愛の深まり

  • 彩流社
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  • Amazon.co.jp ・本 (430ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784779120503

作品紹介・あらすじ

ノーベル文学賞作家で「短編の名手」アリス・マンローのカナダ「総督文学賞」受賞作『愛の深まり』(The Progress of Love [1986])待望の邦訳、ついに刊行!!平凡な人々のありふれた日常。ささやかな日常の細部からふと立ち上がる記憶が、人生に潜む複雑さと深淵を明らかにし、秘められた孤独感や不安をあぶり出す——表題作「愛の深まり」など、珠玉の11 編。

感想・レビュー・書評

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    マンローを読むと、誰かにわざわざ話す程ではない、ささいなことかもしれない、けれど決して消えることのない痛みの記憶を思う。

    「愛の深まり」「おかしな血筋」が特に好き。
    表現するのが難しいけれど、頑なというか世渡り上手ではない、けれど、自分自身の人生を生きている人の姿が淡々と描かれているようで。

  • アリス・マンローの短篇小説を読んでいると、小さい頃身近にいた、嫁の愚痴を聞かせるために早朝まだ鍵のかかっている我が家を訪れた祖母の念仏仲間や銭湯の床に長々と長躯を伸べて体操をする車引き上がりの隣家の隠居といった、いまだにくっきりとした映像として心に残る人々を思い出す。普段は忘れているのに、一度思い出すと、その声音から仕種まで鮮明によみがえる。子どもなりに、その思いつめた声や、緊張から解きほぐされた気の緩みのようなものを感じていたのだ。

    市井の名もない人々にも、当人にとっては劇的な人生がある。星の数ほどあるそのドラマを神ならぬ一人の女性がどうしてこんなに知っているのだろうか。きっと、小さい頃から、道端ですれちがった子ども連れや電車で乗り合わせた若夫婦の何気ない表情や会話に耳目を働かせて日々を送ってきたのだろう。小説を書くとき、無意識に溜め込んだ深い層から掘り出してきたかけらに肉付けしてふくらませ、これらの人物を作り出すにちがいない。一つの短篇集に十篇ほどの短篇が収められている。そのなかには実に多彩な人物像が含まれている。

    とても面白いのだが、といって読むのが簡単なわけではない。時系列は錯綜しているし、視点人物はころころと入れ替わるし。そもそも、人が気軽に口にした言葉がそれを聞いた相手にどう感じられたのか、正しい解釈というものが示されない。話者はいつも登場人物の一人だから、事態は当事者の一方の目から捉えられるわけで、つねに誤解と隣りあわせだ。しかもひどい場合、その誤解が親子三代にわたって語り伝えられていたりする。当人の死んだ後、孫の代になって、母の妹の口から全く異なる事実が明らかになるなんてこともある。表題作「愛の深まり」の場合がまさにそれだ。

    離婚後、不動産会社に就職し、子ども二人を小学校に通わせている「私」のところに父から母マリエッタの死を知らせる電話がかかる。「私」の回想が始まる。信仰心に溢れた母に聞かされた祖母の逸話。だが、十二歳の時、母の妹ベリルに聞いた祖母の自殺未遂の経緯は、母から聞いたものとはちがっていた。真面目すぎる母の目には、自分の両親の真の姿が映っていなかった(のかもしれない)。妻に自殺を考えさせるほどの仕打ちをした父を憎んだ母は、その遺産を暖炉で燃やしてしまう。その金があれば、「私」は合格していた学校に進学もできたというのに。

    何年ぶりかで実家を訪れた時の「私」、ベリルの話を聞く十二歳の私、母親が首を吊ろうとするところを目撃した子ども時代のマリエッタ、と三者の視点で描かれる、一家のメンタリティの系譜。かつて我が家に立ち寄った「私」はバカにされたように感じた。一時期ヒッピーたちのコミューンだったそれは壁一面にラブ&ピース風の虹やら鳩、男女の裸像が描かれ、ピューリタン的な父母の生き方に対する物言わぬ批評の働きをしていたのだ。「私」の目に映る頑ななまでに正しい道を行こうとする母は、もしかしたら、その信仰心故に不実な父を憎み、その犠牲者である母を憐れみ、金に価値を認めず、清貧に真の信仰を見ていただけではないのか。

