NATIONAL GEOGRAPHIC (ナショナル ジオグラフィック) 日本版 2013年 07月号 [雑誌]

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感想・レビュー・書評

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  • 2013年7月号の目次
    探査車が見た火星

    2012年8月に着陸を果たした米航空宇宙局(NASA)の探査車「キュリオシティ」が、火星での“フィールド調査”に着手した。

    文=ジョン・グロツィンガー

     火星に生命は存在したのか。その疑問を解く鍵が、見つかり始めている。

     NASAがこれまでに火星に送り込んだ探査車は4台。なかでも格段に大きいのが、最新のキュリオシティだ。

     最初の探査車ソジャーナは1997年、無人探査車による火星探査が可能であることを実証。スピリットとオポチュニティは岩石を分析し、この惑星にかつて大量の水があったことを示した。オポチュニティは9年間で35キロを踏査し、今もまだ動き続けている。
    「火星に生命」の証拠を求めて

     キュリオシティは、2012年8月に火星に着陸した。いよいよ本格始動して、まずはゲール・クレーターで見つけた岩石にドリルで穴を開けていく。地球上で10年間も探査車の改良を重ね、さらに火星で半年の準備期間を経て、ようやくここまでたどり着いたのだ。

     火星でのフィールド調査は、容易ではない。岩石に深さ5センチの穴を開け、試料の小片を採取するのに何週間もかかる。かつて火星にも生命が存在できたことを示す、化学的な証拠を見つけ出すのが目的だ。

     キュリオシティが探すのは、火星にかつて存在した生命の痕跡だ。生物そのものを探すにはもっと高度な装備が必要なので、今回の任務はあくまで、将来の生物探しに備えて、有望な候補地を絞り込むことにある。

     生物が生きられる環境には、水、エネルギー源、生体を構成する物質という、三つの要素が不可欠だ。火星にかつて水が存在したことは、すでにわかっている。太古に川が流れていた渓谷が衛星画像で確認され、結晶構造の中に水を含んだ鉱物を探査車が発見した。

     キュリオシティは、残る二つの要素を探すことになる。現在の火星の地表は生物が生きられるような場所ではないが、太古の岩石の中に、より湿潤で地球に近い環境の痕跡が残されていないかを調べるのだ。

     数十億年前から微生物が豊富にいた地球でさえ、太古の生物の痕跡はごく限られた場所でしか見つかっていない。皮肉なことに、生命の存在に不可欠な水が、有機物を破壊してしまうのだ。

     かつて砂や泥の間を水が流れていたような場所では、生物由来の物質が鉱物と結びついて沈殿し、岩石に取り込まれるため、生命の探索に適している。これまでに地球での調査で、そうした痕跡が残る例外的な場所を探すノウハウを蓄積してきた。キュリオシティが火星で有機物を発見できれば、生物が見つかる可能性がありそうな場所の目星はつく。

     読者がこの記事を目にする頃には、キュリオシティはゲール・クレーターを横ぎって8キロ先の山に向かっているはずだ。

    ※ナショナル ジオグラフィック7月号から一部抜粋したものです。
    編集者から

     火星といえば思い出すのが、火星人による地球侵略とその顛末を描いたウェルズの『宇宙戦争』。ほかにもブラッドベリの『火星年代記』や萩尾望都の『スター・レッド』など、火星をテーマにしたSFは傑作がそろっています。

     探査車が送り込まれ、とりあえず「タコ型宇宙人」はいないとわかってしまった今でも、夜空に赤く輝く火星のロマンは健在です。火星に果たして、何らかの生命は存在したのか…この謎に挑む探査車からの報告が、今後も楽しみです。(編集H.I)

    太陽系 激動の過去

    惑星は同じ軌道を公転し続けるわけではない。太陽系の初期、木星や土星の軌道の変化が大混乱を引き起こし、地球や月に無数の小惑星や彗星が降り注いだ。

    文=ロバート・イリオン/写真=マーク・ティッセン/イラスト=デーナ・ベリー

     水金地火木土天海、そして冥。学校で習った太陽系の惑星たちは、時計の針のように永遠に同じ軌道をぐるぐると公転している。そう考えている人も多いだろう。しかし、実際はそうではなかったようだ。
    巨大惑星がもたらした大混乱

