足をどかしてくれませんか。——メディアは女たちの声を届けているか
- 亜紀書房 (2019年12月24日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
- / ISBN・EAN: 9784750516257
作品紹介・あらすじ
〈みんな〉が心地よい表現を考える
男性中心に作られるジャーナリズムの「ふつう」は社会の実像とズレている。
メディアが世界を映す鏡なら、女性の「ふつう」も、マイノリティの「ふつう」も映してほしい。
――女たちが考える〈みんな〉のためのジャーナリズム。
「家事をするのはお母さんだけ」と断言するCM、いじめを笑いの種にするテレビのバラエティ。
たびたび炎上するメディアのトップは、ほぼ男性で占められ、女性たちには決定権がない。
メディアには「理想の女性」が闊歩し、女たちのリアルも声も消されている。
メディアが世界の鏡なら、女やマイノリティの姿も映してほしい。
誰もが住みやすい社会にするために、メディアはどのように変わるべきなのか。
ジャーナリスト、研究者、エッセイストらが女性としての体験から、メディアのあるべき姿を考える。
感想・レビュー・書評
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フェミニズムは今ブームなのかな。
〈本書の執筆陣の多くはテレビに出演したり、雑誌で連載を持ったり、大学で授業を行うことを稼業としたりしていて、ある種の社会的立ち位置を占め、それなりの発言力を持つ女性ばかりである〉と田中東子さん。
そういうかたが声をあげてくれること、集団になることが大事だと思いました。
私でも入社二年位まではセクハラが辛く、でも誰にも言えませんでした。
今は強くなりましたから、そういう悩みはありません。
だからといって、ここの執筆陣の皆さんのようにはなれないです…。
本としては、とくに田中東子さんのお話(大学時代や、女子大学に勤めるようになった話、対談など)が面白かったです。 -
女性に対する無意識の睥睨もあぶりだされる。ツイしたけど、衝撃だよ→ https://twitter.com/lumciningnbdurw/status/1294059769607516161?s=21
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自分の姿勢、感覚がズレていないか読みながら考えた。苦笑いしながら心に押し殺していた事をきちんと言語化できるようになりたい。
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共感するほど、男性優位社会かつマジョリティ優位な社会にどっぷり浸かってきたんだなあ、と。今もまだまだ。負けずに、世の中うちらが変えていこーね
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テレビ離れ、新聞離れ、雑誌離れが言われるようになって久しいけれど、世の中の感覚とメディアの感覚のズレがもたらした結果でもあるのだよね。世の中の半分は「女性(大雑把)」だけれど、ソサエティによってはいないもののようになっていたり、同等とはみなされていなかったり。持ち上げられるかと思えば、落とされたり。
それぞれの場所で、違和感に声を上げていけるように。声の上げ方はいろいろある。
それが「女性(大雑把)」に対するものだけでなく、さまざまな属性や考え方に対しても押し広げていく手掛かりになるのではないかな。
ルース・ベイダー・ギンズバーグ逝去の報に触れ、あらためて先人の努力の果実を思い、その果実をさらに大きくして、未来の人へ手渡したいと願う。 -
フェミニズム=ブスでモテない女の怒り、と世間でぞんざいな扱いを受けている印象だが、この本では今まで日本社会に蔓延しているもやもやに切り込んでくれている。
求められた「女らしさ」の型にはまり、「女は若いうちが1番」等社会から刷り込まれた価値観を考え直させてくれる1冊。改めてメディアの影響は大きいなと感じたし、自分の中で「それって変じゃない?」と疑問を感じることを常に持っていたいなと思った。 -
メディアの観点からフェミニズムを語る。確かにジャーナリズムの「ふつう」は世間一般のふつうと乖離しているように思う。
最近意識してフェミニズムに触れるようになってつくづく思うけど、私自身男性優位の世界で生き抜くために、その思想にどっぷりはまってきたんだな。私は運良くその男性優位社会の規範のなかで「うまく」やってきて、それなりの境遇に落ち着いているけれど、どこかで何かが違えば転落するのは簡単だっただろうと想像できる。そうなった時にそれを自らの「選択」だったとは言えないだろう。
‘’多くの女性たちにとって、自分らしく生きるという選択が現実の暮らしで生き延びる戦略にはつながらないことが多い。‘’
05 ジェンダー炎上する広告やCM(治部れんげ) がよかった。そういう表現に出会った時に、自分の頭で考えられるようにしたい。