古代朝鮮 墳墓にみる国家形成 (学術選書047 諸文明の起源13) (学術選書 47 シリーズ:諸文明の起源 13)

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  • 京都大学学術出版会
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  • Amazon.co.jp ・本 (287ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784876988471

感想・レビュー・書評

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  • 最近朝鮮半島の考古学事情が分かる本を多く出版されるようになった。やっと、という感じである。弥生時代から古墳時代にかけて朝鮮半島との結びつきは決定的なのに、ずっと昔の資料とか断片的な事実しかし紹介されなかった。結果、七世紀に作られた「古事記」や「日本書紀」によって1-3世紀の弥生時代が説明されるという事態が多くなり、私は本当に忸怩たる思いだった。

    これはひとえに、最近の韓国の発掘が一段落ついて、多数の新しい事実が知られてきたということによる。そして、この著者は2.5年間、韓国大邸の慶北大学に留学して韓国の考古学事情に精通している気鋭の学者なのである。しかも去年の二月出版の本である。幸いにも、ここで扱われた遺跡の幾つかを去年の11月に歩いたということもあり、非常にイメージ豊かに読むことができた。

    幾つか新たに学んだことをメモしておく。私用のメモなので多くはちんぷんかんぷんだと思います。御免なさい。

    高句麗、百済、新羅の王都が、いずれも落葉広葉樹林帯に属していて、日本の古代国家にかかわる地域のほとんどが照葉樹林帯に属している。農業生産をはじめとする経済的基盤が少なからず異なっていた可能性のあることは、いつも念頭においておく必要があるだろう。

    墳丘先行型 日本の古墳 鴨緑江・漢江・栄山江流域、中国長江流域の土槨墓 
    墳丘後行型 洛東江、錦江流域、中国中原地域

    青銅器時代の開始時期については、紀元前10世紀まではさかのぼりそうであり、放射性炭素AMS年代測定法による測定結果を受け入れれば、紀元前13世紀までさかのぼる可能性がある。さらに、刻目突帯文土器に代表れる文化が従来の青銅器時代前期に先行する、と考える説があり、それを認めれば、青銅器時代の始まりはさらにさかのぼることになる。このように、青銅器時代の相対的・絶対的上限がさかのぼった結果、少なくとも朝鮮半島南部において本格的に青銅器が使われ始める段階は、青銅器時代の開始よりもかなり遅れることが明らかになっている。朝鮮半島で多く出土する銅剣には琵琶形銅剣と細形銅剣があるが、後者は食鉄器時代を代表する遺物であるとする立場で、本書は叙述することにしたい。

    麗水半島に幾つかの支石墓群があるが、積良洞(チャクリャンドン)支石墓のみ七本の遼寧式銅剣と一本の遼寧式銅戈が出土した。他の支石墓との階層構造がある。

    プヨの松菊里遺跡52地区の箱式石棺墓について。大きく掘った土こうの中央部をさらに掘りくぼめて、その中に石棺を築造する二段墓こうの構造を持つ。方形墳丘状の墓域。よって、支配者階層集団により築造された特定集団墓。いっぽう、2.5キロはなれた南山里遺跡
    は青銅器は出土せず。墓こう規模が小さい。松菊里の一般成員の墓域であると指摘されている。

    昌原徳川里遺跡の石築。金海ヘヒョンニ貝塚上面の石棺墓の石築。大邸・辰泉洞(チンチョンドン)立石を囲む石築。との関係性。

    燕系の鉄器が初期鉄器時代の始まり。

    朝鮮半島南部における初期鉄器時代を代表する土器は、平底・長卵形の胴部の上端に、粘土帯をはりつけた粘土帯土器である。粘土帯には断面円形のものと、断面三角形のものとがあり、前者から後者に変化する。また、青銅器時代に見られた丹塗磨研土器が姿を消す一方で、黒色磨研長頸壷が副葬品としてよく用いられるようになる。さらにこの時代に入って、石器類が次第に姿を消す。

    大同江流域と錦江流域および栄山江流域に青銅器の出土が集中。鋳型も見つかっている。この両地域が朝鮮半島各地で用いられた青銅器の主な生産拠点であったと考えられる。

    原三国時代の始めを李は、木棺墓群の出現、瓦質土器の出現、本格的な鉄器文化の成立、といった朝鮮半島南部での考古資料の変化と、高句麗の政治的な発展や、漢四郡の設置などを指標として定義した。その開始時期を金元龍が定義した紀元前後ではなく、紀元前一世紀初めとした。

著者プロフィール

 京都大学大学院文学研究科准教授。専門は朝鮮考古学。

 1964年、兵庫県神戸市で生まれ、加古川市で育つ。1988年に京都大学文学部史学科考古学専攻を卒業し、1993年に同大学大学院博士後期課程を中途退学。京都大学文学部助手、立命館大学文学部専任講師・助教授をへて、2000年より京都大学大学院文学研究科に移り、2007年より現職。

 大学在学中より、百済を中心とする朝鮮半島の墳墓の地域性とその変遷について調査研究を進めている。大学院在学中に大韓民国慶北大学校大学院考古人類学科碩士課程に留学後は、考古資料を手がかりとした古代日朝関係史についての研究も手がけてきた。また、京都大学赴任後は、植民地朝鮮において日本人研究者がおこなった考古学的調査についての再検討や、京都大学で所蔵・保管する朝鮮半島出土考古資料の整理検討作業も進めている。

「2010年 『古代朝鮮 墳墓にみる国家形成』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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