雪の中の軍曹

  • 草思社
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  • Amazon.co.jp ・本 (194ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784794205520

感想・レビュー・書評

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  • マリオ・リゴーニ・ステルンは、1921年生まれ、2008年に没したイタリアの作家である。
    小さな町に住み、農夫のように暮らしながら、自然と生きものを見つめた作品を発表しているという。こうした作品もいずれ読もうと思っているが、本書はその前段階、彼が愛する故郷を出ることを余儀なくされ、望郷の念を抱きつつ、苛酷な体験をすることになった日々のこと、すなわち、東部戦線従軍・敗走を描く。

    処女作である本作は、イタリア軍が降伏し、彼が捕虜となった際に一気に書き上げられたという。おそらくは望みもせずに行った戦場で、多くの友を失い、数々のつらい体験をした彼は、何者かに突き動かされるようにそのことを書き留める。書かずにはいられなかったのだ。

    彼の肩書は軍曹だが、曹長と呼ばれたりもする。要は実務部隊を束ねる立場にあるということだろう。机上であれこれ指図するのでなく、現場に投げ込まれ、戦場を肌で知っている人だ。文面からは、常識的で有能で、温かい人柄がにじみ出る。
    戦場での、そして敗走中の日々は、ひたすら、淡々と静かに、散文詩のように綴られる。
    拠点には拠点の日々の勤めがあり、そしてひとたび敗走すると決まれば、敵の襲撃をくぐり抜け、逃げのびなければならない。食べ物がなければ民家を探して請うなり奪うなりし、動物を仕留めて解体して料理しなければ生きのびられない。

    そんな中で出会う敵兵は、自分たちとさして変わらない。死に瀕すれば母を呼ぶ。仲間が撃たれれば助けに来る。彼の部隊の1人がつぶやく。「おれたちの兵隊とおんなじだ」「おふくろを呼んでいる」。
    故郷には待つ恋人もいる。彼らにはカチューシャが、自分たちにはマリーアが。それはまるで、鏡の向こう側とこちら側で撃ち合っているようなものだ。元の暮らしに帰りたい気持ちは皆同じなのだ。

    象徴的な場面が終盤近くの農場での一コマである。
    空腹を抱え、彼は一軒の農家の戸口を叩く。そこには数人のロシア兵が、武器を傍らに置き、食事をしている。見つめ合う彼とロシア兵たち。一瞬の後、彼は食べ物を請う。その場にいた女の一人が彼に分け与える。彼はそれを食べ、礼を言って立ち去る。ロシア兵はその間、じっと見守っていた。
    そこに奇跡的に、人間の在りようを教える何かが漂っていたかのように。

    敵兵の襲撃を恐れながら、ひとときも気を許せない日々が続く。パルチザンか、味方の逃走兵か。区別も付かず、物音がすれば怯え逃げる日々。眠りさえも贅沢である。
    雪の中で、一人、また一人、兵たちは減っていく。1月に起きた大きな戦闘では、多くの兵が犠牲となる。
    よき林檎のようだった昔馴染みのリーノも、歌や詩を愛したラウルも、家で老猟犬が待っている老猟歩兵ピントッシも死んだ。しかし、殺した側にいたのもまた別のリーノであり、ラウルであり、ピントッシであったのだ。そして向こう側でもまた別のリーノやラウルやピントッシが命を落としたのだ。
    この上もなく正気でありながら、気狂いじみた世界を生きぬかねばならぬことの悲しさと恐怖が迫る。

    これは何よりもまず、優れた記録文学である。戦争はいけない、愚かである、と声高に語ることはない。
    そうでありながらまた、同時に一級の反戦文学となっている。その重さが胸に響く。

  • イタリアと日本では、軍隊ってこんなにも違うのか・・とまず驚かされる。東部戦線に軍曹として従軍していた著者の記録。ロシアからの敗走はほとんど地獄。これ映画やドラマになってないんだろうか?

  •  『雪の中の軍曹』(大久保昭男訳 草思社 1994)はステルンがロシア戦線に派兵された時の記録文学。ロシア軍と戦いながら敗走する途中、空腹のあまりロシアの農家に入ってしまう。農家ではロシア兵が食事をしており、女たちは敗走中の敵兵にも食事を饗する。
     『テンレの物語』同様、ここにも国という単位を超えた人間の在りようが出ている。

  • 自身の従軍記録を元にした、ロシア戦線の前線と、敗走の記憶。

    1943年1月。
    深い雪に閉ざされたロシアの地で、ドイツ軍の敗走の影響で、見捨てられ、孤立したイタリアの前線部隊は、悲劇的な敗走行軍を余儀なくされる。
    周囲はロシア軍に包囲された。故郷ははるか何千キロも彼方。飛行機も戦車もなく、ただただ、徒歩にて撤退していく。
    目の前に横たわるのは、ただひたすらの雪。雪。雪。

    抑制のきいた文体で、訥々と語られる敗走の記憶は、過酷な環境を克明に記すが、
    それ以上に際立って伝わってくるのは、前線で生まれる兵士の一体感、深い絆、人間と人間の温かいやり取りである。

    悲惨さを誇張することもなければ、敗走の記憶を美化しようともしていない。
    まさに散文的に淡々と語られるのだが、ロシアの寒冷と、行軍の過酷さと、戦場で見せる勇敢さ、そして兵士たちの絆が、変に強調するよりも遥かにじんじんと伝わってくる。
    読みながら気づけば読者もともに行軍している。

    リゴーニ・ステルンの文章は実に良い。
    『雷鳥の森』も良かったが、本書も実に実に良い。

  • 本に読まれて/須賀敦子より

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