本好きの下剋上~司書になるためには手段を選んでいられません~第一部「兵士の娘I」 (TOブックスラノベ) [Kindle]

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  • 大凡の「異世界転生もの」に関する私の所感を、この本に代表して書き記す。

    まず、私がファンタジーを読む究極の目的は、ここから違い場所を見たいからだ。
    「いま、ここ」とは違う「どこか」。
    その「どこか」は、遠ければ遠いほど良い。
    だから、飛行機とインターネットで狭くなってしまったこの「世界」を飛び出し、異世界まで出掛けていく。

    では、主人公が迷い込む異世界は、果たして本当に「異世界」なのか。つまりそこは、現代に生きる我々の在り方と非連続な世界なのか。

    答えは否だ。

    以下、10年以上前の伊藤計劃氏のHPより引用する。

    "異世界、現在ではない(たとえ設定が現代であっても)、今、ここではない世界の「空気」を観客に伝えるチカラ。剣と魔法とエルフがファンタジーだという人には何のことか理解できないかも知れませんが、いわゆるつきの「ファンタジー」世界の「空気」は、たとえ設定が異世界であっても、そこはかとない違和感、妙な空気、そしてなにより幻想的なムードを我々に伝えてはくれません。
    こういえば解りやすいでしょうか、ファンタジーとは、作り手の意思(または無意識)が、世界を設定することではなく、世界を「空気する」方向に向かったものだと。"

    "いうなれば「涙」というチェック項目のついたソフトウェアのフィルターを通過するように、それは「設計」されているのです。主人公の死で涙を搾り取ろう、じゃあ主人公と別れを演じるキャラがあったほうがいいな、じゃあそれを娘にしよう・・・創造の力を侮辱し、コケにし、商品にする過程がそこにはあります。だから泣いて当然だし、そのことには何の意味もないのです。"

    "「それは、君が世界に対して怠惰な証拠だよ」と。彼らは世界から「感動」を見つけ出す努力をしていない。だからとりあえずの涙を「感動」にすり替えて満足しているのだと。"

    「怠惰」であること、それ自体を責めはしない。全てに折り目正しいことを強いる世界は、すぐにくたびれてしまうだろう。
    けれど、怠惰なものが、そう自覚されることも悪びれることもなく、あまりにも堂々と文化のメインストリーム側にのさばること。これに対しては、私は異を唱えたい。



    次に、異世界に現代人が迷い込む、という主題について。

    なんでも、活版印刷以前の人々が生涯で知り得る情報の総量は週刊誌一冊と同じくらいと聞いたことがある。
    中世の人々に比べ、現代人が他人に対する思いやりがあるように見えるのは、必要十分の衣食住があることに加えて、色々なものを読んで聴いて、さまざまな物事をどうにか理解しようとすることで、私とは異なる人がいると認識できるから、なのだそうだ。

    つまり、現代人が異世界に転生して活字文化を広めるというテーマについて、私は以下のようなものを期待していた。

    ・最も人気のあるコンテンツが、村の独身のおばさんを火炙りにすることだった中世の人々が、活字による情報量の圧倒的増加によってどのような変化を起こすのか
    ・魔法なり神なりが実在し、「聖書」という絶対的な書物が存在し得ないファンタジー世界で、本はいったいどういう発展が可能なのか
    ・印刷の歴史を知った人間が、技術改良に至る過程や、突然変異的な飛躍を要請する難問を全て一跨ぎにして結果のみを放り投げてきたとき、現世と比べてどういう歪さが生まれるのか

    ある状況にある仮定を挿入し、別の状況を導き出す。こういう考え方を、SFでは外挿法(エクストラポレーション)という。

    そして、この小説には、というか私が知る「なろう系」には、そういった類の想像力が一切無い。
    そこにあるのは「文明程度の劣った異世界に現代文明を伝えることが転生人の責務である」とでもような、植民地主義の理論と実践ばかりだ。


    この本の主人公も、私が「期待していた」辺り、つまり異世界との軋轢や衝突を全部無視して、自分はさっさと貴族の屋敷に引きこもりやれお茶会だの政略結婚がどうの学校の成績がなんだとクッソどうでもいい話を始めやがった。

    心底ガッカリ、以上。



    補足:
    なぜこの小説を「代表」に選んだかというと、設定が最高に好みで、いざ読むまでは非常にワクワクしたからだ。

    端的に言うと、特上マグロを1本丸ごと仕入れてる店のメニューがトロから赤身まで全部ぶち込んだあら汁のみ、なんて事態に出くわせば、文句の一つも言いたくなるだろうと、まぁそういう愚痴である。

    以上、あらゆるコンテンツを取り込んでファストフード的(早い/安い/うまい/毎日営業)な縮小再生産することがなろう系の本懐ならば、それは潜在顕在問わず広範な市場を壊すことに他ならないのではないか。

著者プロフィール

香月美夜(かづき みや)
小説家。1月22日生まれ。中学2年生の頃より小説を書き始め、社会人となり結婚後、子どもの世話がひと段落してから執筆を再会。2013年より小説投稿サイト「小説家になろう」で『本好きの下剋上』を公開して人気作品となる。2015年にTOブックスより書籍化され一般誌デビュー、シリーズ化される代表作になる。同作シリーズは累計100万部を突破し、「このライトノベルがすごい! 2018&2019」2年連続第1位に輝き、テレビアニメ化も決定した。

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