ドイツ人はなぜヒトラーを選んだのか——民主主義が死ぬ日 (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズIII)

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  • Amazon.co.jp ・本 (411ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784750516677

作品紹介・あらすじ

ナチズムは歴史の特異点ではない。
嘘つきで自己中心的なリーダーは、いまも世界で支持されている。


民主的なヴァイマル憲法の特徴、第一次世界大戦敗戦の賠償をめぐってのフランスやイギリスとのやりとり、共産主義に対する保守層の抵抗、軍のあり方、エリート層の私欲と傲慢などを詳細に追いながら、ヒトラーが完全にドイツを掌握するまでを描く。

トランプ政権下のアメリカの現状とも重なる歴史読本。

感想・レビュー・書評

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  • ナチ党の活動は、第一次大戦後に英米が押し進める国際協調、経済的にはグローバリゼーションに対する抵抗だった。
    戦後賠償だけがドイツを追い詰めたわけではない。ロシア革命などによる東方からの難民、共産主義への保守層の拒否感、社会の激しい分断、正規軍と準軍事組織の割拠、世界恐慌、「ヒトラーはコントロールできる」とするエリートたちの傲慢と誤算・・・アメリカを代表する研究者が描くヒトラーがドイツを掌握するまで。

    今までナチの恐ろしさを題材にしたフィクションやノンフィクションはいくつか読んだけれど、人間ってこんな恐ろしいことでも平然とできてしまうんだなとしか思わなかった。でもその背景を知って、なぜこういう悲劇が起こってしまったのか、ナショナリズムが盛り上がっている現代で同じことを繰り返さないようにするためにはどうしたらよいのか、非常に考えさせられた。一番怖いと思ったのは、大統領にすべてを依存しすぎていること。誰か一人の判断に委ねるには事が大きすぎるし、ヒンデンブルグは残念ながらその器ではなかったように思う。一部の知識人の声がかき消されてしまう怖さがリアルで、周りに流されず自ら考えて判断することを忘れてはいけないと痛感した。

  •  原書のタイトルは邦訳の副題「民主主義が死ぬ日」だが、本書は邦訳タイトルの通り、なぜヒトラーが首相の座に就くことができたのかを、第一次世界大戦敗戦後のドイツの歴史を辿りながら考察したものである。

     シュトレーゼマン等の活躍により安定期を迎えたヴァイマル体制だったが、1920年台の中盤から終盤にかけて、主に4つの反政府運動が起こり、民主主義を弱体化させようとしたとする。極端なナショナリズム運動、共産党、巨大企業と軍隊である。巨大企業は、高額な賃金妥結を嫌い、軍は社会民主党が軍事予算に賛成票を投じないことに怒っていて、国会の力を制限する権威主義的な体制を望んだ。そして、当時のドイツ社会は、階級、宗教、性別、民族などの違いで分裂していて、歩み寄りが困難になっていた。(P133~)

     ヨーロッパ諸国の中でファシズムが台頭したのは、民主主義が進み、左派の社会主義が中流階級を脅かすほど成功している国に限られている。ファシズムとは、左派を強く恐れる人々による、左派に対する防御反応だといえる。(P186)

     そして、ヒトラーとナチ党を除外して反民主主義連合を組むことが出来なくなったとき、ヒトラーを雇う、ヒトラーを飼い慣らせると考えたパーペン、シュライヒャー、ヒンデンブルクそれぞれがそれぞれの思惑で、ヒトラーを首相の地位に就けることになった。
     そこからは、国会議事堂炎上事件を奇貨とした授権法による独裁体制の確立に至る。

     最終章に出てくる、34年の抵抗運動、エドガー・ユリウス・ユングによるパーペン演説については初めて知った出来事で、もしかしたら違う歴史があり得たかもしれないとの思いが浮かんだ。

