どこにもない国―現代アメリカ幻想小説集

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制作 : 柴田 元幸 
  • 松柏社 (2006年6月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (311ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784775401163

どこにもない国―現代アメリカ幻想小説集の感想・レビュー・書評

  • 最後の一編が殊の外おもしろかった。どこまでも幻想的な本ですね。

  • とりわけ面白いと思われるアメリカ幻想小説の短編集とのこと。私にはDo You Love Me? が一番入り込みやすくて悲しくて恐ろしいと思った。あとは地下鉄の査察、魔女かなぁ。ただ、唸るようなストーリーで面白いな!という感想がわかなかったなぁ…
    岸本佐知子さんの変愛小説集みたいなのを期待してたけど違った。

  • 粒よりの短編集。「地下堂の査察」、「"Do You Love Me?"」、「見えないショッピングモール」、「ザ・ホルトラク」がよかった。「地下堂の査察」は別の訳者の「隠し部屋を査察して」も読んでみたい。

  • 「どこにもない国」読んだ。柴田元幸選アンソロジー http://www.shohakusha.com/detail.php?id=a4775401165 … しっくりこないと思いよく確かめたら幻想怪奇小説集だった。嫌いではないけどハッピーな話のほうが断然好き。幸福感溢れる怪奇小説なんてないもんな、既に字面が人格崩壊をおこしている(つづく

    陰鬱な作品群に唯一スティーブンミルハウザーが明るい愁いを差し込む。「ある晴れた朝にぼくは目を覚まし」なんていう平易極まりない書き出しなのに醸し出される叙情の甘美で濃いことよ。こんな作家だっけ?ニコルソンベイカーはグロテスクだけど雰囲気はどたばたコメディ。アニメになりそう(おわり

  •  読書会の課題本として、突如家に送られてきた。
     海外の幻想文学は、滅多に読まない。というか読んだ記憶すらほとんどないので、文学の自由さ、新しさに触れることができた貴重な時間が過ごせた。
    「地下堂の査察」エリック・マコーマック は、好きな世界観だった。地下世界で査察官が隔離された奇妙な人々を訪ねまわる話なのだが、結構読ませるし、意味ありげでとても良い。なんだか、どの部屋にも、そしてこの世界自体にも「最果て感」があって、一番隅っこの世界をのぞき見ているような感覚だった。
    「”Do You Love Me?”」ピーター・ケアリー も父親の暴力的というか、まったく尊敬できない像があり、大衆の暴徒化もあり、愛によって存在が決まる世界の危うさが、見事に表現されていてこれも名作。
    「どこへ行くの、どこへ行ってたの?」ジョイス・キャロル・オーツ は、恐怖小説。最初は、ただのラブコメか、家族と恋愛の対立みたいなのかと思ったが、その世界観が、「他者」の介入によって一変してしまう。母親の、娘への愛し方、嫌悪の仕方が実にうまく、リアリティに書かれているところから、一気に男の登場で、すべて失われてしまうというか、トイレで流されるみたいに、なくなってしまう。最後は主人公が分裂するみたいな形になる。
    「失われた物語たちの墓」ウィリアム・T・ヴォルマンは、エドガー・アラン・ポーの人生や作品を盛り込ませたものだが、これはポーのことと作者のことをよく知っていないと楽しめないかもしれない。ポーが、母や愛した妻を失った悲しみ。そのあとの、夫人への熱烈なラブレターの数々。それがまるで、ヴォルマンがむかし失った妹への鎮魂と許しにシンクロして、とても悲しい出来になっているのだ。この作品は幻想文学だが、とても私小説的なのだ。
    「見えないショッピング・モール」ケン・カルファスはパロディ作品。イタロカルヴィーノの見えない都市が元ネタなのだが、資本主義社会の批評的に仕上がっている。これも元ネタを読んでいればより楽しめる。商品が女性の名前になっているというのは、読書会の指摘で知った。
    「魔法」レベッカ・ブラウンは、フルアーマー女王と、その奴隷になった女の話。レズビアン小説っぽくて、かつ、わかりやすく面白い。特に、女王の中身が結局何も無いのと、女王が、「人を鎧じゃないと愛せない」という、その悲しみが実はあって、それが読書会で指摘されたので、さらに深く読めた。こういう崇高で傷付いた女とそれに従う女を配置するのは、著者の方法らしい。
    「雪人間」スティーヴン・ミルハウザーは名作。誰もが、教科書にも載せても良い、名短編として認めるだろう。
    「下層土」ニコルソン・ベイカーはホラー小説で、イモのお化けにとりこまれちゃう話。
    「ザ・ホルトラク」ケリー・リンクは一番好きで、コンビニとゾンビと崩壊した世界と車と。アメリカの行き着いた果ての世界という感じがする。