     太陽と惑星の重力の相互作用から惑星の軌道を計算できることを示したのは、17世紀のアイザック・ニュートンだ。ただ、ニュートン自身は、惑星の運行が実際にはもっと複雑なことを知っていた。惑星と惑星の間にも重力が働くからだ。
     その力は太陽の重力と比べればはるかに小さいが、長い時間をかけて近くの惑星の軌道に影響を及ぼす。理論上は、惑星間に絶えず重力が働くため、小さな軌道のずれがしだいに大きくなり、やがて軌道の大移動や交差が起こる可能性がある。

     だが、ニュートンは将来の軌道の状態までは予測できなかった。
     複数の天体が互いに重力を及ぼし合うとなると、その関係はあまりにも複雑で、遠い未来の軌道を計算できる公式を導き出せなかったのだ。
     過去の観測技術では、惑星の軌道が変化したことを示す証拠は得られなかった。
     そのため、太陽系の惑星は過去も未来も同じ軌道を公転し続けるものだと信じられてきた。

     しかし、この10年ほどの間に、初期の太陽系で大激動が起きたとの説が出てきた。
     太陽系の誕生後、何億年もたってから木星、土星、天王星、海王星といった巨大な惑星が軌道を変え、その強大な重力の作用で他の天体を吸収したり、はね飛ばしたりしたという説だ。
    冥王星を“捕獲” した海王星

     最初の手がかりは冥王星から得られた。冥王星は、8個の惑星の公転軌道面から大きく傾いた軌道を運行する。しかも、太陽に最も近いときの距離は地球と太陽の距離の30倍で、最も遠いときは50倍と、極端な楕円軌道を描く。
     さらに興味深いのは、冥王星が海王星と「共鳴」の関係にあることだ。海王星が太陽の周りを3周する間に、冥王星はちょうど2周する。しかも、両者は軌道が交差しているにもかかわらず、決して近づくことはない。

     1993年、米国アリゾナ大学のレニュー・マルホトラは、この共鳴関係の成り立ちを説明する仮説を立てた。
     それによると、小惑星や彗星が無数にあった太陽系の初期に、海王星は今よりも太陽に近い軌道を公転していた。海王星に近づいてきた小惑星や彗星は、その強大な重力の影響で、太陽の方向や太陽系の外へはじき飛ばされる。このとき海王星そのものも反作用を受けて、わずかながら軌道を変える。
     マルホトラのシミュレーションでは、海王星の軌道は、平均すると太陽から離れる方向にずれていった。その結果、外側の軌道を回っていた冥王星を海王星が重力で“捕獲”して、共鳴関係が成立したというのだ。

     この仮説は10年もたたないうちに証明された。

     海王星よりもはるか遠くに広がる暗い領域「カイパーベルト」に「冥王星族」と呼ばれるいくつかの天体があることがわかったのだ。冥王星族の公転軌道は、冥王星と同様、海王星と2:3の共鳴関係にある。この関係を説明するには、海王星の軌道が過去にカイパーベルトのほうに動き、冥王星族が海王星に引っぱられて新しい軌道に収まったと考えるしかないと、マルホトラは言う。
     「冥王星族の発見が決め手となりました。惑星の軌道が変わるという考え方は、広く受け入れられたのです」

     海王星をはじめとする巨大惑星にこうした軌道の変化が生じたことで、初期の太陽系に大変な事態が引き起こされた。地球や月に無数の小惑星や彗星が降り注ぐ、「後期重爆撃期」と呼ばれる大混乱が始まったのだ。

    ※ナショナル ジオグラフィック7月号から一部抜粋したものです。
    編集者から

     太陽系の誕生から5億~7億年後、地球や月に小惑星や彗星が無数に降り注いだ「後期重爆撃期」。その原因が木星や土星などの軌道の変化だったという仮説を、本文では紹介しています。

