囿者は懼れず(1) (ガンガンコミックスUP!)

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  • Amazon.co.jp ・マンガ (210ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784757581883

作品紹介・あらすじ

虐殺された少女が勇者に転生!女勇者の正義譚!!
勇者に憧れる少女、エリザヴェータは勇者養成府で訓練に励んでいた。しかし、ライバルである男達には「女性」という部分で敬遠され勇者を諦めるように諭される。男達の「嫉妬」と「侮蔑」に晒されるエリザヴェータはある試験で無残な殺され方をしてしまう…。しかし、死の中で「義の女神」に会い、勇者に選ばれ復活を果たす!!何も持たざる女勇者の正義の旅が始まる!!

感想・レビュー・書評

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  • 「正義」を掲げれば向き合えなくなる、「正義」を見上げれば追いかけたくなる。

    「音」だけに注目すればさして気に留まるタイトルではありません。
    ただし「目」を向ければ確実に惹かれるタイトルであると感じます。
    まずほかでは目にしない漢字の並びなので、検索性もけして悪くないでしょう。
    あと絶対にこのタイトルにした意味はあるはずですが、現状ではその真意はほとんど見えてきません。

    そういったわけで『プラナス・ガール』の松本トモキ先生が原作を務める本作『囿者は懼れず』は魔法が存在するファンタジー世界の、復活の兆しを見せた魔王を倒すため勇者が再臨する頃合いが舞台です。
    とりあえずこれだけ聞けば王道中の王道である英雄譚、ヒロイックファンタジーの幕開けなのでしょう。

    ただし本作の主人公「エリザヴェータ(以下:リザ)」は伝説にある勇者を選抜するため設立された機関の門戸を叩いたはいいものの、行き詰ったところで同輩の候補生の姦計にかかって謀殺されます。
    ところが、そんな彼女の精神性を見込んだ妙に無機質な女神によって「勇者」に選ばれ蘇生されるところまでが第一話の内容です。正道を歩む勇者にしては、血腥い開幕でなかなか先が読めませんね。

    ちなみに主人公が謀殺された理由についてかいつまんで言うと。
    男目線からすると目障りだったから、女はしゃしゃり出るなという終わっている理由でした。

    個人的には彼女を陥れる男どものスタンスや性格が三者三様なのが、興味を惹かれて面白かったです。
    中には手を汚すことなく格を保ったまま、現状に見切りをつけて疾くと現状の物語から退場した男までいたりしました。彼の場合は最後まで出てこなくても再登場しても美味しいポジションかもですね。

    余談はさておき、作品の雰囲気としてはどちらかといえばダーク寄りでしょうか。
    街道上には野盗も出ますし、無辜の民が人知れず虐殺されるくらいには治安が悪く、主人公の手が回る前にそういった悲劇が頻発してしまうことはきっと察せられます。描写はあっさりめですが流血多めです。

    ただし、開幕に比べると滑り出しは王道寄りかもしれません。
    主人公は正義という危うい言葉を前面に掲げる危うさを抱えながらも、懐疑的な視点も持っています。
    たとえばここ一巻でも、リザはわざと常道から外れて行動します。

    まるで神や運命といった巨大な力に定められたレールに乗せられないよう動いているかのようです。
    伝説の剣を工業的手段で折り取るところなんて、きっとわかりやすいポイントですよね。
    そういった破天荒な姿もそれはそれで快刀乱麻な英雄譚じみているといえば、きっとそうなのでしょう。
    その一方で「勇者と魔王」なる対立構造自体はおなじみファンタジーなのですが……。

    どうもリザを下支えするはずの女神や国から不穏な思惑などが見え隠れするのは確かです。
    よってリザの視点からすればいきなり降って沸いた力や立場に甘んじることをしません。リザはブレず折れず、けれど思考は巡らせることが行動にも示されているので読者としても頼りになるのでしょうね。

    すなわち、ここでセールスポイントをひとつ申し上げておきますと。
    クールで男前な女主人公の勇姿を拝みたい方にはぜひおススメできます。ダイナミックな肢体がもたらす躍動感は元より、キャラの魅力や強さは肩書ではなく精神性に宿ることを如実に表していますから。