     読書会ではこの中から、オーツ、ヴォルマン、カルファス、ブラウンを取り上げた。
     レジメとしてウィキペディアとか参考図書を組み合わせて作った著者紹介を載せておく。

    ■どこへ行くの、どこ行ってたの?
     ジョイス・キャロル・オーツ
    1.著者紹介
     アメリカの作家、詩人、批評家。プリンストン大学教授。1938年生まれ。ニューヨーク州生まれ。1960年、シラキュース大学英文科卒。1961年、ウィスコンシン大学大学院修了。1962年、ライス大学大学院博士課程中退。63年25歳のときに、短編集でデビュー。67年からデトロイト大学などで英文学を講じる。全米図書賞など数多くの賞に輝き、何度もノーベル文学賞候補にあがる。
     40年に及ぶキャリアのなか、特に賛否両論、毀誉褒貶激しい作家である。ほとんどすべてのジャンルにまたがる75冊以上の著作を持つこの作家は、「表面下に暴力が沸々とたぎるアメリカの風土」を生々しく綴る記録者とたたえられている。フォークナー以来の最高の作家と称賛される一方、多作多様のため言語マシンと批判されている。アメリカ文学界のダークレディと呼ばれた。
     「心理的リアリズムの追求」と、「象徴的世界の構築」というオーツ一流のブレンドが作品の特徴である。若い女の子と連続殺人犯との遭遇を背筋も凍る寓話として語る「どこへ行くの、どこ行ってたの?」にはじまるオーツ最良の業績は、何百編と書かれた短編小説といわれている。暗く鋭いアイロニー感覚が、心に訴える強い力に変わっていく。

    ■失われた物語たちの墓
     ウィリアム・T・ヴォルマン
    1.著者紹介
     1959年、カリフォルニア州生まれ。著者は世界各地の暗黒社会奥深くに踏み込んできたが、そこにアイロニーや、これみよがしな醜悪な様子を描いたりしない。人間の悪しき行いのあらゆる領域を、貪欲に、感傷を交えず探求しながらも、そうした行いを仕掛けや目的にしたりしない。ヴォルマンは現代にあって最も勇敢な物語作家の一人だと言えよう。
     タイで年端の行かぬ娼婦を助けた顛末記や旧ユーゴスラビアでの取材中、乗っていた車が地雷を踏んで同行者二人が死亡した事件もあった。危険とエキゾチックな領域に踏み込みつつも、マッチョイズムでもなく、親しみやすさを読者に与える。
     淋しさ、孤立、あだになった善意、個人的・政治的優位の追求といったことがヴォルマンの作品に通底するテーマである。ヴォルマンの心の奥底にあるのは、彼が9歳の時、面倒を見るように言いつけられた6歳の妹が池で溺れ死んでしまった事件である。驚異的なまでに多作であるが、そこには己の罪の償いと罰と、失ったものを救い出そうとするものがある。
     また、ウイリアム・T・ヴォルマンが常に描くのは、居心地の悪さである。戦争が大好きで、ソ連制圧下のアフガニスタンに出かけようと苦労してみたり、最近ではナミビアに出かけたりしているけれど、それも単に、自分がもっとしっくりはまれるような世界のあり方を求めてのことである。
     社会の周辺に生きる人々への関心も、何とか自分の場が見当たらないものか、という意識のあらわれである。
     社会的にはアウトサイダー的な人々が、隔絶したコミュニティを構成して、幸せに暮している。ヴォルマンはそういう人を描く。彼は大局的な視点に興味関心がない。彼がこだわり続けているのは、自分の違和感だけだ。もしヴォルマンの居心地の悪さがわかるのであれば、読者はそこに自分自身を見いだす。が、わからなければ見当外れな言いがかりをつけるくらいが関の山で、それはそれでその人にとって幸せなことだ。ヴォルマンもそんな幸せな人になりたかったのだが、そういう風には生まれ育ってこなかった。だが、読者は、自分がまもなく死に、それが世界には何の影響も与えないことをよく考えてみたことがあるだろうか。そういうことを真剣に考えつつ読めば、あるいは何か作品の糸口が見つかるだろう。