    自分が選んだはずの人生が、どれだけ他者の価値観によって左右されていたのか、あるとき人は気づく。当時感じられた苦味や荒々しさといったものは時が濾し、残ったものにはなんとも言いようのない味わいが醸されている。

    どこにでもある人々の人生を鮮やかな切り口で切り取って見せてくれるアリス・マンローの短篇小説集である。風体の小ささに比べ、味わいの芳醇さが際立つ、上質の洋菓子を詰め合わせた小函のようなものだ。どこからでも、好きな順に読まれるといい。一つ一つ味わいは異なるが、どれも読み終えてしばらくは程好い残り香が感じられるはず。長いものには委曲をつくした構成の妙味があるし、短いものには切り口の切片が見せる鮮やかさがある。どれも心に残るが、個人的には、作者にはめずらしく視点人物を男性が受けもつ「ムッシュ・レ・ドゥ・シャポ」、「オレンジ・ストリート、スケートリンクの月」が印象に残った。年老いて初めて分かる、若さゆえの行動の切実さ、思い入れの愛しさがしみじみと伝わってくる。

  • さらりと読むと、誰かの日記や日々の記録のように淡々としているのでとても注意深く読んだ。派手さも甘さもない女性達の日々から何かが立ち上がる。忘れたり見逃していたり流している何かがある。流さなけれ「辛い出来事」もある日振返ってみると「大切な事」になっているかもしれない。そんな風に思わせてくれた。

    『ジェスとメリベル』より

    ところが私はずっと同じ存在だった。あるときは抱きとめ、あるときは拒絶しながら。私は自分という存在をいくらでも根こそぎ変えられると思っていた。なんの犠牲も払わずに世界を転がっていける。私はそう思っていたのだ。

    私と世界。時代や国を越えて普遍的な短篇集だった。

  • マンローに出てくるひとはみんな視線が冷ややか。冷静に見つめる現実は残酷。それがいいのか。うまく言えない。今までのマンローはあんまり好入り込めなかった。でもこれはやってくるよ、ぐっとくるよ。平凡なリアリズム。身に覚えのある人生。読了の余韻。

  • 表題だけ読了

  • ノーベル文学賞作家のアリス・マンローの短編集。
    訳された文章だからか、最初は少し読みづらかった。
    時間の流れも一方向ではなく、戻ったり進んだり、いつの話をしているのか一瞬分からなくなった。
    やはりノーベル文学者の書くものは、難解だ。
    とはいえ、日常に感じる些細な感情が非常によく表されていた。
    全体的に切ないような物悲しい雰囲気を感じた。
    これらの物語は、若いころに読んでもあまり理解できないだろう。
    物描かれていることを実体験として持っていて初めて、その微妙なニュアンスにハッとさせられるのだと思う。

  • 「私は責めを負わないまま、夢もウソも誓いも誤りもどんどん脱ぎ捨てていけると思っていた。ところが私はずっと同じ存在だった。あるときは抱きとめ、あるときは拒絶しながら。私は自分という存在をいくらでも根こそぎ変えられると思っていた。なんの犠牲も払わずに世界を転がっていける。私はそう思っていたのだ。」

    ひとの、ちょっぴり気狂いじみた行動やなんかを、"そうよね、そういうこともある" だとか、"あら、おもしろいわね、そのこ" みたいな包容力でうけとめてくれる、そんな安心感のただよう短篇たちは、ドラマチックで刺激的な、何気ない日々。格好のつけた幻想なんかでない、真実とさりげなさとそっけなさが、快い。わたしもしっている痛み、焦燥、恥辱。粛々とそだってゆくうちなる狂気。いつ顔をだすかもわからない、押し込めている陰鬱。

