学力の経済学 2015
2015年6月18日初版第1刷発行
2015年6月18日電子書籍版発行
著者:中室牧子
中室 牧子(なかむろ まきこ、1975年 - )は、日本の経済学者。
慶應義塾大学教授、専門は教育経済学。奈良県出身。
奈良県出身。奈良女子大学文学部附属高等学校、慶應義塾大学環境情報学部卒業。
大学時代は竹中平蔵の研究会で学ぶ。
日本銀行や世界銀行での実務経験を経て、コロンビア大学で博士号取得(MPA, Ph.D.)。専門は教育経済学。
2013年から慶應義塾大学総合政策学部准教授、2019年から同学部教授。
産業構造審議会委員、革新的事業活動評価委員会(規制のサンドボックス)委員、厚生労働省統計改革ビジョン2019有識者懇談会委員、規制改革推進会議委員。
略歴:
1998年慶應義塾大学卒業後,Columbia University, School of International and Public Affairsで修士課程を修了(2005年,MPA),Columbia University, Graduate School of Arts and Scienceで博士課程を修了(2010年,Ph.D.)
日本銀行では、調査統計局や金融市場局において実体経済や国際金融の調査・分析に携わった経験をもつほか、世界銀行では、欧州・中央アジア局において労働市場や教育についての経済分析を担当しました.
以上のようにWikipediaで中室牧子氏の経歴を追ってみた。
御本人のHPでも色々書かれている。
1998年から2003年まで5年間日本銀行に勤務とあるから新卒当初からスーパーエリートやんけと思ってしまう。
世界銀行での仕事なども経て、それからアカデミズムの世界に来たわけだ。
どうりで多くの学者と雰囲気、匂いが異なるわけだ。
もちろん良い意味で。
本書の学力の経済学も非常にわかりやすく且つ説得力の富むものだった。
もっと早く目を通すべきであった。
あの竹中平蔵の弟子とも言えるのが玉に瑕のように思う。
色々本書でも述べているのだが、全てはたった一言にまとめられる。
御本人のHPにも載っているように「教育に科学的根拠を」というものだ。
目からうろこであった。
本書で印象に残った部分
データを用いて教育を科学的に分析することが、どれほど世の中の役に立つことなのか
政策のコストパフォーマンスという考え方は非常に大切です。たとえば少人数学級は、その実施にあたってかなりの費用がかかることが予想されます。教員を追加的に雇用しなければならなくなるし、教室などの施設も拡充する必要があるでしょう。仮に少人数学級政策に効果があって、どんなにいい政策だったとしても、お金がかかり過ぎたら実現できません。なるべく安く、しかも学力を大きく上昇させられるような政策の方が良いに決まっています。政策のコストパフォーマンスがよいーこれを「政策の費用対効果が高い」といいます。
そして、3つの政策の費用対効果を比較すれば、もっとも安上がりに効果をあげられる政策が何かということがわかります。
例)少人数学級、習熟度別学級、放課後学習など
もっとも階層の高い、信頼に足るエビデンスと定義されているのがランダム化比較試験です。
米国の教育省は「落ちこぼれ防止法」の中で「エビデンスとはランダム化比較試験に基づくもの」であると明言しています。
教員免許は必ずしも教員の質を担保できているわけではありません。
海外にはそもそも教員免許そのものが存在していない国や地域も多く存在しています。
これまでの海外における研究蓄積を見る限り、「給与を上げる」「研修を受けさせる」「免許制度を撤廃する」という3つの選択肢の中では、教員免許制度を変更し、能力の高い人が教員になることの参入障壁を低くすることが有力な政策オプションなのではないか、と私は思っています。
経済学者の間では教員免許の有無による教員の質の差はかなり小さいというのがコンセンサスとなっています。
最近の研究に限ってみれば、教員研修が教員の質に与える因果効果はないという結論が優勢です。