     この後、ホロコーストのようなことをヒトラーがしでかすとは誰も予想していなかったとは思うが、社会が分断され、お互いが歩み寄りができない状況になってしまった場合、とんでもないことが起きてしまう恐ろしさを感じさせられた。

  • 原題は『The Death of Democracy』. 1918年11月のドイツ革命から1934年8月の大統領ヒンデンブルク死去までのヴァイマル共和国からナチス政権初期までの通史本で、ヒトラーとナチスが権力を掌握するまでが書かれている。ヴァイマル共和国期のナチスの台頭を、ドイツを取り巻く経済状況とドイツの社会状況の両方からアプローチしているのが大きな特徴だ。

    当時のドイツを取り巻く経済状況について。第一次世界大戦終結後の英米中心の戦後体制は、賠償金と債務の支払い、金本位制への復帰といった緊縮財政と、安定した民主主義が一体となったリベラル資本主義だった。緊縮に反対する人々はリベラル民主主義にも反対するようになっていった。ナチ党の活動の根本は当時のリベラル資本主義が体現するグローバリゼーションへの対抗運動であったと本書では主張されている。

    当時のドイツの社会状況について。当時のドイツの社会構造は、エーリック・フロムが言うような、近代社会の到来によって共同体から離れた個人がバラバラに存在していたのではなく、何らかの共同体に所属していたのが特徴だ。ヴァイマル共和国では、政治陣営が宗派化しており、大きく分けて、社会民主党と共産党から成る社会主義陣営、中央党とバイエルン人民党のカトリック陣営、中流階級のプロテスタント陣営と3つの政治陣営に分かれていた。投票行動の変化は、基本的に各陣営のなかで起こり、陣営の境界を越える変化はなく、例えば、社会主義陣営の中で社会民主党と共産党が票を取り合うが、陣営の間を票が動くことはめったにない。ヴァイマル期間を通して、選挙の得票率は、社会主義陣営全体が30%から40%、カトリック陣営では15%前後、プロテスタント陣営は大体、30%後半から40%前後で推移していた。また、当時のドイツの総人口6250万人のうち、ベルリン在住は400万人に過ぎない。人口の1/3は2000人足らずの農村に住んでおり、農村ではプロテスタント信者が多かった。農作物の関税引き下げや世界恐慌による農作物価格の下落の影響で地方の農村は疲弊しており、ラントフォルク運動と呼ばれる爆弾テロまがいの社会運動が盛んだった。既存のプロテスタント政党に失望した地方のプロテスタント支持層はやがてナチス支持に傾いたという。つまり、プロテスタント層が潜在的なナチスの支持者であった。

    不満としては、当時の金本位制=グローバリズムを現代のグローバリズムをイコールにしてしまうのは少し安易だろう。金本位制度と管理通貨制度はやはり違うのだから。あと訳自体はこなれているが、校正が甘いところがあり日本語で意味が解りづらい部分が少しあった。それらの欠点を考慮しても、ヴァイマル共和国からナチス前夜の通史で一番読みやすい本だ。これは新たなスタンダード本になる予感がする。

  • 当時の政治家や市民の行動を詳細に追っているので、だんだん自分もその場にいるような感じになってくる。結末をしっていることなのだが、「そっちに行ってはいけない」「戻らないと危ない」とじりじりするものを感じながら読んだ。

    ドイツ国民がヒトラーとナチ党を選んだ理由は単純ではないことを学んだ。敗戦の賠償やグローバリゼーションだけではなく、多くのことが関係している。

    自分たちの受け皿となり守ってくれる政党がない、という面もあった。資本主義と社会主義、資本家と労働者など、多くの対立軸もあった。いろいろなところにナチ党が付け入るすきがあった。

    当時ヒトラーが国民に訴える社会の苦しい状況は、驚くほど現在と似ていることに嫌な汗が流れる。いま同様のことが起こったとして、はたして止められるのかという不安がある。
    一旦権力を握ってしまえば、立法や司法は暴力でなんとでもなってしまう。その前に芽を摘まないといけない。