     アーティストのデーナ・ベリーは、激動の過去を精緻なイラストで再現してくれました。小惑星や彗星の“重爆撃”を受ける地球を描いた最初のイラストも迫力がありますが、私がいちばん心惹かれたのが、特集の最後に掲載したイラストです。太陽系を雲のように取り囲む「オールトの雲」に浮かんだ未知の惑星。その向こうには小さく太陽系が見えます。木星にそこまではじき飛ばされた惑星が新型望遠鏡で発見されるかもしれないと考えると、ワクワクしてきます。(編集T.F)

    渡り鳥 最後のさえずり

    季節ごとに大移動する渡り鳥たちが、地中海沿岸で大量に捕獲され、殺されている。

    文=ジョナサン・フランゼン/写真=デビッド・グッテンフェルダー

     北から南へ、南から北へ。カモ、ハト、シギ、ウズラなど大小さまざまな鳥たちが、季節の移り変わりとともに大空を渡っていく。

     こうした渡り鳥が今、地中海地域で厳しい運命にさらされている。食用や金もうけ、娯楽のために、毎年数億羽が殺されているのだ。
    イタリアから押し寄せるハンターたち

     なかでも悪名高いのがイタリアだ。地方の森林や湿地帯では狩猟の銃声が鳴りやまず、わなも数多く仕掛けられている。美食の国フランスでも、禁猟のズアオホオジロ(オルトラン)をこっそり食べる人が後を絶たない。狩猟の対象になっている野鳥のリストには、種の存続が危ぶまれるシギやチドリの仲間が多く含まれる。

     スペインでは、わなによる捕獲が今でも広く行われている。狩猟に適した鳥がいないマルタ島では、渡り鳥が通りかかるとハンターはここぞとばかりに銃口を向ける。キプロス島ではズグロムシクイが違法に大量捕獲され、人々の胃袋に収まっているのだ。

     それでもEU加盟国では、少なくとも形の上では渡り鳥の捕獲にさまざまな規制が設けられている。世論も渡り鳥の保護を支持しているし、自然保護団体も各国政府に法整備を働きかけている。

     しかし、EUに加盟していない地中海諸国での状況は、まったく改善されていない。

     たとえばアルバニアには、繁殖や渡りのために鳥たちが飛来する場所を保護する法律があることはある。しかし、40年間以上にわたってこの国を支配した共産主義独裁政権の崩壊後、法律はただの絵に描いた餅となった。

     そうなると、EUの規制が厳しいイタリアからハンターたちが大挙して、アルバニアに押し寄せてくるようになったのだ。
    渡り鳥を吸い込むブラックホール

     一時期イタリアの支配下にあったアルバニアにとって、イタリア人は洗練された文化と近代化の象徴だ。
     イタリア人ハンターたちは自ら鳥を撃つだけでなく、無差別な狩猟とそのための手段をアルバニアに持ち込んだ。鳥の鳴き声を再生し、たやすくおびき寄せる最新鋭の音響装置もその一つだ。そのうえ人口300万のこの国に、推定10万丁もの散弾銃が出回っているという。今やアルバニアは、ヨーロッパ東部の渡り鳥の“ブラックホール”と化した。何百万羽という渡り鳥が吸い込まれ、生きて出てくるものはほとんどない。

     賢いのか運が良いのか、アルバニアには寄らずに通り過ぎる鳥もいる。海沿いの町ベリポヤで、カモ科のシマアジの大きな群れが遠く沖合の空を右往左往していた。
     アドリア海を渡って疲れきっているが、海岸にはハンターたちの潜むテントが点々と並んでいて、餌場である湿地に近づくことができないのだ。

    ※ナショナル ジオグラフィック7月号から一部抜粋したものです。
    編集者から

     私が幼いころ、実家がある田舎ではスズメを捕って食べる習慣がありました。お盆で帰省した叔父たちが、網を持って農作業小屋の中で大奮闘。夕食には羽をむしって網で焼かれたスズメが並んだものです。動物愛護の名の下にそれを真っ向から否定されたら、やっぱり反発してしまうかもしれません。この特集では、ただ殺される鳥がかわいそうと思うにとどまらず、その奥にある主題を読み取っていただけると幸いです。(編集H.O)

