本を読むときに何が起きているのか  ことばとビジュアルの間、目と頭の間

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制作 : 山本貴光  細谷由依子 
  • フィルムアート社 (2015年6月27日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (427ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784845914524

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本を読むときに何が起きているのか  ことばとビジュアルの間、目と頭の間の感想・レビュー・書評

  • 本を読むという中で、どう理解しているのか?
    文字を読んで言葉を視覚的に理解しながら考えている。
    文字も順に追っていくだけでなく、行ったり来たり、あるいは飛ばしながら読む、それでもだいたいを追いかけられる。登場人物の描写が(最初にあると限らない)そこまでのイメージと合うやいなや、読み返すことも。。
    挿絵やあるいはドラマ化、映画化されているならばそのイメージに引っ張られるだろうし。。

    挿絵や、フォントが美しく、いろいろ考えさせられる本。
    面白い。

    というか本を読みながら、自分は全く他のことに想いを馳せることもあるし、いろいろ自分の中の思考へ展開することも。
    本というものの不思議さ、考えさせられた本。

  • 読書中の私たちの頭の中では何が起こっているのか、再現しようとしている本。面白い試みだと思うけど、それ自体が難しいからか文章がわかりづらく、読むのが少々つらかったです。
    挿絵(というかデザイン画?)がとてもおしゃれで、デザイン画集として楽しむのでもいいかも。

  • 「読書」について現象学的に捉えようとした本。だが、
    理論を振りかざそうというのではなく、読書するときに
    起きていることを追体験するように詳述しようとした本
    と言えるだろうか。本を読むときに何が起きているのか
    を本に書くという難事にタイポグラフィーを駆使して
    挑み、ある程度成功していると思う。

    ただ、ここで主に採りあげられる「本」が小説のみで
    あることはやや物足りない気がするし、書かれている
    形式も手伝い、全体を通して「理解する」本ではなく
    「感じる」本となっているのは惜しいところ。

    小説読みを自認する人は、一度読んでみると面白い体験
    が出来るだろう。

  • 読書をするということを、改めて考える機会となりました。
    著者が米人なのであたりまえですが、引用も訳書になりますが、日本的な考え方ではどうなのかしら・・と‥
    本を読む時に私たちは何をみているのか?
    読書を楽しみとしている私は、頭の中で思い描くことが愉しいのかな・・どういう読書を続けていく事になるのでしょう!

  • あきらかにふざけている。馬鹿がつくほどまじめに。
    著者の語る冗談があまりにも強力なため、読者の思考ははるか遠くに投げ飛ばされる。だが著者に救済を求めても不毛である。彼の目的は読者の心に漂流と欠落感を呼び醒ますことなのだから。むしろ、充実した読書体験はそうしたドリフト感に執拗なまでにつきまとわれる。私たちは著者と読者の区別を超え、内省という名の無様でぎくしゃくしたダンスを演じる。その忘我の状態こそ、私たちは「読んでいる」と言えるのだ。

  • 著者は装丁家。
    タイトルから学術書かなあ・・・と思ったら、確かに学術的な示唆も多く含んでいるんだけれど、本自体はなんだろう、コンセプトブックというのもおかしいけれども、凄い豊富なビジュアルイメージを含んだ、文章も1ページ1ページレイアウトが全然違うし、図像も色々入ってきて、それが著者の言いたいことを象徴している、というデザイン本みたいな本。
    雰囲気としてはA・マングウェルとクラフト・エヴィング商會を混ぜてこねた感じ。

    主として文学作品を読むときに、人はどう読んでいるのかということについて、当たり前のように思っていることが実はそうではない、ということを色々示していく。
    例えば人は登場人物のビジュアルをどう処理しているのか。考えて想像している、ようでいて、具体的には描いていないことが多いことを指摘していく。だから挿画や映画化などビジュアルを出してしまうことは大きな影響を持つし、カフカは『虫』について、装丁に虫を出すことを絶対にするなと禁じたりしている。