    「The Progress of Love」。この短篇もすきなのけれど、この言葉、そのものにも瞠目。"深まり" と訳された日本語もうつくしく深みもあるのだけれど、この "progress" という響きの、すこし冷ややかで観照的なさま(彼女の小説そのものがそういう印象なのだけれど)が、わたしの昨今の 愛 にかんする向き合いかたみたいなものとぴったりきて、とてもきもちがいいのだ。
    あぁ、彼女はほんとうに、とても、信頼できる。しぶんのなかにある矛盾や移り気も、ちゃんと愛することができそう。愛にかんするある確信と自信と諦念、そしてけんかをしても、そのあとの仲なおりが楽しみのような、そんな冗談みたいな日々も。
    Life goes on。"The show must go on" のときみたいな言い方で、さらりと笑うんだ。




    「普通のもの、良識的な人生の約束事をとにかく拒絶してきた。彼は彼女にそう語った。リスクを厭わず、強烈な体験をしていると思っていたけど、そらは逃げていただけ。それ自体が誤りだった。」

    「子どもたちには分かっていた。この世に生まれ出たときから彼らは自由であるべきだし、新たな、より上等な生を生きる権利がある。セックスや葬式に忙しい、とっくに打ち負かされた大人の罠にはまってはいけなかったのだ。」

    「ちょっとしたはた迷惑、あるいは大きな飾りのようなものだと思っていた神さまが、じつは本物の敵になりうることを、私はこのとき初めて知った。」

    「それに愛は人を意地悪にします。愛のせいで人は意地悪になる。誰かを頼りきっているときって、その人に対して意地悪になることがあるでしょ。」

    「その先の人生は不必要なだけでなく、不可能のように思われた。彼の人生はぱっくりと口をあけ、思い悩む必要のあることは一つもなくなった。」

    「ウソをつくのはぜんぜん平気だった。──── ウソはひどく心地がよかった。」

    「そんなに大騒ぎしちゃって。赤ん坊をうむことができたっていう、たったそれだけのことで、いろいろな経験を積んだことをひけらかして満足して。」

    「「なんのために祈ればいいのか分かるくらい賢かったら」と彼が言う。「僕は初めから祈ったりしないよ」」

    「彼女はそれなりに気を配り、気をつかい、一生懸命にやってきたつもりだが、いつだってそれだけでは足りないと思った。必死に繕って見抜かれないようにしてきたのだ。心の芯の部分では、中世スカンジナビア人の、ソフィーと同じくらい冷たい、ということを。」

  • 心に来るものがなかった。
    1986年発行の作品集、まだ熟成が足りない気がする。

    愛の深まり The Progress of Love
    コケ Lichen
    ムッシュ・レ・ドゥ・シャポ Monsieur les Deux Chapeaux
    モンタナ州、マイルズ・シティ Miles City, Montana
    発作 Fits
    オレンジ・ストリート、スケートリンクの月 The Moon in the Orange Street Skating Rink
    ジェスとメリベス Jesse and Meribeth
    エスキモー Eskimo
    おかしな血筋 A Queer Streak
    祈りの輪 Circle of Prayer
    白いお菓子の山 White Dump

  • 読みおわらないまま、タイムアップ。
    この人の作品はどれも短編なのに人生のかなり長い期間が、場合によっては親子三代の歴史が、つまっていて、他の短編のようには読み進めることができない。

  • 主婦から「現代のチェーホフ」 ノーベル文学賞のアリス・マンローさん 寄稿 翻訳者・小竹由美子- MSN産経ニュース
    http://sankei.jp.msn.com/life/news/131016/art13101609370003-n1.htm

    彩流社のPR
    http://www.sairyusha.co.jp/bd/isbn978-4-7791-2050-3.html

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著者プロフィール

Alice Munro
1931 年生まれ。カナダの作家。「短編の名手」と評され、カナダ総督文学賞(3 回)、
ブッカー賞など数々の文学賞を受賞。2013 年はノーベル文学賞受賞。邦訳書に
『ディア・ライフ (新潮クレスト・ブックス) 』(小竹 由美子訳、新潮社、2013年)、
『小説のように (新潮クレスト・ブックス)』(小竹 由美子訳、新潮社、2010年)、
『 林檎の木の下で (新潮クレスト・ブックス)』(小竹 由美子訳、新潮社、2007年)、
『イラクサ (新潮クレスト・ブックス)』(小竹 由美子訳、新潮社、2006年)、
『木星の月』(横山 和子訳、中央公論社、1997年)などがある。

「2014年 『愛の深まり』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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