    対立をなるべく緩和して不満を減らすこと、受け皿を多様にしておくこと、多くの人が「自分は見捨てられている」と思わないような安全網を用意しておくこと、まだまだ準備すべきことは多いように思う。

    人が自分のことしか考えなくなったとき、ヒトラーとナチ党の残滓が再び現れるかもしれない。そうならないよう、本書の結びを常に忘れないようにしたい。

  • とても良い本で、今の世の中にも大きな示唆を持つ。元々はトランプ大統領が選ばれて議会占拠に至るような混乱が起こっていることを理解するために読んでみたのだが、ヒトラーが民主的プロセスにより選ばれていることだけでも日本では分からない社会的政治的背景がとてもクリアになり、歴史をきちんと学ぶという意味でも有益な読書になった。第一次大戦後の時代背景では、現代よりも差別が当たり前であり、暴力が容認されていたという違いがあるが、それだけに今の社会的環境は貴重なものであると痛感し、納得した。ヒトラーの危険性を皆が分かっていながら妥協するのも分かる部分があり、現代の我々が当たり前と思っている普遍的な価値観の尊さが分かる。人権だけでなく多様性などの新しい概念もまた価値観に統合されるべきで、それにより独裁を回避できる事がよく分かる。本当に良い本だった。

  • "社会全体、民主主義全体が、階級、宗教、性別、民族などの違いで分裂していた。分裂した集団どうしが最終的に歩み寄らない限り、民主主義は長くはもたない。"(p.135)

  •  この一冊を読めば1918年から1945年までのドイツの内部での動き、(題名の通り)なぜドイツ国民はヒトラーを選んだのか80%位は理解出来るかなと踏んでいたが、分からなくなったというのが正直なところ。
    当初は、ヒトラーがナチスを作りユダヤ人が嫌いだから差別します。くらい分かり易い構図だと思っていたが、そうは問屋が卸さなかった。
     あとがきの部分で「小さな成長で変化に気づかないけど、気がついたら頭の高さを超えていた」という引用があったがまさにその通りで、一人一人が隣人はいなくなったけど自分は大丈夫だという精神が乗数的に重なり、ナチ党、ヒトラーという大木を生み出したと捉えられるが、国民を責めることは決して出来ない(当事者がメタ認知は難しい)。
     この出来事を単なる「過去の出来事」と捉えるのは簡単だが、これらを前例とし、そして当事者ではない第三者として考えることで得られる知見、防ぐことができる未来があると思う。
     一見一本の線に見える出来事を複数の線から観察させてくれたこの本との出会いは新しい観測点を得る良い機会だったと感じている。

  • ヒトラーが首相になる経緯をドイツの政治的宗教的な背景から書かれている。

  • ここまで極端な暴力主義が罷り通ることはないかもしれないけど,不完全な民主主義,拡大するグローバリズムの中では常にfascismの芽が生まれかねないことがよく分かる.
    馴染みのないドイツ人の名前がたくさん出てくることと相まって,ちょっと話があっちこっち行き過ぎて,分かりにくい部分はあるけど,良い作品に出会えた.

  • ヒトラーが政権を取るまでの話だが、行きつ戻りつの部分が多く頭に入らない。

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著者プロフィール

1965年、ニューヨーク州ロチェスター市生まれ。ハーバード大学にて歴史学博士号取得。専門はドイツ史。ヒトラーの台頭とヴァイマル共和国の崩壊を取りあげた著作、Death in the Tiergarten: Murder and Criminal Justice in the Kaiser's BerlinとCrossing Hitler: The man Who Put the Nazis on the Witness Standは広く知られ、複数の賞を受賞した。邦訳に『ドイツ人はなぜヒトラーを選んだのか』(亜紀書房)がある。

「2023年 『ヒトラーはなぜ戦争を始めることができたのか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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