シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選 (竹書房文庫 て 2-1)
- 竹書房 (2020年9月30日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (718ページ)
- / ISBN・EAN: 9784801924109
作品紹介・あらすじ
ロバート・シルヴァーバーグによる序文、編者によるイスラエルSFの歴史など、知られざるイスラエルSFの世界を一望の中に収める傑作集。
感想・レビュー・書評
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人口が1,000万に満たない小さな国から、ここまで豊饒な作品群が出てくるって凄いコトなのでは。文庫なのに死ぬほど分厚いイスラエルのSF傑作選16編。
こういったアンソロジーだと感想を書くのが難しくて、結局印象に残った何編かを取り上げて…という書き方をすることが多いのですが、本著の場合、読了して思ったのは「日本とイスラエルの違い」ということでした。
極めて限られた情報のみを元に言ってしまうと、本著のざっくり半分は女性作家によるもので、これだけのレベルのものが纏められているということは、イスラエルではそれなりにSFが読まれているのでは…と。
要は、日本のラノベくらいの感覚で(実際そこまでの読みやすさかは別として)当地でSFが存在するんだとしたら、面白いなぁと思いました。
仮にそうだとすると、SFに親しんで理系発想を身に付けてきたことが、多くのテック系スタートアップ企業の輩出に繋がっているのかしら?なんて穿った妄想をしてしまいます。
かと言って、日本は後進国だ!という出羽守的なコトを申し上げるつもりもなく、日本の漫画からラノベまでの懐の広さは素晴らしいし、何なら世界の中における日本の立ち位置は、理系に依らずにひたすらスピリチュアルな方向性に進んだらどうかと思ってしまうくらいです。
(実際にはコミュ力がそこまで高いとも思えないし、人口がこれだけあるんだからむざむざ理系ルートを捨てる必要もないと思いますが)
さて、本著の16編、どれも面白かったし、短編ならではの、それぞれの世界観のとっかかりを探って、プロトコルを合わせていくような作業を心地良く感じました。
ただ、どれも、ディストピア小説ではないにしても、どこか閉塞感であったり、侵略を受けるのではという恐怖感を感じてしまうのですが、イスラエルSFだから?生まれ育った環境の影響もあったりするものなのでしょうか。
この後にラノベを飲むとスイカと塩辛くらいの食べ合わせになりそうです(笑
興味深い1冊。SF読みなら一度は読んでみて良いのではと思います。 -
イスラエルSF&ファンタジー界の中心的人物らによる
SF短編選集。
原文が英語の作品[*1]あり、
ヘブライ語→英語→日本語[*2]、
あるいはロシア語→英語→日本語[*3]という重訳もあり。
訳者あとがきを含めると700ページを超す大部。
収録作は、
■ラヴィ・ティドハー「オレンジ畑の香り」
The Smell of Orange Groves(2011年)[*1]
■ガイル・ハエヴェン「スロー族」
The Slows(1999年)[*2]
■ケレン・ランズマン「アレキサンドリアを焼く」
Burn Alexadria(2015年)[*2]
■ガイ・ハソン「完璧な娘」
The Perfect Girl(2005年)[*1]
■ナヴァ・セメル「星々の狩人」
Hunter of Stars(2009年)[*2]
■ニル・ヤニヴ「信心者たち」
The Believers(2007年)[*2]
■エヤル・テレル「可能性世界」
Possibilities(2003年)[*1]
■ロテム・バルヒン「鏡」
In the Mirror(2007年)[*2]
■モルデハイ・サソン「シュテルン=ゲルラッハのネズミ」
The Stern-Gerlach Mice(1984年)[*2]
■サヴィヨン・リープレヒト「夜の似合う場所」
A Good Place for the Night(2002年)[*2]
■ペサハ(パヴェル)・エマヌエル「白いカーテン」
White Curtain(2007年)[*3]
■ヤエル・フルマン「男の夢」
A Man's Dream(2006年)[*2]
■グル・ショムロン「二分早く」
Two Minutes Too Early(2003年)[*1]
