対訳でたのしむ羽衣

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  • 檜書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (24ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784827910155

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  • 素人が学ぶ能シリーズ。今回は「羽衣」を読んでみます。
    大変人気の演目で、現在でも繰り返し上演されているそうです。
    内容はといえば、いわゆる羽衣伝説です。天から清らかなものがやってきて去っていく類話は古来数多くあるようで、環太平洋には「白鳥処女伝説」と総括できるものがあちこちに残っているとのこと。これもそんなお話の1つと言えましょう。

    羽衣と言えば「三保の松原」を思い出す人も多いでしょうが、これは能の「羽衣」が広く知られたことによってつくられたイメージで、実は三保に限らず、日本各地に羽衣伝説が残っています。よくあるのは、「天女が何人か舞い降りてきて、羽衣を脱いで水浴びをする。それを盗み見ていた男が衣を1つ隠してしまう。羽衣がないため、1人の天女は取り残される。困って返してくれるように頼むものの、男は返さない。仕方がなく、天女は男の嫁になり、子供を何人か生む。数年後にひょんなことから羽衣が見つかり、天女は天へと帰っていく」という形です。

    ところが、能の「羽衣」は少し違います。
    1人の天人が天から降りてきて、衣を三保の松に掛けます。見ていた男がこれを隠すまでは同じですが、天人があまりに嘆き悲しんでいるため、男は気の毒に思い、返すことにします。けれどもその代わりに、夢のように素晴らしいと聞いている天人の舞楽を見せてくれるように頼みます。天人は非常に喜びます。そして舞を舞うには羽衣が必要だから、今すぐ返してくれるように言います。男は、この言葉を疑い、返してしまったら舞を舞わずに帰ってしまうでしょうと返すのを渋ります。
    すると天人はこういいます。

    「いや疑ひは人間にあり。天に偽りなきものを」

    要するにそんな風に他者を欺くのは人間のすることで、天人たる者、そんな卑しいことはしませんよ、約束は守ります、というわけです。
    男は自らを恥じ、衣を返します。
    天人は世にも美しい舞を舞い、大地を寿ぎ、あたりを極楽のように美しい姿に変えてしまいます。そうして三保の松原を越え、富士の高嶺を下に見つつ、空高く昇っていきます。

    ストーリーとしては単純で、衣を返してもらって舞を舞って帰っていくだけといえばそうなのですが、能の「羽衣」ではこの舞を舞うということが非常に大切だといいます。
    能の原型となっている猿楽もそうですが、この舞は「祝言性」の高いものなのだそうです。豊穣を祈り、生けるものすべてを救い、金銀を降らせるかのような輝く舞。
    「天に偽りなき」という天人の言葉は、衣を返せば舞を舞うという単純な約束だけではなく、天に祈ればきっと豊穣が与えられるという人々の切なる祈りを映しているようにも感じられてきます。


    *余談ですけれども、男が最初は衣を返すのを渋ったとき、天人は大変ショックを受けて、「天人の五衰」というのを示します。天人が死にそうになった時に示すものなのですが、これがなかなかすさまじい。仏典によって細かくは異なるようですが、衣服が垢で油染みるとか、頭上の華鬘が萎えるとか、身体が汚れて臭い出すとか、腋臭が出るとか、本来ならば清らかな天人が見る見るうちに薄汚れてきてしまうわけですね(^^;)。何かこの具体的な感じがすごいなと。それだけに清らかな舞が余計清らかに感じられるというところですかね。

  • 手塚治虫さんの「火の鳥」はひとの儚い人生や
    生命の不思議を描いた傑作ですが、その中に「羽衣伝説」を扱った小品があります。
    取り戻せない時の流れと別れ…
    つづく

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著者プロフィール

横浜国立大学名誉教授・奈良大学教授。専門は中世日本文学(特に能楽)、古典教育。
主な著書に『世阿弥は天才である―能と出会うための一種の手引き書』(草思社、1995年)、『歌舞能の確立と展開』(ぺりかん社、2001年)、『歌舞能の系譜―世阿弥から禅竹へ』(ぺりかん社、2019年)などがある。

「2021年 『もう一度読みたい日本の古典文学』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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