    それと女勇者リザは男を嫌悪して捻じ曲がっているかといえばそうでもなく、旅に随行する魔法使い三人は男性二人女性一人の内訳だったりします。
    うち女性の「メアリーロレッタ(愛称:メイ)」は主人公リザのパートナーとして、いきなり擦れてしまったリザの感性を補い癒しになってくれる役回りとしてヒロイン的な役回りを務めるようです。

    いわゆる「百合」的な側面から本作を追っていくのも松本先生の前作前々作からの流れを見る分には大いにアリだと思われます。
    男二人はどちらかといえば添え物感はありますが、きちんと個性は出ていますしそれぞれ観点が役に立つので単なる賑やかし要員になっていません。さすがのバランス感覚でお見事といったところでしょうか。

    ついでに言っておくとリザはこの世に舞い戻る前に鍛え抜いたため、剣技やサバイバル能力ではレベルマックスです。いわゆる「最強主人公」の類型に則っています。
    ただし、本編で本人が認識している通りに個人の限界もあるのでリーダーシップを取りつつ人に頼れるタイプの主人公ということになるのでしょうか。不思議と嫌味にはなりません。

    一度死んで吹っ切れたという成長の仕方は先行例が多数ある通りに、やはり強いですね。
    死ぬ前の主人公は理想を掲げる無自覚な傲慢さを力が伴わなかったために道半ばで無惨な形で斃れるしかなかったわけです。甘さや愚かさと切って捨てて語るのもきっと間違いではないのでしょう。
    けれど挫折の先で甘さを捨てて研ぎ澄まし、怜悧で凛々しい魅力と非情さを身に着けました。

    表紙で背中合わせに隣り合うふたりの主人公は、言うまでもなくその現われでしょう。
    けがれなく溌溂とした死ぬ前にはもう戻れないと考えると、ちょっと切ないかもですね。

    あと世界観について触れると、魔法の体系などの紹介については次巻以降といったところでしょうか。
    横文字(カタカナ)な固有名詞も多いですが、漢字主体のお固めな文章の運びやネーミングチョイスから見て取るに固めで質実剛健とした世界が見えてくるかもしれません。こちらも現状様子見でしょうか。

    さて、では最後に本作で度々強調される「正義」について触れることでレビューを〆に向けていきます。

    主人公リザは彼女なりの「正義」に則って超法規的な断罪者として振舞うこともできる「勇者」です。
    迷っていたら人は死ぬので「正義」というお題目を掲げることでいったん思考を止めて戦う。
    ただし「正義」について向き合うことをやめると、恐ろしい結末に辿り着きそうな危うさを抱えている。

    そういった主人公の姿に恐ろしさを感じるというのが、私を含め大体の方の感想でもあるのでしょうか。
    ところで「正義」の反対はまた違った「正義」という言葉がありますよね。
    ところがそれは堂々巡りのトートロジーに過ぎず何も答えていないとも言い換えられるわけです。

    ゆえに。

    「正義」という言葉にどう向き合うのか?
    単なる形を変えた独善のあり方だなんて逃げずに、悪しきをくじき弱きを助ける善き在り方を続けられるのか? そして二律背反の状況に置かれた際には、いったいどんな結論を出すのか?

    一読者の意見としてあまり踏み入ったことを述べるのが僭越であることは確かですが、正義なんて言葉を振りかざすばかりでおのれを顧みなかった輩の醜態なんてものは私も見飽きています。
    よってこの作品が通り一辺倒で斜に構えた「正義」の捉え方で終わってほしくないと私は願っています。

    以上。
    一巻時点ということを差し引いても話の方向性は見えそうで見えません。
    話の着地も現状ではさっぱりなのであっさり打ち切られてもおかしくはないと思う一方、それはあまりにも惜しいなと考えさせられる自分もいるなというのが私なりの感触でしょうか。

    真っ直ぐすぎて捻じ曲がってますし、用意された王道から少し外れている。そのことは確かです。
    けれども、全体をみればまだ王道の範囲に収まっているこの奇妙なバランスの「英雄譚?」のことを私はとてもいとおしく思っているのですから。

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