個人的な体験(新潮文庫) [Kindle]

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  •  妻の産んだ子どもが障害を持っていることを告げられた主人公が、その事実に右往左往する話。男性であるがゆえの紆余曲折なのかもしれない。主人公は迷うし逃げる。でもその迷いや逃げからは「逃げない」さまが小説を通して結果的に書かれている気がする。結果的に、というのは、これを書いている筆者が書こうと意図して書いたのかどうかに疑問を持つからであって、その不明瞭さがこの作品を不安定でかつ魅力的にしていると思う。断定はまわりまわって逃げることなのかもしれない。
     タイトルに「個人的な」とあること、筆者が自身の子どもに障害を持っていたことに着想を得ていると語ったことから、筆者個人の経験をもとに書かれたものだと理解されることが多いが、作品の中の一節「赤んぼうをめぐる家庭の問題は、いかなる国際問題よりも具体的に重く切実に(主人公の)頚ねっこを押えていた」という書きぶりから、個人的なことが世界のすべてになるさまを描いたものなのではと思ったりした。
     この本は1964年に発行されたが、1981年に(おそらく新潮文庫発売に寄せたもの)加えられた大江自身のあとがきのようなものが読めたことが良かった。構想時点で彼が何を考えていたか、更にラストシーンの描き方について賛否両論があったがそれでも「(筆者がそのラストシーンを必要としたことについて)それなりに若い書き手としての必然性があってのことだったと、それゆえに批判を覚悟で構想をつらぬいたのだったと、いまも僕はそのような自分を支持する」と書いている。小説としての完成度がどうこうというよりも、「大江健三郎」という人が命をかけて小説という作品に取り組んでいるということに安心のようなものを感じる。(実態としてどうなのかはもちろんわからないけれども、作品の取り組み方について同様に発信している村上春樹さんの書き方よりも切実さを感じて、それがこの人も生身の人間なのだという事実に安心する、という意味。)

  • 物語自体は母親目線で読むと不快でしかない。
    でも男の立場になると共感もできる作品。また、全体的に比喩や描写が秀逸。二日酔いで吐いてる時の描写は鮮明に思い浮かぶ。
    火見子の多元的な世界の話と、鳥の二日酔いに対して火見子がレモンをすすめる場面が印象に残った。

    個人的な体験のうちにも人間一般にかかわる真実の展望の開ける抜け道に出ることができる。
    でも、自分の個人的な体験は、、、
    と言う部分も印象的。

著者プロフィール

大江健三郎(おおえけんざぶろう)
1935年1月、愛媛県喜多郡内子町(旧大瀬村)に生まれる。東京大学フランス文学科在学中の1957年に「奇妙な仕事」で東大五月祭賞を受賞する。さらに在学中の58年、当時最年少の23歳で「飼育」にて芥川賞、64年『個人的な体験』で新潮文学賞、67年『万延元年のフットボール』で谷崎賞、73年『洪水はわが魂におよび』で野間文芸賞、83年『「雨の木」(レイン・ツリー)を聴く女たち』で読売文学賞、『新しい人よ眼ざめよ』で大佛賞、84年「河馬に噛まれる」で川端賞、90年『人生の親戚』で伊藤整文学賞をそれぞれ受賞。94年には、「詩的な力によって想像的な世界を創りだした。そこでは人生と神話が渾然一体となり、現代の人間の窮状を描いて読者の心をかき乱すような情景が形作られている」という理由でノーベル文学賞を受賞した。

「2019年 『大江健三郎全小説 第13巻』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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