    参考:ポーの生涯
     1809年1月19日、旅役者をしていたボルティモア出身のデヴィッド・ポー・ジュニアと女優エリザベス・アーノルド・ホプキンスの第二子として、ボストンに生まれる。ポーが生まれて9ヵ月後、デイビッドはエリザベスとポーを残して蒸発。まだ若かった母エリザベスは、2人の子どもを連れてチャールストン、ノーフォーク、リッチモンドと転々と仕事を求めて歩き回らねばならなかった。この過労から1811年12月、エリザベスは肺病に罹り死去する。この時の母との生活は、およそポーの人生や想像力の大半を決定付ける要因となったと見てもいいだろう。彼の詩や物語に現れる、穢れなき若き女性への憧憬のごとき感情は、ポーにおいては若くして死んだ母との想い出の中から生み出された。彼は、終生、母の似姿をペンダントに入れて肌身離さず持っていたというエピソードが伝えられている。
     早くして両親に死なれたポーは、兄弟とは別の家族、当時子どもがいなかった煙草商人の豪商ジョン・アランとフランシス・アランの夫婦に引き取られることになった。ポーのミドル・ネームは、この夫婦の姓から付けられている。家は当時裕福であった。イギリスにも商売を広げていたジョンに付き従って、幼いポーは7歳から11歳の多感な時代をイギリスで過ごすことになる。この時の経験は、ポーの、後に開花する文学的感性を形成する一端を担っていたといえるだろう。アメリカに帰国した後、ポーはいよいよ自らの作家活動を開始する。帰国後の1826年、ヴァージニア大学に入学。ところが詩人を志していた彼は、商売を学ばせようとした養父と対立した。また、ギャンブルにふけるようになり、1年のうちに2500ドルの借金をつくった。1827年には、その当時直面していた義父との関係悪化の憂さを晴らすかのごとくに、高度に美学的耽美的な詩集"Tamerlabe and Other Poems"を発表。養父は彼を退学させ、法律を学ぶようすすめたが、彼はボストンに出奔し、そこで自らの詩集『"Tamerlane and Other Poems"』を自費出版したのだ。1827年、18歳のときである。しかし彼の詩は全く評価されず、彼は生活のために軍隊に入った。軍隊では特務曹長を務めるまでになり、1829年除隊。その後養母の計らいでウエスト・ポントの陸軍士官学校に入学した。
     ここでも規則を破り、退学処分となる。その後も彼はニューヨークに出て詩集を発表するが、いよいよ生活に窮し、ボルティモアの父方の叔母の家に身を寄せる。
     代表的な詩である「アル・アーラーフ」を含んだ第二詩集を1829年、第三詩集を1831年と矢継ぎ早に出版していく。この1831年頃までは、ポーは詩人であったが、ちょうどこの頃からポーは短編を書き始めたといわれている。
     その最初の成果は、1833年に雑誌に掲載された短編、「ボトルの中の手紙」であった。この短編の成功から、詩人でありながら、小説家としてもデビューを果たし、さらには雑誌の編集者としてのキャリアもスタートさせることになる。1835年、懸賞小説の選者であったJ.P.Kennedyがその才能を見込んで、リッチモンドの文芸雑誌『南部文芸通信』の編集長に彼を推薦し、彼は編集者として活躍する。が、経営者と対立して、37年に免職。その後は転々としてさまざまな定期刊行物の編集をしながら小説を書いた。