    デニソワ人 知られざる祖先の物語

    シベリア南部の洞窟で見つかった化石。それは現生人類と共通の祖先をもつ“第3の人類”のものだった。

    文=ジェームズ・シュリーブ/写真=ロバート・クラーク

      私たち現生人類(ホモ・サピエンス)とも、ネアンデルタール人とも違う、“第3の人類”。その骨の化石が見つかった。
     現場は、ロシアのシベリア。モンゴルと中国、カザフスタンとの国境から350キロほど離れた場所にある、デニソワと呼ばれる洞窟だ。
    二つに割った化石の行方

     2008年7月のある日、そこで5万年から3万年前のものと思われる地層を調査していたロシアの若き考古学者アレクサンデル・チバンコフが、小さな骨のかけらを発見した。
     大きさも形も、靴の中に入り込んでくる小石とそう変わらなかった。そのちっぽけな骨を袋に入れてキャンプに持ち帰り、古生物学者に見せたという。

     古生物学者は、それが霊長類の指先の骨であることを突きとめた。
     5万年から3万年前のシベリアに人間以外の霊長類がいた証拠は見つかっていないため、骨は人類のものである可能性が高かった。関節との接合部分が不完全な形状であることから、年齢は8歳ぐらいと推定された。

     発掘チームを率いるアナトリー・デレビアンコは当初、その骨が現生人類(ホモ・サピエンス)のものだと考えた。以前、同じ地層から石を磨いて作った腕輪などが見つかっていたからだ。
     しかし、周辺の洞窟からネアンデルタール人の化石が見つかっていたため、デニソワ洞窟の骨もまた、ネアンデルタール人のものである可能性があった。

     デレビアンコは化石を二つに割った。
     片方は米国カリフォルニア州の、とある遺伝学研究所に送ったが、それから何の音沙汰もない。
     もう片方は、ドイツのライプチヒにあるマックス・プランク進化人類学研究所の進化遺伝学者スバンテ・ペーボに手渡しで届けてもらった。スウェーデン出身のペーボは古人類のDNA研究における第一人者だ。
    研究チームも驚いた分析結果

     デレビアンコからの荷物が届いた時、ペーボの研究チームはネアンデルタール人の全ゲノムを解読する作業に忙殺されていた。2009年も後半になってやっと、チームの古参メンバーだったヨハネス・クラウゼが、ロシアから送られてきた指の骨に目を留めた。
     ほかの誰もがそうであったように、クラウゼもまた、その骨が初期の現生人類のものであると考え、分析にとりかかった。

     ペーボが不在にしていたある日、クラウゼは研究所のスタッフを集めた。
     何度やっても変わらない分析結果に何か別の説明がつけられないか意見を募ったが、答えられる者は誰もいなかった。そしてついに、ペーボの携帯電話に連絡を入れた。

     その時のことを、ペーボはこう回想する。
     「クラウゼは最初に、私が座っているか聞いてきました。立っていると答えると、椅子を見つけた方がいいと言われたんです」
     クラウゼ自身は、その日を「科学者人生のなかで最も興奮した日」と振り返る。指の骨は、現生人類のものでもネアンデルタール人のものでもなかった。
     それは、まったく未知の人類の骨だったのだ。

    ナショナル ジオグラフィック7月号から一部抜粋したものです。
    編集者から

     デニソワ人やネアンデルタール人と私たち現生人類を隔てる遺伝情報を見つけ、人類の進化について知ること――。それが進化遺伝学者スバンテ・ペーボの目的だといいます。  彼らがどのような姿をしていたのかも、気になるところ。デニソワ人に関しては、ごくわずかな手がかりしかないものの、あるアーティストが3種の人類の復元模型を製作しました。DVD「謎の人類 デニソワ人」でその様子を紹介しているので、特集とあわせてご覧ください。(編集M.N)

    キルギス 誘拐婚の現実

    女性を連れ去り、強引に結婚させる「誘拐婚」。中央アジアの国、キルギスで続く驚きの慣習を、4カ月かけて取材した。

    文・写真=林 典子

     「お願いだから車を止めて! ドライブに誘い出しておいて、私を誘拐するなんて。嘘をついたのね、最低な男!」

     女性が誘拐されたことに気づいたのは、キルギス中部の都市ナルインの外れにある大峡谷に差しかかったときだった。迎えに来た男の車に乗り込んでから、20分が経過していた。