■ニタイ・ペレツ「ろくでもない秋」
My Crappy Autumn(2005年)[*2]
■シモン・アダフ「立ち去らなくては」
They Had to Move(2008年)[*2]
「おお」と唸らされる佳品もあれば「で?」と
首を傾げたくなる話も。
かの地の歴史と文化に造詣が深ければ、
もっとピンと来るものがあるのかもしれないが。
ほとんどが21世紀に入ってから書かれた小説だが、
意外にアナログ&ローテク感が強く、
最新(を超えた)テクノロジーへの言及も
ほとんど見られないし、
訳者代表があとがきに記しているとおり、
宇宙空間を舞台にした物語も含まれていない。
これはイスラエルSF界が「SF」を
サイエンス・フィクション=空想科学ではなく
スペキュレイティヴ・フィクション(speculative fiction)
=思弁的空想と認識しているためだそうで、
なるほど本書の原題も
"A Treasury of Israeli Speculative Literature" だった。
一番私の好みに合っていたのはガイ・ハソン「完璧な娘」。
超能力者がトレーニングを受ける
全寮制のインディアナポリス・アカデミーに入学した
アレグザンドラ・ワトスンは、
厳しいルールとカリキュラムに耐えようとする中、
実習で、真新しく美しい遺体に触れて
残留思惟を読み取ろうとする。
ところが、アレグザンドラは
彼女=ステファニー・レナルズの境遇に
共感を覚える点が多いせいもあって深入りしてしまい
……という、アメリカのサイコホラー風の雰囲気。
パーフェクト・ガールすなわち完璧な女の子、つまり、
若く美しいまま既に死んでいる
無敵の少女に振り回される生者の話。
日頃縁のない異文化社会の文学に関心があるので、
興味本位で。
帯には来年刊行予定というギリシャSF傑作選
『ノヴァ・ヘラス』の告知が。
こちらも読んでみたいと思う。 -
イスラエルのSFシーンの中心人物2名によって、英語圏の読者向けに編まれたアンソロジー。ここでのSFは科学小説 Science fictionではなく思弁的小説 Speculative fictionを指しており、非リアリズム小説全般を覆う定義と考えると収録作の幅広さが納得できる。邦訳は英語からの重訳になるが、元々英語で書かれた作品も5作、ロシア語で書かれた作品が1作収録されている(ほかはヘブライ語)。巻末には編者による「イスラエルSFの歴史」も。
以下、特に気に入った作品について。
★ ガイ・ハソン「完璧な娘」(中村融 訳)
テレパスの訓練教育を受けることになったアレグザンドラは、〈死体保管所〉(モルグ)の鍵の管理を任される。遺体の記憶にダイブできる能力者が、自他の境界を超えてしまう危うい心理をポリフォニックに書いている。ちょっと萩尾望都っぽい。これは元から英語で書かれた作品のせいか中村融のおかげかわからないけど、訳が一番よいと思う。文字通り“死者の声を聞く”話なため、ドラマ『アンナチュラル』を思いだしたりも。
★ ニル・ヤニヴ「信心者たち」(山岸真 訳)
戒律を破ると物理的に天罰が下り人が死ぬようになった世界で、同性愛者の「わたし」とガビは〈全知〉と呼ばれる人物がつくる機械に一縷の望みをかける。短いけれど、黙示録的なヴィジョンと映画『アンブレイカブル』的なオチで印象に残った。淡々とドライに神や天使を書くのも好み。
★ サヴィヨン・リーブレヒト「夜の似合う場所」(安藤玲 訳)
列車でヨーロッパを移動中に世界が滅んでしまい、生き残ったイスラエル人の女とアメリカ人の男が世界の再興をめざすも……というポストアポカリプスもの。全員血の繋がらない、人種の異なる聖家族のようなイメージを冒頭にもってきておいてあのラスト。後味最悪(笑)。修道女目線で書いたら『侍女の物語』だよなぁ。読むのが辛くなる話を読ませる端正な文章も魅力的。
★ エレナ・ゴメル「エルサレムの死神」(市田泉 訳)
大学のカフェテリアで知り合った絶世の美形デイヴィットは死神だった。そうと知りながら彼と結婚したモールも次第に死神化していく。ポーの「赤死病の仮面」を思わせる死神たちのマスカレードパーティが楽しい。〈ガス室〉の死神とユダヤ人の主人公を会話させるアイデアは大胆だが、皮肉たっぷりのユーモアで笑わせる。
★ ヤエル・フルマン「男の夢」(市田泉 訳)
夢に見た人を自分のベッドに召喚してしまう能力をもった〈夢見人〉の男とその妻と友人をめぐる悪夢のような現実。ブラックユーモアを発想の源としてリアリティを与えていく手法がジュディ・バドニッツやレイ・ヴクサヴィッチを連想させる(市田さんはヴクサヴィッチの訳者でもある)。岸本佐知子編集のアンソロジーに入ってそう。