人間が得たものを失うのは嫌だと思う気持ちのことを、経済学の用語で「損失回避」という。
チェティ教授らは、付加価値でみたときに下位5%に位置する教員を、平均的な教員に置き換えるだけで、子供の生涯収入の現在価値を、学級あたり2500万円も上昇させることができると推計しています。教員の「質」の改善によって、私達の社会や経済が得る便益はとても大きいのです。
少子化が進んでいく中では、少人数学級によって教員の「数」を増加させることよりも、教員の「質」を高める政策の方が、教育効果や経済効果が高い可能性があるのではないでしょうか。
スタンフォード大学のハヌシュク教授によると、もともとの学力の水準が同程度の子供たちに対して、能力の高い教員が教えた場合、子供たちは1年で1.5学年分の内容を習得できたのに対して、能力の低い教員が教えた場合は、0.5学年分しか習得できませんでした。
1年間で実に丸1年分もの習得の差が生じたことになります。ハヌシュク教授はこの結果をもとに、能力の高い教員は、子供の遺伝や家庭の資源の不利すらも帳消しにしてしまうほどの影響力を持つと結論づけています。
統計はただではつくれません。文部科学省によると、全国学力・学習状況調査の実施には50億円以上が投じられています(学級規模を35人から40人にしても削減できる費用が86億円にすぎないにも関わらずです!)。
国民の税金を投じて収集されたデータは政府の専有財産ではありません。国民の財産であるべきものです。このデータを有効利用して欲しいと思っているのは、私だけではないはずです。
私が世界銀行に勤務しているとき、南アフリカ政府の関係者にインタビューする機会がありました。南アフリカは、労働力調査や家計調査などの政府統計の個票データをインターネット上で世界中の全ての人に公開しています。この理由について尋ねた所、「データを開示すれば、政府がわざわざ雇用しなくても、世界中の優秀なエコノミストがこぞって分析をしてくれる」という答えが返ってきました。
教育委員会や自治体が、データを外部に公開することを避け、自分たちだけで分析しようとしている例が散見されますが、政策評価は第三者機関が中立性を担保しつつ行うのが望ましいと考えられます。
医学などの自然科学では、同じデータを用いた実験から同じ結果が得られるという「再現性」が保証されなければ、その結果は科学的に妥当なものとみなされません。
これは、経済学を含む社会科学の領域でも同じです。特定の研究者にしかアクセスできないデータでは、再検証はできず、再現性が確保されているとはいえません。
ゆとり教育や子ども手当など、社会の要請に応じて開始されたものの、まるで流行が廃れるかのように、いつの間にか終わってしまった教育政策は枚挙にいとまがありません。
世代内の平等に固執するあまり、未来につながる政策評価ができない状態を続けるよりも、なるべく不平等をつくらずに実験を実施することに知恵を絞るべきではないかと思っています。
政策評価の権威である英国ヨーク大学のトーガーソン教授らも指摘するように、子どもたちは時間とともに成長し、知識や技能を向上させる傾向がありますから、ある教育政策を実施した前後で子供たちの変化を比べると、あたかもそれが教育政策の効果であるかのように見えてしまうことがあります。
しかし、子供たちの変化は、必ずしも教育政策によってのみ起こるものではありません。
だからこそ実験のように、比較可能なグループの差を見ることが、正確に政策の効果を把握するためには不可欠なのです。
神戸大学の伊藤准教授らの研究では、学校で平等を重視した教育ー「手をつないでゴールしましょう」という方針の運動会などーの影響を受けた人は他人を思いやり、親切にし合おうという気持ちに「欠ける」大人になってしまうことが明らかになっています。
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成功しないのは、努力をせずに怠けているからだと考えるようになってしまい、不利な環境におかれている他人を思いやることのない嫌なタイプの人間を多く育ててしまっている