     車の速度がどんどん上がる。日はすでに沈んでいた。北西へしばらく走り、見えてきたのは、標高2000メートルの果てしない放牧地。ときどきすれ違う羊飼いは、こちらの状況など知る由もないだろう。「元いたところに帰して!」と彼女が叫んだ。
    警察も裁判官も助けてくれない

     約540万人が暮らすキルギスで、人口の7割を占めるクルグズ人。その村社会では、誘拐婚が「アラ・カチュー」と呼ばれ、慣習として受け入れられている。
     女性の合意のない誘拐婚は違法だが、警察や裁判官は単なる家族間の問題とし、犯罪として扱うことはほとんどない。

     女性はいったん男性の家に入ると、純潔が失われたとみなされ、そこから出るのは恥とされる。逃げたくても逃げられないのが現実だ。ある調査によると、キルギスでは誘拐された女性の8割が最終的に結婚を受け入れるという。

     15年以上前からキルギスの誘拐婚を研究する米国フィラデルフィア大学のラッセル・クラインバック名誉教授らは2005年の論文で、クルグズ人の既婚女性の35%から45%が合意なく誘拐されて結婚していると推定している。
     プロポーズをしたが断られた、親から結婚をせかされているといった事情を抱えた男性たちが、誘拐に踏み切るようだ。なかには、強引な手段をとらず、合意を得たうえで女性を連れ去る男性もいる。
    「誘拐婚はキルギスの伝統ではない」

     違法な誘拐婚がなくならない背景には、国民の多くがこの慣習を古くからの伝統と信じている現実がある。
     しかし、クラインバック名誉教授は「誘拐婚はキルギスの伝統ではない」と言う。

     キルギスがソビエト連邦の共和国になる以前は、両親が決めた相手との見合い結婚が主流だった。誘拐婚はあるにはあったが、そのほとんどは、親の言いなりになるのが嫌で合意のうえで恋人を連れ去る「駆け落ち」だった。

     現在の暴力的な誘拐婚が増えたのは、ソ連時代に入ってからだと、教授は話す。それまでの遊牧生活から定住生活が主流になり、社会システムが急変したことで、男女平等の意識が国民の間に芽生え、自分の意思で結婚相手を選びたいと考える人が増えた。
     「昔の駆け落ちの誘拐婚がこの半世紀の間にねじ曲がって伝えられ、現在の違法な誘拐婚を伝統と思い込む人が増えたのではないか」と教授は言う。

     冒頭の女性は、誘拐されてから5時間余りたった2012年10月22日の午前1時頃、携帯電話を使って母親に結婚する意志を伝えた。
     1990年にナルインで生まれ、ロシア文学とトルコ語を学ぶ大学生だった。都会に住むのが夢で、1年後にトルコのアンカラでコンピューター関係の仕事に就く予定だった。

    ※ナショナル ジオグラフィック7月号から一部抜粋したものです。
    編集者から

     2012年9月号の「写真は語る」で紹介した林典子さんが、4カ月かけて取材した特集です。女性たちが自分を誘拐した夫への態度をどう変えていくのか、毎日どんな思いで暮らしているのか――。外からは見えない誘拐婚の現実を伝えるため、何のつてもなく単身キルギスに入り、現地の人々の生活に入り込んで、それぞれの女性にそっと寄り添いながら、丁寧かつ多面的に取材を重ねる手腕は見事です。その取材スタイルは、同じ号の「永遠の瞬間」に掲載したインタビューで垣間見ることができますので、特集と併せてご覧ください。
     独自のスタイルを確立しつつある林さんが、今後どんなストーリーを届けてくれるのかも楽しみです。(編集T.F)

