災害と妖怪――柳田国男と歩く日本の天変地異

著者 :
  • 亜紀書房
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感想 : 13
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  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784750512129

作品紹介・あらすじ

妖怪は私たちのうしろめたさの影なのか?

民俗学の祖である柳田国男の『遠野物語』『妖怪談義』『山の人生』を繙くと、日本列島は、大地震だけでなく、飢饉、鉄砲水、旱魃など、始終、災害に見舞われ、河童、座敷童、天狗、海坊主、大鯰、ダイダラ坊……の妖怪たちは、災害の前触れ、あるいは警告を鳴らす存在として、常に私たちの傍らにいた。
安政の大地震などは古文書も記録がなされているが、毎年、そこかしこで起こる災害の記録は、おどろおどろしい妖怪に仮託され、人々の間に受け継がれてきたのだ。
著者は、遠野、志木、生まれ故郷の辻川(兵庫)、東京の代田などをたどり直し、各地に残る祭りや風習などを取材しながら、ほそぼそと残る「災害伝承」、民俗的叡智を明らかにする。自然への畏怖、親しい人の喪失、生き残ってしまったうしろめたさ、言葉にならない悲しみと妖怪たちからのメッセージに耳を傾けてみよう。

感想・レビュー・書評

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  • 日本を襲う震災の数々。
    柳田国男の「遠野物語」を辿り、妖怪を通しての災害伝承を読み取ってゆく。

    数十年、数百年に一度襲ってくる大地震や大津波、数年おきに必ずおとずれる大雨や氾濫、飢饉。
    それら震災への怖れ、死者への弔い、被災体験の記憶のために、多くの怪異伝説が生み出されてきた。
    今ではユーモラスだが、死者と結び付けられた存在であった河童。
    山の怪異であった天狗。
    洪水によりもたらせる死と、しかし水が運んできた新たな木材は土の入れ替えという再生でもあった。
    地震を起こすといわれる鯰、神の使いとされた狼。
    神に捧げものをするという習慣について。人間や動物を捧げる場合、そうだと分かるように体に傷をつけた。それが徐々に神に近い物、神の声を聞くものの目印とされたなど。

    柳田国男の一節に「およそこの世に、『人』ほど不思議なものはない」というものがある。
    人は苦難や不思議を人に伝えようとして妖怪伝説になったのか、それなら妖怪伝承をひも解いてゆくと未来への手掛かりが見つかるのではないか…ということで結ばれている。

  • 昨年の大災害、東日本大震災をひとつの糸口として、柳田国男の「遠野物語」「妖怪談義」などを紐解きながら、いわゆる「災害伝承」というものを辿った一冊。

    季節の移り変わりがはっきりしていて、雨や地震も多く自然災害の多い日本は、古来よりその自然の力をそれぞれに宿る神の力として畏れ、敬い、人々の経験や知恵を、ことわざや言い伝えとして残し受け継いできた。

    そしてたとえば妖怪だとか化け物だとか、幼いころにおばあちゃんから聞かされたり絵本で読んだりといった「怖い話」の類には、多分に飢饉や干ばつ、洪水、地震など、人々が見舞われてきた災害に対する心構えや戒めの意味が隠されていることが多い。

    河童や座敷わらし、天狗、ダイタラボッチ、一つ目小僧や地震を司るナマズなど、だれもが一度は見聞きしたことのある妖怪やそれにまつわる伝承内容がなかなか興味深い。
    離れた地域でも、同じような中身が伝わっていることも少なくないそうだ。

    科学の進歩によって、災害を未然に防ぐための様々なデータ収集、解析、それによる予知、また防災のための設備、土地開発計画、建物の増強など、現代の日本は昔より格段に災害に対して備えられているはず。
    ただ結局は、何かあった時に行動するのは人間。
    それぞれがどう心構えを持っているかが、結びつく結果に大きく影響することは明らかだ。
    現代の科学から言えばバカバカしく思えるようなことも、その中身に込められた人々の思いを推し量り、言い伝えられてきたこと、戒めとされていることに耳を傾けるのも、ひとつ大切なことかもしれない。