     それからのポーは、旺盛な創作力を活かして、数々の短編、詩を発表する。1838年には、唯一の長編小説である『アーサー・ゴードン・ピムの冒険』を発表。この小説は、現在でもポーの諸作品の中ではそれほど注目されてはいないが、この物語の最後に現れる全てが白に覆われるイメージは、ハーマン・メルヴィルの『白鯨』に影響を与えたのではないか、といわれている。また、1839年には、代表的な短編である「アッシャー家の崩壊」や「ウィリアム・ウィルソン」などを納めた第一短編集『グロテスクとアラベスクの物語』を出版し、1843年には後世に「最初の探偵小説」という栄誉を与えられ、その後数々のジャンルを切り開く原動力になった「モルグ街の殺人」や、「黒猫」などを含んだ第二短編集を発表。また代表的な詩を数多く収録した最後の詩集である『大鴉』を1845年に出版している。しかしその後は、健康の衰えと供に創作力も衰退し、1849年、セアラ・ロイスター・シェルトンと婚約したが、義母を結婚式に招くため、ニューヨークに引き返す途中、ボルティモアで争いに巻き込まれ、泥酔して路上に倒れているところを発見され、そのまま息を引き取った。選挙の声喧しいボストンの路上にてこん睡状態に陥っているポーが発見され、結局その昏睡から回復することなく、永眠する。40歳。
     その死の謎めいた有様と同様、ポーの人生と文学と詩は、数々のいわくや伝説に彩られている。その中でも、彼の人生を決定付けた母の死の影響と、それからの「母」的なる存在を求めて数々の女性を遍歴したポーのロマンスは、彼の人生の大半を彩る。そうした女性の遍歴は、最終的には1837年に結婚した妻ヴァージニアに帰結する。従姉妹であり、しかも14歳という若さの少女と結婚したポーは、彼女に対して一種プラトン的な神聖な愛を捧げた。その愛は、まさに形而上的で観念的な、イデアとしての愛であり、彼らに子どもがなかったこともあって、終生男女の関係にはならなかったのではないか、と指摘する研究家もいる。ヴァージニアとの結婚後、彼の書く小説や詩は、ヴァージニア的な神聖なる女性のイメージを創造力の核として形作られることになる。しかし、元来病弱であったヴァージニアは、ほとんど満足な稼ぎも得られないポーとの生活の中で著しく健康を害し、1847年24歳の若さでポーは彼女を失うことになる。いわば、第二の「母」の喪失であった。ポーの失意と絶望は深く、妻の死後二年後にアルコールによる消耗と昏睡で死んだことを考え合わせると、彼にとってのヴァージニアは、肉体的な意味においても文学的な意味においても、命そのものであったのだといえるのかもしれない。
     ポーの文学の性質を述べるのは、その後世への影響も考えると膨大なものになる。一言で言えば、ジャンル意識がことさらに発達した作家だったといるのだろう。詩、怪奇小説、推理小説、SF小説、冒険小説など多くの領域にまたがって作品を残した彼の天才は、しかしながら、同時代のアメリカにはほとんど理解されなかった。確かに雑誌に掲載はされるのだが、それでもらえる金銭はわずかばかりで、最終的には妻を貧困で失ったことを考えても、ポーの文学的・財政的状況は悲劇的なものであった。文学マーケットが未成立であったという当時の状況も、ポーにとっては不運であったといえる。
     その一方で、ほとんど同時代のフランスにおいては、ボードレールらによってポーの天分は、過剰なまでに激賞された。その激賞はポーの本国での地位の低さをいかばかりも救うことはなかったが、純粋芸術、純粋詩の創始者としての王冠を与えられたポーは、その後長きに渡ってフランスの詩人や文学者たちに影響を与え続ける。また、こうしたポーの文学の影響を最も強く受けた者は、やはり日本の江戸川乱歩であるといえるだろう。名前自体がエドガー・アラン・ポーのもじりであることからも、その敬愛と賞賛の深さは窺い知れる。ポーの超時代的・超国家的な文学的性質が、アメリカではなく、他国におけるポーの名声をこれほどまでに強く確立した一因なのだろう。今では、最もよく読まれる海外古典の一つになる