★ ニタイ・ペレツ「ろくでもない秋」(植草昌実 訳)
理由も告げず彼女にフラれ、友人は天啓を得てカルト教主になり、喋るロバが唯一の親友になった男のさんざんな秋の記録。これ好き。明治期のダメ男一人称小説をヒップホップ時代の感覚でアップデートして、喋るロバとUFOを足したような感じ。終始グダグダ。湯浅政明にアニメ化させたい。この人、拳銃買っても一度も元カノを撃とうとは考えないのがいいんだよね。「パイロットのボールペン」がでてきて嬉しかった。
巻末の「イスラエルSFの歴史」では、シオニズム自体がユートピア実現構想であるため、そこではむしろファンタジーは忌避されていったというイスラエル文学界の状況や、長らく無視されていた幻想小説(=非リアリズム小説)を興隆させたファンダムの動きとそこから出現した書き手の紹介など、興味の尽きない内容だった。リアリズムにあらずんば小説にあらず的傾向は日本にもまだ少し残っているけど、その壁を翻訳小説の熱心な読者層が打開していくという構図に重なり合うものを感じた。「ろくでもない秋」とかちょっと文体整えれば芥川賞候補作になりそうな感じあるし(笑)。
個人的にはイスラエルを舞台にした小説というとカナファーニーの「ハイファに戻って」を思い浮かべるところで止まってしまっていたので、長編が翻訳されているラヴィ・ティドハーなどから掘っていきたい気持ちが湧いた。
最後に装幀について!カバーに使われたかぐやホワイトのおかげで、この本自体が月から降ってきたモノリスのような佇まいを為し、ずっと大事に所有していたくなる。各作品の扉にうっすらとかぐやの凹凸が印刷されているのもGood。本屋で見ても竹書房文庫の装幀はいつも異様な光を放っている。 -
2018年9月米国で刊行されたZion's Fictionを訳し下ろして、2020年10月竹書房文庫刊。16の短編小説と1編のエッセイによるアンソロジー。「アレキサンドリアを焼く」「完璧な娘」のアイデア、世界観が面白い。「男の夢」、「二分早く」は、気の利いた楽しいショートショート。イスラエルSFといっても、特殊なものではないなと思いました。
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2020/11/24読了。
読み応えがあった。アニメやラノベや理系オタク叙情やハリウッドの匂いがまったくしない、映像化やキャラクタービジネスへの下心を微塵も感じさせないSFを読んだのは何年ぶりのことだろう。新鮮でもあり、懐かしくもあった。
本書の装丁にはイラストが一切使われていないが、これは竹書房の文庫編集部の英断だ。竹書房いつの間に。昔の(あくまで昔の)ハヤカワやサンリオにまさか竹書房の文庫が取って代わろうとは思わなかった。僕たちは思いもかけない未来に生きている。 -
ラヴィ・テイドハーを除けば、名前を聞いたことのある作家さえ一人もいないが、作品のレベルは概して高い。ユダヤ=イスラエル色を感じさせる作品も殆どないが、これは日本の現代SFを読んだ欧米人が、ゲイシャもハラキリも出てこないなんて言うようなもんだろうしね。個人的ベストは、そのユダヤ=イスラエル色を感じさせる例外の一本「信心者たち」や、終末世界を舞台にしながらテーマがサバイバルから、なんとも変なものに変わっていく「夜の似合う場所」。
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《目次》
・「オレンジ畑の香り」 ラヴィ・ティドハー
・「スロー族」 ガイル・ハエヴェン
・「アレキサンドリアを焼く」 ケレン・ランズマン
・「完璧な娘」 ガイ・ハソン
・「星々の狩人」 ナヴァ・セメル
・「信心者たち」 ニル・ヤニヴ
・「可能性世界」 エヤル・テレル
・「鏡」 ロテム・バルヒン
・「シュテルン=ゲルラッハのネズミ」 モルデハイ・サソン
・「夜の似合う場所」 サヴィヨン・リープレヒト
・「エルサレムの死神」 エレナ・ゴメル
・「白いカーテン」 ペサハ(パヴェル)・エマヌエル
・「男の夢」 ヤエル・フルマン
・「二分早く」 グル・ショムロン
・「ろくでもない秋」 ニタイ・ペレツ
・「立ち去らなくては」 シモン・アダフ -
イスラエルSF傑作選、金太郎飴のように同じ様な雰囲気である。
これが長編になるとどういう処理をするのか気になった。