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- / ISBN・EAN: 4523215037181
感想・レビュー・書評
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『挑戦』
三人の監督によるオムニバス。
ビクトル・エリセ監督のものは第三章。
他の二章が会話からすぐに設定を把握できるのに対して、エリセの第三章は会話の示唆にたよるところが大きく、映像や音楽(最後のシーンの挿入歌がいい)を含め、そうした「奥行き」によって作品が成立しているのが特徴的。
これは、以降の作品にも引き継がれている。
エリセのものではないのだが、第一章の母親は、鈴木清順監督「ツィゴイネルワイゼン」の青地の妻(大楠道代)とどこか似た妖艶さを感じた。
『ミツバチのささやき』
傑作。
まずアナが、とりわけ彼女の瞳が印象的で、あの黒く美しい大きな瞳によって語られているものの比重は、あるいは会話以上かもしれない。
他にも、母親が手紙を投函するシーンの兵士や、ミツバチの巣を見つめる父親の瞳、脱走兵が時計のオルゴールを流すシーンでのアナとの視線の遣り取りなど、言葉よりもむしろサイレント映画的な場面がいくつも、いくつも印象に残っている。
そのために、光がかなり大きな役割を担っていることは、映像からすぐに了解されることであろう。
また、これらの秀逸なシーンがあるからこそ、アナの短い言葉(「私はアナ… Soy Ana」や、リンゴを脱走兵に渡す場面の「テーン ten」)や、姉妹の会話、ハチの羽音や風の音なども、より一層目立ってきている。
『エル・スール』
『ミツバチのささやき』から10年を経て撮られた作品。
『ミツバチのささやき』に比べ、これまで寡聞にして知らなかったが、観てみれば前作に勝るとも劣らないものであった。
『エル・スール』では、前作ほど「瞳」が強烈ではない(というよりむしろ、アナの瞳がよっぽど強烈であったという言うべきか)。
しかし、この作品においても、やはり「光」と「音」は活きている。
しばしば映っているものが見えなくなるほどの暗闇から浮かび上がってくる像といい、曇天といい、色調は控えめだ。
それゆえ、聖体拝受のあとのダンスのシーンの明るさが引き立ち、また反対に、時を経て再び「エン・エル・ムンド」が流れるシーンではどこか暗さがうかがわれる。
「音」について、といえば、やはり最高なのはエストレリャがベッドの下に隠れた際の、父のステッキの音だろう。
前半部分の、エストレリャが幼い頃では、父とのどこか近親相姦めいた親しさとエロスを感じる。
恋人同士のような会話さえあり、特に聖体拝受の場面からそのあとのダンスシーンは、もはやすれすれといった印象。
それゆえに、エストレリャが成長してきて父からの距離を置くようになるのが切ない。
父親がタバコに火を付けられずに、火をもらうシーンなどたまらない。
もし、まだ『ミツバチのささやき』だけしか観ていないという方は、ぜひともこの『エル・スール』も観ることを強く薦める。 -
ミツバチのささやきは名作です。
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2008.12.26.密林から届きました!ウレシー♪
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『ミツバチのささやき』アナの眼差し、自身の視点の再生。背景はスペイン内戦。既に大人を意識している九歳の姉イサベルの視点から物事を見ていたアナが自分の視点を持つようになる。きのこ狩りの最中に父親が毒きのこを踏み潰す場面があって、あれは背景を考えると象徴的な場面なんだろうなと思いつつも幼心にはそんなこと解らないから軽く傷付きそうな、そういう些細な部分も好き。
『エル・スール』南(スール)に帰るのを拒む父と娘のエストレリャ。家族の北での生活。父の過去、かつての恋人と内戦、自殺。映画の大部分は回想で紡がれ、その中で内戦について父の乳母がエストレリャに語ったりする。その辺の背景を知ってから観た方がいいかも。父と娘の関係はいい。父の自殺後、娘は父の遺品を持ち初めて南へ旅立つ。
『挑戦』四人の登場人物、閉鎖的な状況設定、最終的な暴力の発露が共通事項になった全三章のオムニバス。一章はClaudio Guerin監督、二章はJose Luis Egea監督、三章がVictor Erice監督。物凄く端的に言うと一章と二章が他殺で三章が無理心中。前二章の展開の解り易さに比べると三章は異色。チンパンジー可愛い。個人的には一章の全体的な気持ち悪さとかも嫌いじゃないかも知れないしかし気持ち悪い。