チャーチル 不屈のリーダーシップ

制作 : 野中郁次郎 
  • 日経BP
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  • Amazon.co.jp ・本 (325ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784822249571

感想・レビュー・書評

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  • 第二次世界大戦中、首相として英国を引っ張ったウィンストン・チャーチル。彼はどのようなリーダーシップを発揮したのか、チャーチルの生涯を描くことで明らかにする。

    第一章 若武者
    第二章 自由主義の政治家
    第三章 失敗の教訓
    第四章 成功と悲惨
    第五章 荒野の予言者
    第六章 最高権力と挫折
    第七章 栄光の黄昏

  • チャーチルの伝記

  • チャーチルの顕著な特徴、つまり精力的で、冒険好きで、野心的で、複雑な知性を持ち、情に厚く、勇気があり、打たれ強く、人生のあらゆる側面に強い情熱を持つといった点は、どちらかと言えば母親から受け継いでいる
    1895年11月には銃弾が飛び交い黄熱病と天然痘が猖獗を極める前線に行った。「初めて怒りとともに銃が撃たれ、銃弾が肉を引き裂く音、うなりを上げて飛ぶ音を聞いた」とチャーチルは書いている

  • 東2法経図・6F開架:289.3A/C67j//K

  • ☆野中郁次郎の解説がよい。
    ☆ジタバタ力の人。有名になろうとジタバタ。その一方で信念の人でもあった。ローマ帝国衰亡史など、歴史に学んだらしく、本質を直観的につかむ能力に長けていた。

  • 第二次大戦時に首相として、英国を勝利に導いたチャーチル。演説を巧みに操り、国民を結束させたのは語りぐさである。しかし、その背景には、若いころ第一次大戦やエジプト、南アフリカ戦線において従軍記者として、また実際に将兵として戦場へ出向き、その経験を出版してきた歴史があるからであろう。

    また、この実戦経験が戦時において大きな役割を果たすのである。前線がどんなものかであるかをしっているが故に、兵器開発や戦力の割き方に関する戦略において優れた判断を行うことができたと言える。開戦前に、海軍大臣となってすぐに、艦船燃料の石炭から石油への転換、大戦中ドイツのハンブルグの空襲など、積極的な空軍戦力の資料により、ドイツは空軍戦力を国内に温存するせざるを得なくなり、東部戦線での敗退につながっている。

    政治面においては、歴史的な洞察力が傑出しており、第一次大戦後に英国で主流となっていた平和主義により、ドイツにおけるヒトラーの台頭を限定的なものと見ていた国内世論と真っ向から対立する、ドイツ脅威論を早い段階から唱えていたのである。実際に開戦となる頃にはチャーチルの主張は現実となっており、政治力を高めることに貢献したといえる。

    メンバーに保守党のチェンバレンやハリファクスなどの政敵、そして労働党の党首とNo.2を取り込み、戦時内閣を組閣し、強力なリーダーシップを発揮する土台を築いた。また、War Room という政財界一体となった連絡組織をつくり、政策を国一体で行う体制を整えている。

    ただし、唯一といってもいい決断ミスと言われているのが、ノルマンディー上陸作戦 D-Dayの1年の延期であったいう。これにより、ベルリン陥落が先に越され事となり、戦後のソ連による東ベルリンや東欧の支配が確定することとなったという。

  • 第二次大戦時に首相として、英国を勝利に導いたチャーチル。演説を巧みに操り、国民を結束させたのは語りぐさである。しかし、その背景には、若いころ第一次大戦やエジプト、南アフリカ戦線において従軍記者として、また実際に将兵として戦場へ出向き、その経験を出版してきた歴史があるからであろう。

    また、この実戦経験が戦時において大きな役割を果たすのである。前線がどんなものかであるかをしっているが故に、兵器開発や戦力の割き方に関する戦略において優れた判断を行うことができたと言える。開戦前に、海軍大臣となってすぐに、艦船燃料の石炭から石油への転換、大戦中ドイツのハンブルグの空襲など、積極的な空軍戦力の資料により、ドイツは空軍戦力を国内に温存するせざるを得なくなり、東部戦線での敗退につながっている。

    政治面においては、歴史的な洞察力が傑出しており、第一次大戦後に英国で主流となっていた平和主義により、ドイツにおけるヒトラーの台頭を限定的なものと見ていた国内世論と真っ向から対立する、ドイツ脅威論を早い段階から唱えていたのである。実際に開戦となる頃にはチャーチルの主張は現実となっており、政治力を高めることに貢献したといえる。

    メンバーに保守党のチェンバレンやハリファクスなどの政敵、そして労働党の党首とNo.2を取り込み、戦時内閣を組閣し、強力なリーダーシップを発揮する土台を築いた。また、War Room という政財界一体となった連絡組織をつくり、政策を国一体で行う体制を整えている。

    ただし、唯一といってもいい決断ミスと言われているのが、ノルマンディー上陸作戦 D-Dayの1年の延期であったいう。これにより、ベルリン陥落が先に越され事となり、戦後のソ連による東ベルリンや東欧の支配が確定することとなったという。

  • 映画があるので急遽読破。チャーチルの人と成りをあまり知らなかったので。戦場を梯子して、勲章狙いと、執筆狙いを同時にするなんて狂気としか思えない。五体満足だったから良いものの、怪我したら、どうなるかとか考えなかったのか。成績が悪かったとか欠点があるからこそこんな個性的な人物が生まれるのだと思う。塹壕戦に参加して元気を取り戻すなんて、私には、到底無理だ。でも、それをやれるからこそ前線の兵士の心が理解でき素晴らしい指揮官であるのだろう。