    どうでもいいことですが。
    代田橋の「代田」がダイタラボッチのダイタだったなんてなあ~。断言されたわけではないが。由来してそう。

  •  お化けや幽霊が見えるという感覚が被災者を悩ませているという報道が、震災の直後から目についた。震災で多くの死に直面した被災者にとって、幽霊の出現は心の傷の表れだという見方もあり、宗教界は教派を超えてこの問題に取り組んでいた。
     著者はこの報道を契機に、民俗学者柳田国男(1875-1962年)が著した『遠野物語』や『妖怪談義』などを読み解きながら、本書で日本の災害伝承を紹介しようと思い立つ。なぜなら、『遠野物語』の中には、報道とそっくりそのままの幽霊譚が記されているからだ。
     自然災害が多い日本では、天災を含む自然の力を神の力と同一視し、畏れ、敬ってきた。そして人々は、その経験や知恵を妖怪などに置き換えて、後世に伝承してきた。本書は、妖怪譚や怪異譚の読み直しにより、災害と人間との関わりを民俗史の観点から新たに照射する試みである。
     河童と座敷わらしは、元々は同じもので、「零落した神」らしい。日本の近代は、こうしたものたちをアスファルトとコンクリートで埋めて発展した。今から元には戻れないが、そうした歴史がつい何十年か前の日本にあったことは知っていていい。

  • 100年に一度の災害では覚えている人などいないはず
    災害を封じ込めるための動物たち
    河童/天狗/鯰/狼

  • 柳田国男の遠野物語から妖怪と災害、伝承について考える興味深い本。遠野物語は私は読んだことがないけど、引用文があるので訳がわからない状態にはならない。

    災害があったとき、妖怪のせいだと言われ伝えられてきた。災害が起こらぬよう祭事やお供えなども残っているところもまだある。

    単なる物語ではなく、災害に対する対策のようなものが含まれていて神や妖怪は説明するのに適していたり、心の中に何らかの説明で納得できる答えや、そこから安心感を見出すこともできるのかなと思った。

    また水害については蛇抜けについても書かれていて今回広島の土砂災害を考えた。ニュースで見たけど家を建てては危険な場所だった。他にもこういった土地はたくさんあるそうで、当時は災害などで言い伝えられた地名だったのに今ではどんどん変わってしまい忘れ去られるようになっている。

    私もこの本を読んでて、自分の住む土地や実家の土地、近くの川山池の言い伝えや、過去の土地がどう変わってきたか、土地名が変わってきてないか、調べたいなぁと思った。そういう意識を持つような本である。

  • すべて科学で語ろうとしない知的な態度が心地いい。

  • 柳田国男の遠野物語とリンクしつつ、災害と妖怪の繋がりを紹介していて面白かった。不思議な存在である「人」が、何か印象に残った。

  • 予想と違った

  • あとからもう一度読み返したい。
    昨今の妖怪ブーム、悪いことではないけれど、自分なりに『妖怪とは何か?』を確認して見たかった。河童や天狗、山犬。昔話で読んでいた。最近は仕事で関わっている方から山犬のことも少し聞いた。まだ目を通しただけなので、もう一度、腰を据えて読みたい。

  • 震災後書かれた本。
    非常に面白い。
    天狗も河童もなんとなく納得。もっと読みたい。もう一回読む。

    しかし、河童はいるんだがなぁ。

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著者プロフィール

大阪府大阪市生まれ。民俗学者。著書に『災害と妖怪』(亜紀書房)、『蚕』(晶文社)、『天災と日本人』(ちくま新書)、『21世紀の民俗学』(KADOKAWA)、『死者の民主主義』(トランスビュー)、『五輪と万博』(春秋社)などがある。

「2023年 『『忘れられた日本人』をひらく 宮本常一と「世間」のデモクラシー』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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