少人数学級は貧困世帯の子供には効果が特に大きかったことが明らかになっています。このことからも、少人数学級を全国の公立小学校の1年生「全員」を対象にするのではなく、就学援助を受けている子供が多い学校のみで導入すれば、大きな効果がみられたかもしれません。既に述べたとおり、家庭の資源が子供の学力に与える影響は大きいのです。だからこそ、全員に同じ教育を行うことに拘泥せず、格差を縮小するような方向で学校の資源配分を考えるべきではないでしょうか。
実験の結果、「子ども手当」のような補助金は学力の向上には因果効果を持たなかったことが明らかにされています。
家庭の資源に格差がある中で、全ての子供に同じ教育を行えば格差が拡大していくだけですが、その矛盾は見過ごされがちです。
学力は学校だけでは決まりません。
もしも順位を公表するなら、学校名だけでなく、その学区の生活保護率、就学援助率、学習塾等事業者の数や売上など、家庭の資源を表す情報も紐づけて公表すべきです。
そうすれば、学力が学校の資源だけで決まっていないことは一目瞭然ですし、「子供の学力を上昇させるためには、学校だけでなく、保護者や地域が力を合わせて取り組んでいかなければならない」というメッセージを発信することにもつながるでしょう。
学力テストの結果を学校名とだけ紐づけると、本来学校や教員が負うべきでない責任を、彼等の責任にしてしまいます。
「どういう学校に行っているか」と同じくらい「どういう親の元に生まれ、育てられたか」ということが学力に与える影響は大きいのです。
巨額の財政赤字を抱えている日本で、「少人数学級になるときめ細かい指導ができる」などという根拠のない期待や思い込みで、財政支出を行うのは極めて危険だといわざるを得ないのです。
目の前の定期試験で数点を上げるために、部活や生徒会、社会貢献活動をやめさせたりすることには慎重であるべきかもしれません。学力をわずかに上げるために、長い目でみて子供たちを助けてくれるであろう「非認知能力」を培う貴重な機会を奪ってしまうことになりかねないからです。
非認知能力への投資は、子供の成功にとって非常に重要であることが多くの研究で示されています。
非認知能力は、人生のかなり長い期間にわたって、計り知れない価値を持ちます。しかし子を持つご両親の多くは、この非認知能力が子供の成功に与える効果を過小評価しておられるように、私には思えるのです。
神戸大学の西村教授らは「しつけ」という違った角度から研究を行いました。4つの基本的なモラル(=ウソをついてはいけない、他人に親切にする、ルールを守る、勉強をする)をしつけの一環として親から教わった人は、それらを全く教わらなかった人と比較すると、年収が86万円高いということを明らかにしています。
窪田准教授らは、しつけが子供の勤勉性に因果効果を持つことを明らかにしました。
すなわち、親が幼少期のしつけをきちんと行い、基本的なモラルを身に着けさせるということは、勤勉性という非認知能力を培うための重要なプロセスなのです。
行動経済学を専門とする大阪大学の池田教授の研究も、とても興味深いものです。
この研究では、子供の頃に夏休みの宿題を休みの終わりの方にやった人ほど、喫煙、ギャンブル、飲酒の習慣があり、借金もあって、太っている確率が高いことを明らかにしています。要するに、宿題を先延ばしにするような自制心のない子供は、大人になってからも色々なことを先延ばしにし、「明日からやろう」といっては結局喫煙できず、貯蓄もできず、ダイエットもできないというわけです。
中退することなくきちんと大学を卒業できていたのは、SATの成績が良かった学生ではなく、出身高校のレベルに関わらず通知表の成績がよかった学生だったことが判明しました。
高校でよい成績を取る過程で獲得した非認知能力(まじめ、先生との関係がよい、計画性がある、やり抜く力がある、など)は高校を卒業した後も、彼等を成功に導いてくれたのです。
重要な非認知能力
やり抜く力、自制心
やり抜く力(GRIT)
→非常に遠い先にあるゴールに向けて、興味を失わず、努力し続けることができる気質。