  • 「戦争には決断、敗北には闘魂、勝利には寛大、平和には善意」平時であれば優秀ではあってもやり過ぎが嫌われる歴史には残らない人物で終わったかも知れない。第二次世界大戦前のイギリスは平和主義が流行しチャーチルのナチスドイツの脅威への訴えは聞き入れられなかった。1939年英仏はドイツに宣戦布告をするがその後もナチスドイツの拡大は止まらず、空軍はドイツに制空権を握られ、海軍は一矢報いるもヨーロッパ西岸は全てUボートの基地として使われるようになった。40年5月10日ついにチャーチルが挙国一致内閣の首相兼国防相として選ばれその12時間後にドイツはフランスに対する大規模な作戦を開始した。連合国7カ国のうち6カ国は既に占領され残るフランスもほどなく敗者に加わることになる。負ければイギリスも滅びるかも知れないという危機の中で登場し戦時のリーダー・シップを発揮したのがチャーチルだった。

    著者は「チャーチルだからこそイギリスを救えたのだろうか。イギリスが生き残り、最終的に勝利を収めるために、チャーチルの指導力が不可欠だったのだろうか。」と問いかけ10のポイントを挙げそしてチャーチルがイギリスを救ったと結論づけている。①第一次大戦中は軍人が尊敬され政治家は嫌われていたが第二次大戦が始まると軍人が失敗を重ねたため政治家が軍人を掌握できる下地ができていた。②権力がチャーチル一人に集中し実際上も憲法上も障害がなかった。それでもチャーチルは首相の自分が議会に仕える立場であることを明確にした。③就任した時期が絶望的な時期であり「勝利なくしては生き残ることはできない」と宣言しついでフランスからの撤退作戦を成功させることでフランスの敗北という破局の中で最初の勝利を宣言できた。④猛烈に働いた。その結果は政府全体に浸透し活発に動くように変わっていった。⑤演説の力(またノーベル文学賞にも輝く文章力を持つ極めて異例な政治家だった。)⑥空軍力の重要性を認識し整備した。バトル・オブ・ブリテンに勝利しドイツの上陸を防いだ。「戦争の歴史の中で、かくも少数の人の活躍で、かくも多くの人々が、かくも大きな恩恵を受けたことはなかった。」戦後には無差別爆撃と非難を浴びることになったドイツ爆撃は戦時中は市民の人気が高く、この空爆のため東部戦線に戦闘機を振り分けることができず地上戦で敗北する主因となった。著者のポール・ジョンソンはもし原爆が完成していればチャーチルはためらうことなくドイツに使用しただろうと指摘している。⑦アフリカから中東でムッソリーニをたたく方針をとりペルシャ湾の原油生産を守った。⑧続いてリビアのイタリア軍を崩壊させ、ターラントの空襲でイタリア艦隊の1/3を沈め、ヨーロッパ最大のマタパン岬沖海戦で勝利を収めた。⑨大小とわず同盟国を求めた。ギリシャを支援し逆にヒトラーに奪い返されたがこのためドイツのソ連侵攻の時期が遅れ電撃戦がならず過酷な長期戦に引きずり込むことになった。そして最大の同盟国としてアメリカを引き込むことに成功した。⑩何よりチャーチルには優先順位を正しくつかむ得意な能力があった。この本では強調されていない11番目として暗号解読によりUボートの脅威を大きく減らしたことも挙げられるだろう。チャーチルはドイツ降伏の数日後に暗号解読機が勝利に貢献したという証拠をことごとく破棄するように命じ、今でも機密指定が解かれていない文書が多数存在する。

    チャーチルも時には失敗や間違いを犯している。分かりやすいのが日本軍の戦力を見誤りプリンス・オブ・ウェールズとシンガポールを失いインドまで撤退し東南アジアの制海権を失ったこと。またオーバーロード作戦のノルマンディ上陸は成功とも失敗とも取れる。条件が整う1944年まで待ったことで作戦そのものは大成功を治めたが一方でソ連が東欧を占拠する余裕を与えてしまった。チャーチルは英米部隊をベルリンに急行させることを主張したがアイゼンハワーが拒否しベルリンを最初に占拠するのはソ連となり東欧はソ連の衛星国になり冷戦構造の基礎をつくることになってしまっている。古くはインドの自治に反対したこともある。これにはインドの富はイギリスのために必要だという元植民地大臣としての考えもあったのだが。そしてインド独立時にはチャーチルが予想した通りインドとパキスタンは分裂したが予想と違い崩壊はしなかった。

    巻末には「失敗の本質」の野中郁次郎氏による50ページを超える解説がついており上の10のポイントをふまえた上で有事のリーダーシップとして求められる6つの賢慮の能力をチャーチルがいかに実践知のリーダーであったかを示している。①善悪の判断基準を持ち、「善い」目的を作る能力②「場」をタイムリーに作る能力③ありのままの現実を直視する能力④直感した本質を概念化する能力⑤あらゆる手段を駆使し概念を実現化する能力⑥実践知を組織化する能力。そして野中氏もチャーチルがイギリスを救ったと結論づけている。

    チャーチルは「世界の危機(第一次大戦の回顧録)」を書いた経験から大量の文書を残しており「第二次世界大戦」は1945年に首相官邸を去る際、いかなる金銭的報酬も名誉も求めない代わりにこの公文書をチャーチル個人の財産として管理刷ることを求めた。歴史を作ったチャーチルが書き残した歴史書、これは読まねば。

  • 不屈のリーダーシップをとった人と知られているチャーチルの偉人伝。「この二年間で3回目の大打撃だ。まず暴落で金を失い、政治的な立場を失い、交通事故でとんでもい大怪我だ」という普通の人では立ち直れない状態であるが、入院中すでに立ち直るための動きを始めたというからスゴイ。

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