    トランシルバニア 草香る丘陵

    ルーマニア中部に広がるトランシルバニア地方では、中世さながらの農村の暮らしが今も息づいている。

    文=アダム・ニコルソン/写真=レナ・エフェンディ

     吸血鬼ドラキュラのモデルとなった人物の出身地としても知られる、トランシルバニア地方。ここはルーマニア中部のカルパチア山脈に位置する、欧州有数の植物の宝庫だ。一帯では、1平方メートルの牧草地に最大50種もの草花が生えている。
    人と自然が生んだ“奇跡の草地”

     この奇跡のような植物の楽園は、自然に生まれたものではない。人々が丹精して作りあげたものだ。毎年夏には草刈りを欠かさない。手入れを怠れば、牧草地は数年でやぶや下草に覆われてしまうだろう。

     今のところ、このトランシルバニアの牧草地では人間と自然の、いわば共生によってその美しさが保たれている。

     自然の生態系とそこに暮らす人間との関係を研究する「エスノエコロジー」の専門家ズォルト・モルナールらの調査によれば、トランシルバニア地方の村ジメシュの住民のうち、20歳以上の大人は平均120種以上の植物を見分け、名前を言えるという。

     幼い子どもでも、自生する植物の約半分を知っている。「この土地の人々の暮らしが、今も自然と密接にかかわっているからです」とモルナールは語る。

     モルナールによれば、「日当たりが悪い」「じめじめした」「斜面がきつい」「木が多い」「コケが多い」など、生態系を分類する語彙がこれほどきめ細かく発達している土地は、ほかにはなさそうだという。

     「こうした語彙の数は世界の平均では25語から40語程度だし、多くても100語ぐらいです。ところがジメシュでは少なくとも148語はあることがわかっています」
    村を出て行く若者たち

     だがこの土地の人々は決して豊かなわけではない。握手を交わすと、男女を問わず誰の手もごつごつしていて、日々の労働の厳しさを物語る。

     トランシルバニアの農家の年収は、農業以外の仕事の収入を合わせても世帯当たり4000ユーロ(約52万円)程度だ。浴室のある家は半数にも満たない。車を買える余裕のある人が少ないため、馬の価格は高い。

     1947年から89年まで続いた共産主義政権の時代、トランシルバニアの人々はずっと牧草を刈り、家畜を飼って暮らしてきた。だが89年の末、革命によりニコラエ・チャウシェスクの政権が崩壊。集団農場は解体され、土地は以前の所有者に戻された。住民たちは、共産主義体制以前に営んでいた小規模農場の経営を再開したが、90年代半ば以降、こうした農場は衰退し始めた。高齢化が進んだためだ。

     若者たちは農作物を育てたり、都会で働いたりするほうが、もうかると考えるようになった。ノルウェーやスウェーデンの建設現場で2カ月も働けば、トランシルバニアで土地と家を買えるくらいは稼げるのだ。トランシルバニア各地の集落では家畜の数が急激に減っている。

     家畜が減ったため放置された牧草地には、森が再びじわじわと攻め入ってきた。
     「これからは荒れ果てる一方でしょう」
     地元の女性は、目のさめるように美しい周囲の丘陵地を片手でゆっくりと指し示しながら言った。

    ※ナショナル ジオグラフィック7月号から一部抜粋したものです。
    編集者から

     「牧歌的とはこういうことです」と説明をつけたくなるような写真の数々。人々の暮らしは豊かなわけではないと言いますが、やはりどこか惹かれるものがあります。搾りたてで無殺菌の牛乳を、なぜ町の人々は買いたがるのかと尋ねられた老人が、こう答えます。「まじりけのない、本物の牛乳だからですよ。都会の暮らしが失ったものの一つです」。私たちはほかに何を失ってきたのか、考えさせられる特集でした。(編集M.N)

    復活するワニの楽園

    乱獲で生存の危機にあったパラグアイカイマンが、ブラジルの大湿原で力強く復活しつつある。

    文=ロフ・スミス/写真=ルシアーノ・カンディザーニ

     パラグアイカイマンは、ワニの一種だ。ワニ皮を目当てに乱獲されてきた。ブラジル南西部に広がるパンタナール大湿原では、その保護活動が実を結ぼうとしている。
    ワニの赤ちゃんは天敵だらけ