    一見分厚いけれど、かなりグラフィカルなので、内容はそんなに長くない。ただし、豊富でないという意味ではない(1枚でずっと考えこんだりも出来うる)。

    今やっている研究に直接関わるわけではないので今回はパワー・ブラウジングで済ませたけど、また時間を作ってゆっくり読んだりしたい系の本だ。

  • 円城氏の夫婦エッセイで推薦されており気になって読んだ。
    分厚さに面食らったが、中身は所謂ビジュアル・ライティングで書かれているので文章の分量自体は少ない。
    というわけで絵や文字の加工などを利用しながら、私たちが「本を読むとき何が起きているのか」を分析している。
    例えば実際に登場人物の描写がどれだけなされても完璧にその人をイメージすることはできないのに、なぜ私たちは平気で読書をできるのか?など。
    科学的な本ではなく結論が出ているような出ていないような状態がずっと続くので、もやもやした気持ちが残る。著者の言うことに共感はできるんだけど、結局「何が起きているのか」バシッと解決してくれるわけではない…。

  • 幼いころに読書したときの疑問が晴れるような本でした。ここに書かれていたようなことが気になって読書ができなくなってしまった頃があったのだけど、いつの間にか忘れてしまっていて、人間はそういうことを割りきって読書しているのか。と実感しました。

  • 本を読むときに何が起きているのか?という興味深い問い。
    科学的に検証しているのかと期待していたが、どうやら内容は違った。
    著者は、アメリカの著名な装丁家とのこと。
    通りで中身のビジュアルは美しい。

    何か引っかかったり、共感したりといった文章がいろいろあったので、以下に抜粋。

    また、様々な名著を参照しており、末尾の引用書誌を眺めるだけでもそそられるので、以下に記載。
    いつか読みたい書籍リストに加えておこう。

    【抜粋】
    ・登場人物は暗号である。そして物語は省略によってより豊かになる。P.31

    ・読書は、閉じた目の中の世界に似ている。そして読書は、まぶたの裏のような場所で行われる行為だ。P.58

    ・私にとって最高の本とは、高速で進みながらも、時折、人を停車させ路肩で驚かそうとする、そんな本だ。そういった本は再読すべく書かれた本である。P.96

    ・言い換えれば、文学における、特性の列挙は、言葉を用いて表現する(レトリカルな)力を持っているかもしれないが、言葉を連結させて意味を表す力は欠けている。P.143

    ・私たちは言語をゆっくりと、段階にわけて読むことを学ぶからこそ、このプロセスは存在する。しかし挿絵の助けなしに物語を思い描くことを、時間をかけて学ぶことも必要なのではないだろうか(想像力は、時間をかければ上達するのではないだろうか)。P.190-191

    ・小説を読むということは、プライベートな演劇を演出しているようなものなのではないだろうか?本を読むことは、配役をしたり、舞台装飾を施したり、演出したり、化粧したり、振り付けをしたり、興行したり…ということなのかもしれない。P.216

    ・本を読む時、頭の中に描いているものがないと、概念が相互に反応し合いー抽象的な関係の混ざり合いー私たち読者の感情に触媒作用を及ぼす。これはつまらない経験のように聞こえるかもしれないが、実際には、音楽を聴く時に起きることがまさにこれだ。この相関的な、抽象的な解析は、芸術における深い美が発見できるところでもある。物についての頭の中の絵においてではなく、要素の動きにおいて…。P.245

    ・小説の映画化作品を見るということは、私たちの読書における想像を探究するには絶好の機会だ。それぞれの経験の差は啓示的だ。P.283

    ・記憶は、想像上のものから作られていて、想像上のものは、記憶から作られている。P.299

    ・世界を完全に複製して概括できないということは、私たちにとって恐ろしくて混乱することなのだ。思考や記憶、そして私たちのこの意識を描写するために使う隠喩はなかなか手放せない。P.345

