うコーナーに入りますが、この物語のキャラ構成をよくよく考えてみると、主人公の父親(40歳)は、元妻(国吉京香)と、婚約直前の現恋人(帆波)と、元妻の娘(雨音)という3人の女性からものすごく愛されている男性である。つまり、これは「ハーレムもの」の男主人公が死んでしまい、あとに残された女性(「ヒロイン」)たちが、その男への愛情やそれ以外の互いへの愛憎などを燃料として、どうやって〈中心=家父長〉がいない状態で新たな〈家族〉をつくっていくのかを模索している物語として読める。本書は父の娘を主人公にした児童文学だから面白く読めたけど、もし仮にこれが外崎父を男主人公にしたアニメ/ラノベ/エロゲだったら自分は絶対に主人公(外崎父)がキツくて嫌いになったと思う。ハーレムものから男性をオミット(排除)する発想は個人的にはとても斬新に映って興味深い。
    とはいえ、結局のところ、「産みの親」である国吉さんと雨音が、徐々に「ふつうの」親子らしく距離が縮んでいく終わり方ではあるので、けっきょく至極保守的な着地なのでは?という気はものすごく、する。(雨音と廉太郎や、他の友人ふたりのヘテロ恋愛要素なども、そう。) とすると、やはりここで無視してはならないのが、血縁関係においては「部外者」の帆波さんで、この人物こそ、本作を上辺だけ新奇な梯子外し作品に堕させない、一筋の光なのではないか。帆波さんの、自室にズカズカ入ってきてベッドに座って悩み事を聞いてくれる、そして〈家族〉にもズカズカ入ってくる性格が必要なのだ。
    とはいえ、そんな帆波さんも、あのハーレム主たる〈父〉によって孕まされているので、けっきょくド直球の生殖主義・家族主義やないか~~い!というのは……ありますねえ……。もし仮に妊娠してなくても帆波さんが雨音(&国吉さん)との同居を強く望んでいたかどうか……あまり意義のない空想だが……。
    ちなみに、やがて生まれてくる帆波さん(と外崎父)の子供が男か女か、というのを考えるのも面白い。女児だったら女性4人(夫=父を共有する母娘×2)でのものすごく奇妙な同居生活の〈家族〉になるだろうし、男児だったら必然的に、〈ハーレム〉の復活/再生産となる。どっちに転んでもなかなか考えさせられる。。。

  • いとうみくさんの本は
    小学校高学年の女子にファンが多く、
    図書室にもかなりあるが、これは図書館の
    ヤングアダルトコーナーに置かれていた。
    他人から見ると、ありえない3人の同居、
    抜け落ちた家族の穴を埋めるように、
    どんどんしっくりとなっていく。
    いい人ばかりじゃないところが、好きだった。

  • よかったと薦められて読んでみたら、一気読み。うまくいえないんだけど、ほんとによかった。
    周りからみたら普通でないのかもしれない、かわいそうと思われているのかもしれない。でもそんなの他人が決めることじゃない。雨音と国吉さんとのやり取りも、帆波さんも、廉太郎も、好きだなぁと思った。何が幸せかなんてわからないけど、読んでてあったかい気持ちになった。チェッカーベリーの花言葉、素敵なタイトル。

  • 父が交通事故で亡くなった。
    幼い頃、母は離婚し、父と私を置いて家を出た。
    父には1ヶ月後に結婚を控えた女性がいたが、彼女も一緒に事故に遭い今は入院している。
    おいでと言ってくれる叔母がいるが、引き取る余裕なんてないのはわかっている。
    何よりも、この家に居たい。


    中学生の雨音はどうにも身動きが取れなくなったところを、実の母・国吉さんと暮らすことになる。幼馴染みの蓮太郎のさり気ない気づかいに息をつき、父の彼女だった穂波さんとも新しい関係を結びなおしていく。



    〇ずれたりすれ違っているところもあっても、よい家族なのだなあと思う。国吉さんはADHD の自分を律して、穂波さんはちゃっかり大らかに、雨音ちゃんは真面目に少しずつ柔らかな世界と自分を見つけられるのではないか。
    連太郎くんは、これから学生の時代をしっかり味わって欲しいな。

  • 父をなくした雨音は、父の元妻である国吉さんと暮らすことになる。この人のユニークさがすばらしい。なんでもきっちり決めないと動けないなど一般的には問題があるとされることはあるけど、それでもいいのだ、と思う。新しい家族のかたちを感じさせる。

  • 父子家庭の雨音、中2の夏休みに突然父が死ぬ。1人になった雨音は昔出て行った母と住むことになる。そこに父の再婚相手だった帆波が妊娠もあって三人で住むことになる。実の母の不器用な性格が人間関係の距離感を狂わせ、逆にぎこちなさを修復していく。三人の個性豊かな女性たちの暮らしがとても良い感じだった。
    父はいなくなってしまったけれど、きっとこの先もやっていける、そんな未来を信じる事ができる、そんな素敵な物語。

  • お父さんを突然失くした雨音。
    そこに出現した産みの母「国吉さん」。
    その後一緒に住むことになる父の婚約者帆波さん。
    雨音の親友唯も廉太郎も中2なのに十分大人の考えを身につけている。
    にしても産みの母国吉さんは、絵に描いたような発達障害。けれどもこの先雨音と暮らすことで、生きることが楽になっていくんじゃないかな。
    ついでに父も結構発達障害入っていると思う。相手の気持ちを忖度できないあたり。
    それに比べて、雨音は定型発達ゆえに気を回し過ぎるところがけなげ。
    ついでに、廉太郎のヤングケアラーっぷりにも胸をつかれる。

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著者プロフィール

神奈川県生まれ。『糸子の体重計』で日本児童文学者協会新人賞(2013年)、『空へ』で日本児童文芸家協会賞(2015年)、『羊の告解』でうつのみやこども賞(2019年)『朔と新』で野間児童文芸賞(2020年)、『きみひろくん』でひろすけ童話賞(2021年)、『あしたの幸福』で河合隼雄物語賞(2022年)、『つくしちゃんとおねえちゃん』で産経児童出版文化賞(2022年)を受賞。そのほか、『かあちゃん取扱説明書』『二日月』『チキン!』『カーネーション』『ぼくんちのねこのはなし』『よそんちの子』など、話題作を多数発表している。全国児童文学同人誌連絡会「季節風」同人。

「2022年 『バンピー』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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