心理学の分野でも、「細かく計画を立て、記録し、達成度を自分で管理する」ことが自制心を鍛えるのに有効であると多数の研究で報告されています。
もっとも収益率が高いのは、子供が小学校に入学する前の就学前教育(幼児教育)です。
ピア・エフェクト 友人や周囲から受ける影響のこと、良いことも悪いことも。
問題行動のあった子どもたちが、今まで住んでいた地域から離れたことによって、学校に対する態度が前向きになり、問題行動が減少したことが明らかになっています。「ところ変われば水変わる」といいます。
これらの研究は引っ越しによって、友人が変わり、生活習慣が変わり、その結果、負のピア・エフェクトが小さくなって、本来の自分に戻ることができたということを示しているのです。
子供や若者は、飲酒・喫煙・暴力行為・ドラッグ・カンニングなどの反社会的な行為について、友人からの影響を受けやすいということです。
習熟度別学級は、ピア・エフェクトの効果を高め、特定の学力層の子供たちだけではなく、全体の学力を押し上げるのに有効な政策である
ピア・エフェクトがプラスに働くのは「あくまで同じ程度の学力の子どもたちが互いに影響を受けるとき」
問題児の存在が、学級全体の学力に負の因果効果を与えることを明らかにしました。
学力の高い友達と一緒にいさえすれば、自分の子供にもプラスの影響があるだろうと考えるのは間違っています。むしろ、レベルの高すぎるグループに子供を無理に入れることは、逆効果になる可能性すらあるのです。
実は、学力の高い優秀な友人から影響を受けるのは、そのクラスでもともと学力の高かった子供のみなのです。中間層やもともと学力の低い子供たちは、何ら影響を受けないことが分かっています。
子供を褒める時には、「あなたはやればできるのよ」ではなく、「今日は1時間も勉強できたんだね」「今月は遅刻や欠席が一度もなかったね」と具体的に子供が達成した内容を挙げることが重要です。そうすることによって、さらなる努力を引き出し、難しいことでも挑戦しようとする子供に育つというのがこの研究から得られた知見です。
子供のもともとの能力(=頭のよさ)を褒めると、子どもたちは意欲を失い、成績が低下する
子供が小さい内は、トロフィーのように、子供のやる気を刺激するような、お金以外のご褒美を与えるのがよいでしょう。
一方、同じ実験の中で、中高生以上にはやはりトロフィーよりもお金が効果的だったということもわかっています。
お金というご褒美を頭ごなしに否定するのではなく、金融教育(貯蓄用の銀行口座を作ったり、家計簿をつけるなど)も同時に行えば、子どもたちは、お金の価値に加えて、貯蓄することの大切さまでも学んでくれるのです。
ご褒美が子供の「一生懸命勉強するのが楽しい」という気持ちを失わせてはいなかったのです。
アウトプットにご褒美を与える場合には、どうすれば成績を上げられるのかという方法を教え、導いてくれる人が必要であることがわかります。
ご褒美は、「テストの点数」などのアウトプットではなく、「本を読む」「宿題をする」などのインプットに対して与えるべきだ
学力テストの結果がよくなったのは、インプットにご褒美を与えられた子どもたちだったのです。
どこかの誰かの成功体験や主観に基づく逸話ではなく、科学的根拠に基づく教育を。
教育経済学者の私が信頼を寄せるのは、たった一人の個人の体験記ではありません。個人の体験を大量に観察することによって見出される規則性なのです。
不思議なもので、教育という分野に関しては、全くといっていいほどの素人でも自分の意見を述べたがるという現象がしばしばおこる (西内啓)
どのような教育がいいか、という問いへの回答は、教育される本人の特性や能力、環境などさまざまな要因によって左右される・・(中略)自分が病気になったときに、まず長生きしているだけの老人に長寿の秘訣を聞きに行く人はいないのに、子供の成績に悩む親が、子供を全員東大に入れた老婆の体験記を買う、という現象が起こるのは奇妙な事態だとは思わないだろうか(西村啓)
2022/11/23(水・祝)記述