    ■見えないショッピング・モール
     ケン・カルファス
    1.著者紹介
     1954年、ニューヨーク、ブロンクス生まれ。小説家でありジャーナリスト。ニューヨーク・タイムズにて、年間の注目すべき本に三冊も選ばれている。
     ニューヨーク州のサラ・ローレンス大学に入ったがまもなく退学し、その後、他にマンハッタンのニュースクール大学や、ダブリンのトリニティ・カレッジに入るなどして、早い頃から執筆活動をしていた。
     カルファスと家族は、モスクワ、ベオグラード、ダブリン、パリを転々とし、その間、この海外生活で自分の観察力が研ぎ澄まされ、洞察力を得た。
     短編集をはじめ、カルファスには何冊かの著作がある。
     フォークナー賞の最終候補に残ったり、数々の賞も受賞している。44歳ではじめて本を出版してから、常に高評価を得ている。ジャーナリストとしては、サイエンスライターとして活躍している。

    ■魔法
     レベッカ・ブラウン
    1.著者紹介
     1956年、カリフォルニア州生まれ。「安全のために、私たちはあなたの目をつぶして私の耳の中を焼くことに合意した」……1980年代に書かれ、いまもレベッカ・ブラウンの小説の典型といってよい「私たちがやったこと」の書き出しは、レベッカ・ブラウンの恋愛小説の多くに共通する構図である。世界は「私」と「あなた」から成っていて、あとはすべてその他大勢の「彼ら」。だが、そのように二人で自己完結していても、「彼ら」はその閉じているはずの世界に侵入してくる。あるいは、彼らが侵入してこなくても、自己完結している世界が内側からこわれていく。あまりに濃密だからこわれる、という方法だ。
    1980年代のレベッカ・ブラウンは本国アメリカよりもイギリスで認められ、ゲイ・レズビアン専門の出版社からまず短編集が刊行された。簡単な言葉をあくまでストレートに使って、一種呪文のような呪縛力を生み出している。テンポのいいストーリーやリアルなキャラクターよりも声と文体と作品が書かれるということそのものをずっと大事にしている。「美しい権力者」に対する恋慕と怨念というのはブラウンに頻出するモチーフである。
     94年にホームケア・ワーカーとしての経験をもとに、エイズ患者の世話をする女性と患者の交流を描いた小説を執筆し、多くの賞を受賞。バーモント州立大学創作科で講師も勤める。


    <参考文献>
    1.サロン・ドット・コム 現代英語作家ガイド/ローラ・ミラー (編集), アダム・ベグリー (編集), 柴田 元幸 (翻訳)

    2.最新海外作家事典 新訂第4版/ 日外アソシエーツ〔編〕 

    3.ウィキペディア


     この一冊の「どこにもない国」とは、見えない都市の文庫本の訳者あとがきにあるように、「裏返しのユートピア」的な意味。ただし、ディストピアではない。ユートピアの反対は、ディストピアではないということが重要なのだ。それは丁度、個人の反対が国家ではなく、家族や彼氏彼女といった親密な二人だけの世界(対幻想!?)と言えるようなものだ。幻想的なものほど、どのようにリアリティを盛り込むか、きちんとした方法が重要になってくる。一人一人手法があり、その極をピックアップしてるとおもうし、見事なアンソロジーである。

  • 信用できない語り手が苦手なのに、ひとつ目からマコーマックさんで、さらには信用できない管理人の話でどうしようかと怯んだけれど、どの話もはっとする驚きに満ちていて、目の前にひろがる情景の鮮やかさと暗さが、楽しい時間だった。ルイスキャロルオーツの、見ず知らずの男に勝手に彼女にされている恐怖と恍惚。ニコルソンベイカーは、何故か(は巻末に)恐怖のじゃがいも小説で、そのショッピングモールは死者しか利用しないし、ミルハウザーの子供たちの雪遊びは、冬が幻想世界に融ける。ケリーリンク、ミルハウザーに惹かれつつも、意外とマコーマックさんいいじゃないか、と思えたのは収穫。

  • 柴田元幸が選んだアンソロジーって、私には岸本佐知子ほど面白くないんだな。これも面白いと思うものもあったけど、読んでると睡魔に攻撃されまくりというものもあった。「地下堂の査察」「"Do You Love Me?”」「どこへ行くの、どこ行ってたの?」「見えないショッピング・モール」「下層土」(ぜひ岸本訳で読みたい)は良かった。まあ半分以上面白かったんだからよしとしよう。

