- Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
- / ISBN・EAN: 9784761526306
作品紹介・あらすじ
障害のある人のアート活動を、アーティストのモチベーション、創作環境を支えるスタッフの奮闘、表現の魅力を発信する活動家の場づくり、新しいアートの鑑賞法、福祉×デザインによる仕事づくりなど多彩に紹介。アーティスト、福祉施設スタッフ、プロデューサー、キュレーターらが実践する「アート×福祉×仕事」25の現場
感想・レビュー・書評
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大阪樟蔭女子大学図書館OPACへのリンク
https://library.osaka-shoin.ac.jp/opac/volume/660705詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
以下引用
障害のあるなしに関わらず、自分が社会から外れているという感覚が強く在る時には、そのつながりを回復したいと思うものです。その手段のひとつとして表現と呼ばれるものがあるのではないか
偶然の出会いとか、周りの人の影響とかいろいろな要因があって
生きている限りは、自分を社会のなかに位置づけ、何らかのつながりを持つ必要があります。
外れているがゆえに、何かつながりを持って、何かしたいと思う。
この外れているところがないと面白くない。
自分が外れているという意識は、いわゆる表現をやっている人に共通
もし自分が目を見えてゐたら今と同じ美術的なものはつくっていない
アートをはじめて、眼が見えないから外れているという感覚はなくなった
自分の作品をいろんな人に見てもらえる喜び
表現活動をすることで、社会とのつながりができ、
どうせ誰にもわかってもらえないと思ってゐた感覚を始めて他者に共有されtsと樹、私はまだ生きていていいのかもしれないとカンジタ
★人間は生きたいから、生きづらくなると死にたくなるのですよ
表現活動とは誰にも歪められずに自分自身の世界を築くこち
そもそも彼らの多くは自分自身の日々の行為や表現がアートであるかどうかなど関心がないように見受けられる。なかには社会的な価値や賞賛に関心を示さない人も
彼らの表現が社会のなかで美術として評価されるか否か、、、、、ようなことはせず、彼らと、彼らの表現に対する尊厳があるかどうかが何より重要
社会で深く傷ついた人たちが自分の抱えている生きづらさをゆるめることができる場所
教育や就労というすごく狭い尺度で計ってしまうと、
自意識が過剰になって、こう見せたいと思いすぎると、身体が動かなくなる
関係やネットワークから完全に切れた個人、言い換えると純粋な個というものを、在るとは言えない
私たちと、彼との間にある時間軸の差
障害とは、その存在をどう私が捉えるのか、つまりは間の問題
アート;価値観を変えること
無目的な場所が少なくなった。何をするでもない場所、何となく誰かと会える場所
文化=一見無駄な、何の役にも立つのかわからないような、雑然とした場所から生れるものだ
目的を決めない場所
環境というのは、自ら整えていくもの
セーフプレイス
そこにいるひとが、そこにいていいと感じられ、その場で感じたことを表現し、、、
そこにいていい。なにかをしてもいい、しなくてもいい -
702.07