    ・世界は断片からできている。不連続で、散らばった、断続的な点。P.400

    ・私たちにとって、世界は未完成で進行中である。私たちは未完成で進行中である世界の断片を、時間をかけてつなぎあわせ、統合しながら理解していく。P.400

    ・作家は文章を書く時に要約し、読者は読む時に要約する。脳そのものが、要約し、置き換え、表象化するようにできているのだ。P.415


    【引用書誌】
    ・アガサ・クリスティ『メソポタミア殺人事件』
    ・アーロン・コープランド『作曲家から聴衆へー音楽入門』
    ・アラン・ロブ=グリエ『消しゴム』,『新しい小説のために』
    ・アレキサンダー・ポープ『批評論』
    ・イーディス・ウォートン『歓喜の家』
    ・イタロ・カルヴィーノ『冬の夜ひとりの旅人が』,『見えない都市』
    ・ヴァージニア・ウルフ『灯台へ』
    ・ウィリアム・シェイクスピア『マクベス』
    ・ウィリアム・ジェームズ『心理学』
    ・ウィリアム・ブレイク『ブレイク全著作(「えんとつそうじ」)』
    ・ウラジミール・ナボコフ『ナボ... 続きを読む

  • [読むことを,読む]1日の間でなんども繰り返される「読む」という行為に焦点を当てた作品。ともすれば無意識的に行っているこの行動は,いったい私たちに何をもたらしているのだろうか......。著者は,ブックデザイナーとして活躍しているピーター・メンデルサンド。訳者は,アニメーションや映像芸術作品の字幕翻訳も多数手がける細谷由依子。原題は,"What We See When We Read"。


    印象的なフレーズとこれまた印象的なビジュアルで,「読む」ということの意味する世界へと,読者をどこまでも誘ってくれる一冊。タイトルに対する回答がスパッと提示されるタイプの本ではないのですが,普段何気なく実践している行為の捉え方がガラッと変わること間違いなしです。

    〜本を読むという活動は,意識そのもののように感じ,また,意識そのもののようなものだ。つまり不完全で,部分的で,かすみがかっていて,共同創作的なものなのである。〜

    本読みとしてはタイトル買いな側面もありましたが☆5つ

  • 言葉⇔意味⇔イメージ
    多少無理がある

  • テーマとしては題名通りなのだけれども、認知科学的なネタはあまり多くなく、むしろタイポグラフィや文字系メディアアートのような試みがふんだんに取り入れられていて「本を読むときに何が起きているのか」を体験できるという面白い一冊。

  • 活字を読んでいる時読者の頭はどんな風になっているのかを、
    アートなビジュアルで表現した本。(科学的ではなくて感覚的に表現)
    『読書が進み、その体験の中に沈んでいくと演奏のようなものが始まる。読者が本を演奏して、本の解釈を演奏する。
    読者が演奏者であり、オーケストラであり、観客である。』
    ということは本というのは譜面だということですね。
    指揮者や演奏者の解釈によって同じ曲でもかなり違って聴こえますもんね。
    ということで本の感想も千差万別ということなんですね。

  • 読書しながら漠然としていた「読書しているときどうなっているのか?」というのを言語化したというところか。

    確かにそうそうと思えるところがある。
    小説の中から情報の断片を仕入れ、自分の中にある情報を引き出し、イメージを膨らまして、軌道修正しながら読み進めている。ただし、はっきりしていない、ぼやけた部分がある。それでも小説は読める。

    私の場合、例えば登場人物が美人である場合、そのいくつかのパーツの描写があり、イメージすると私の中で美しくなかったら勝手に自分好みの美人のイメージに変えて読み進めている。
    時代もあるし、現代に置き換えてより入り込みやすくする工夫はしてしまう。
    それも、初めて構築する美人ではなく、大抵は見たことのある女優に似ていたりする。

    この本、イラストが多く、レイアウトもバラバラ。横書き。文字は全体の三分の一程度。

  • 作家はスケッチする人もいる。
    作家自身の発見的学習に役立つこともある。

    漠然とした思考をスケッチにし、
    そのスケッチを解説する。という手法。

    言葉の解決は、
    文字だけでない。言葉の解決のために
    スケッチを描くとか写真を見せるとか、
    他のツールを使うということ。
    話せばわかる、ということに当てはまらない時は、話す以外の手段を講じるということ。

    でも前提は、それでも解釈は人それぞれということ。

    言葉が効果的なのは、
    それ自体に影響があるのではなく、
    読者の経験の蓄積の中から何かを引き出す、
    拡げる可能性を含んでいる、ということだ。