  • 難解なアンソロジーです。
    難解、とかいう言葉は使っちゃいけないのかもしれないけど、一筋縄では行かないことだけは確かです。
    「感じる」よりも「考える」が大事になりそうな本。

    「地下堂の査察」エリック・マコーマック
    「”Do You Love Me?”」ピーター・ケアリー
    「どこへ行くの、どこへ行ってたの?」ジョイス・キャロル・オーツ
    「失われた物語たちの墓」ウィリアム・T・ヴォルマン
    「見えないショッピング・モール」ケン・カルファス
    「魔法」レベッカ・ブラウン
    「雪人間」スティーヴン・ミルハウザー
    「下層土」ニコルソン・ベイカー
    「ザ・ホルトラク」ケリー・リンク
    が読めます。

    好きだったのは、
    「どこへ行くの、どこへ行ってたの?」
    「魔法」
    「雪人間」
    かな。
    柴田さんマジックにかかったのか、スティヴン・ミルハウザーが私もどんどん気になるように。
    彼の短篇集を読んでみることにしました。

  • ここ20年間の幻想小説編。

    編者による近代アメリカの幻想小説集。(とはいえ、アメリカ?とも限らないかもしれないが・・・)
    面白い!と思える小説たちの中で、特に幻想小説に絞ってまとめられた短編集。不思議だったり不気味だったり、奇妙な雰囲気がある。
    私見としては、『地下堂の査察』と『ザ・ホルトクラブ』が好みだった。

    『地下堂の査察』は犯罪者や精神を病んだ者が地下堂に暮らし(閉じ込められ?)ており、彼らの査察をする話だ。何が起こるわけでもないのだが、常に狂気を背後に感じている雰囲気を持つ小説だ。

    非日常のすぐそばにいるという意味では『ザ・ホルトクラブ』も同じかもしれない。ゾンビたちが訪れるコンビニエンスストアを描いているが、ゾンビは何かをしかけてくるわけでもなく、ただ言いたいことを言って、時には何かを置いて、去ってしまう。
    所々挟まれるトルコ語らしき文句は本文と意味上の繋がりはないのだが、妙にしっくりくる。

  • レベッカ・ブラウンの短編を読みたくて手にとってみました。
    柴田元幸さんが選んだ現代アメリカ幻想小説集です。

    レベッカ・ブラウン「魔法」も面白かったけれど、
    エリック・マコーマック「地下道の査察」、
    ピーター・ケアリー「”Do you love me?”」、
    スティーブン・ミルハウザー「雪人間」、
    ニコルソン・ベイカー「下層土」が面白かったー!

    幻想の名の通り、不思議な雰囲気が最初から最後まで。
    不思議すぎる物語もあったけれど、それもよかった。
    現代アメリカ小説って触れる機会がなかったので、とても新鮮でした。

    以下、覚書。

    ●エリック・マコーマック「隠し部屋を査察して」増田のぼる訳 創元推理文庫。
    ●ピーター・ケアリーは初期にこのような幻想的な短編を書いている。
    ●スティーブン・ミルハウザー「イン・ザ・ペニー・アーケード」柴田元幸訳 白水Uブックス

  • いいのと微妙なのとまちまちな感じがした。

  • アメリカで活躍する作家9人の幻想小説集。あるはずのない風景を描き、あるはずのない物語をうみだす。タイトルに惹かれてセレクト。

  • 海外のこの手のジャンルが、とても好き。
    ただ、とてもださくなる一歩手前な空気が
    孕まれているので、時々違和感がある。
    前半の作家とかは、別の作品も読みたい。

  • 個人的には『地下堂の査察』が特に面白かったです。

  • 不可思議だったり、不条理な感じだったりな幻想小説の短編が数本収録されています。
    色んな作家さんの作品が入っているので、作品によって雰囲気は色々。
    現実の片隅に潜んでいそうな“闇”が潜んでいる、ちょっと恐い話が多いです。
    読み終わった後に、なんだか心がザワザワするような、不安感をかきたてられるような。
    そんな不思議な気分になる小説集です

  • カルヴィーノ「見えない都市」のパロディ「見えないショッピング・モール」(ケン・カルファス作)が面白かった。あとがきによると「見えない都市」のパロディは他にも2作程あるそうで、ある意味現代の古典化しつつあるのかも・・・。

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