     パラグアイカイマンの赤ちゃんは、サギやコウノトリのおやつにならないように、日中は水草の陰に身を潜め、夜になると昆虫やカタツムリを食べに茂みからそっと姿を現す。

     成長とともに獲物も大きくなり、運良く体長2.5メートルほどのおとなになった暁には、この一帯の湿地に生息する大型のげっ歯類、カピバラを捕食するほど強くなる。
     だが、今のところは食物連鎖の下の方で、目立たないよう息を潜めて生きるしかない。

     こうした生まれたてのパラグアイカイマンは、この沼だけでも数百、あるいは数千頭もいるという。そして同じような沼は、パラグアイ、ボリビアとの国境近くに広がった、ここパンタナール大湿原に数多く存在する。
     この湿原は、おそらく地球上で最大のワニの生息地であり、ワニを保護する取り組みが大きな成功を収めた、極めて珍しい場所の一つだ。
    ワニ皮目当ての密猟団を取り締まり

     30年前、パラグアイカイマンは高値で売れる皮を目当てに容赦なく乱獲され、絶滅への一途をたどっているように見えた。武装した密猟団は乾期にやって来て、干上がって小さくなった水場に集まるパラグアイカイマンを大量に射殺した。

     その後、ブラジル政府が密猟の取り締まりを強化したことと、1992年に野生のワニの皮の取引が世界的に禁止されたおかげで、パラグアイカイマンは間一髪のところで絶滅を免れた。

     そして、例年より雨が多く、繁殖に適した年が続いたことで生息数は劇的に盛り返し、今では推定1000万頭がこの湿原で暮らしている。

     とはいえ、この湿原においてもまだ、ワニたちは森林破壊、ダム建設、観光施設や鉱山の開発、港湾整備などの脅威にさらされている。

    ※ナショナル ジオグラフィック7月号から一部抜粋したものです。
    編集者から

     とかく深刻なテーマが多いナショジオで、文句なしに前向きな特集です!

     それにしても、襲われればひとたまりもないワニのいる沼に、写真家のルシアーノ・カンディザーニはよく潜れるものですね。彼のサイトを見てみると、どうやら自然の中でも「水」に関わる被写体が好きなようです。ウェットスーツで首まで水に浸かった自身のポートレートは、心なしか顔が疲労と寒さでひきつって見えます。ぜひのぞいてみてください。(編集H.O)

  • 資料ID・700035300

  • 「キルギス 誘拐婚の現実」が衝撃的でした。

    女性を誘拐し、強引に結婚させるという恐ろしい慣習。
    何故逃げないの?何故抵抗しないの?と思ったけれど、
    一旦女性が男性の家に入ると、純潔が失われたとみなされて、
    そこから出るのは恥とされるとのこと。

    中には婚約者のいた女性もいる。
    もっと大きな国で働く予定だった女性もいる。
    夫から暴力を受けたり、自殺に追い込まれる女性もいるらしい。
    なんて悲惨な…こんな事がまかり通って良いのだろうか…

    「トランシルバニア 草香る丘陵」の記事にはとても癒されました。
    草を刈って牧草を乾かし、羊の世話をする。秋にはスモモのジャム作り。
    こんな昔ながらの生活がいつまでも続いて欲しい。

  • 火星探査、太陽系の公転軌道の変化、ネアンデルタール人と現生人類、第三の人類であるデニソワ人の広がりと交雑、キルギスの誘拐婚、などなどとても興味深い話題が多かった。

    5万分の1の確率で、惑星の軌道の混乱に巻き込まれ「地球全体が引き伸ばされ、水あめのように溶けてしまう」らしい。衝突がなくてもそんなふうになってしまうのか。

    キルギスの誘拐婚は、伝統的には本人の合意のもとのいわゆる駆け落ちだったらしいが、最近は暴力的なものがはやってしまっているとのこと。人権とかの問題がありそうだけど、日本の未婚・晩婚の状況を考えると少々強引な結婚の仕方があってもいいのかもしれないなどと思ったり。

    自然科学、歴史、文化、などなど多岐にわたる記事を手軽に読めてうれしい。今月号は興味をそそる内容が多かった。

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