  • 読書にはいくつか誤解や錯覚があるようだ。自分の愛読書であっても、外見など登場人物を簡単に視覚化できるとか、人物描写が少なく視覚的に深みの足りない小説は良い小説とは言えないといった思い込みや、作者が作り上げた像や世界に対する解釈を読者はそのまま受け入れているとか、物語の舞台を実際に訪ねてみることは、読書体験を上回る経験であるといった錯覚がそれである。本を読む時に起きていることは何か? そこで出会う登場人物や場所、筋書きから意味を読み取り、その行為が私たちを過去に立ち戻らせ、失われた経験の断片を見つけている。

    「言葉が効果的なのは、その中に何かを含んでいるからではなく、読者の中に蓄積された経験の鍵を開けることができるという潜在的な可能性があるからだ。言葉は意味を『含む』が、もっと重要なのは、言葉が意味の有効性を高めるということである」。

    読者は、作者が提示する世界観や解釈を通して、不完全であるが意識的に、作者と共同でこの世界を読み解いている。その世界は、実際には断片だらけで、未完成で進行中なものなのだが、私たちはそれでも「見るという虚構性」から全体性を信じ続け、時間をかけながら断片をつなぎ、統合しながら理解を重ねる。さらに、読んで想像することは、読者自身の性質をも顕在化させる。本を媒介として。

  • 図書館で予約しておいた本書を受け取りに行った時、427頁という分厚さに驚き、覚悟をしてページを捲り更にびっくり。
    本を読むときに私たちは何を見ているか?
    ページに印刷された文字のほかに、読む時に何を頭に思い描いているか?
    たくさんの仕掛けを楽しみながらあっという間に読了。
    今まで読書をする時に、これほどにまで多様な方面から分析し、疑問を持ったことがあっただろうか。

  • 「本を読むときに何が起きているのか」 http://filmart.co.jp/books/composite_art/honwoyomutoki/ … 読んだ、おもしろかった。認知でも認識でもなく、文章からイメージするという意識上の現象にフォーカスした本。現象学というのを初めて知った。読書中のイメージが記憶になるが像や情景の細部は曖昧(つづく

    読書に没頭すると検分から離れるから読後は読んだ記憶しか残らなくて、かつ内容記憶は不完全。確かに!著者が装幀を手がけるアートディレクターだからか図版が多用され全編で文字が強烈にデザインされているけど内容理解の助けにはあまりならないのが残念。普通のレイアウトで読みたかった(おわり

  • 「本を読むときに何が起きているのか」 http://filmart.co.jp/books/composite_art/honwoyomutoki/ … 読んだ、おもしろかった。認知でも認識でもなく、文章からイメージするという意識上の現象にフォーカスした本。現象学というのを初めて知った。読書中のイメージが記憶になるが像や情景の細部は曖昧(つづく

    読書に没頭すると検分から離れるから読後は読んだ記憶しか残らなくて、かつ内容記憶は不完全。確かに!著者が装幀を手がけるアートディレクターだからか図版が多用され全編で文字が強烈にデザインされているけど内容理解の助けにはあまりならないのが残念。普通のレイアウトで読みたかった(おわり

  • 本を読む、という行為や現象についてとことん考える本。読むとは何か。そこから考えよう。

  • 「本を読む」という行為をこんな風に考えた事はなかった。
    こうして分析されてみると、納得できる部分も少なくない。
    決してカタくなり過ぎず、グラフィカルに導いてくれる。ちょっと高いけど、面白い本だと思う。

  • 「読書」において、ダイレクトな映像を与えられず、人間はどのように脳内で情報を処理・解釈しているのか。本書の説明は脳科学的ではないが、読書家であればレトリックとして大きく頷ける。伊集院光が良く言う「実物を見た瞬間、それまで想像していたことが全て失われる」を極めて詳細に説明した一冊。
    400P超だが、イラストや大胆な改頁が多いのでサクサク読める。

  • 読書の経験を様々な角度から考える。
    グラフィックも丁寧に日本語化されている。
    一読しても読み終えた気にはならないもののようで。

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本を読むときに何が起きているのか  ことばとビジュアルの間、目と頭の間の作品紹介

カリスマ装丁家が読書における想像力の謎に迫る、かつてない「文学×デザイン×現象学」の探究の書物。

本を読むときに何が起きているのか  ことばとビジュアルの間、目と頭の間はこんな本です

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