坂の上の雲(四) (文春文庫) [Kindle]

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  • 「メッケルは、日本陸軍についてこの時期、こう語っている。「ドイツやフランスの将校も研究心が旺盛であるが、しかし日本の将校にくらべればとてもくらべものにならない。日本将校は自分の軍事的知識の発達については驚嘆すべき努力家である。さらにかれら日本軍の特性はすこしも死をおそれないことで、これは戦勝の第一要素とすべきであろう」」

    —『合本 坂の上の雲【文春e-Books】』司馬遼太郎著より




    日本人の特性というものが、日清、日露、そして太平洋戦争という外国を相手にする戦争によってなんとも滑稽なほど如実に明らかになる。
    これは維新前のお侍さんの時代から連綿と続く精神性なのだろうなあ。

    「 ──補給の欠乏は、戦闘の勇敢さをもってカバーせよ。  というのが、大本営の意思であった。いかにも日本的であり、この奇妙な性格的発想は、日本陸軍の終末まで遺伝した。」

    —『合本 坂の上の雲【文春e-Books】』司馬遼太郎著より



    まさにこれなんだよなあ。
    戦争の成否を決める重要な要素は何はなくても物量。これが物をいう。そして兵站。ロジスティクス。このことを日本の軍部、特に陸軍は最後の最後まで理解できなかった。



    「奥保鞏は、包容力に富んでいる。かれはこまかい作戦計画や作戦判断にいちいち口出しせず、「すべて参謀長にまかせる。二者択一をせまられたときか、戦況が紛糾しきったときにのみ自分が決をくだす」

    —『合本 坂の上の雲【文春e-Books】』司馬遼太郎著より




    この時代の人物には、リーダー論として非常に有益な言質を残す人がいたのだよなあ。これぞ部下が才覚をいかんなく発揮できる、一番の環境であろう。




    「「攻撃の主目標を、二〇三高地に限定してほしい」  という海軍の要請は、哀願といえるほどの調子にかわっている。二〇三高地さえおとせばいい、そこなら旅順港を見おろすことができるのである。大本営(陸軍部)参謀本部もこれを十分了承していた。参謀総長の山県有朋も、よくわかっていた。  ただ現地軍である乃木軍司令部だけが、「その必要なし」  と、あくまでも兵隊を要害正面にならばせ、正面からひた押しに攻撃してゆく方法に固執し、その結果、同国民を無意味に死地へ追いやりつづけている。無能者が権力の座についていることの災害が、古来これほど大きかったことはないであろう。」

    —『合本 坂の上の雲【文春e-Books】』司馬遼太郎著より



    この辺りの描写は、読んでる者も歯噛みをするほど忸怩たる思いが募る。フロントがアホやから野球ができへんのである。


    「一人の人間の頭脳と性格が、これほどの長期にわたって災害をもたらしつづけるという例は、史上に類がない。」


    —『合本 坂の上の雲【文春e-Books】』司馬遼太郎著より

  • 半分読んだ!!
    クロパトキンとクロキの表記が途中どっちもカタカナでクロパトキンのあだ名がクロキなんかなとか思ったり思わなかったりを10秒繰り返した。
    そして、旅順近辺の内容だけど、乃木と伊地知(だったと)のボッチ具合が加速してる。

  • 本巻は全三巻と比べ、日露戦争への記載が厚くなり秋山好古、真之兄弟の話はかなりトーンダウンする。中でも大山満州軍大将と児玉源太郎参謀のように軍の中核を為す人物像に焦点をあて、歴史的な考証を加えながら時系列的に物語を進めていくが、当時の弱小国である日本が満州でクロパトキン率いるロシアの大軍を兵站乏しき中で押したという話しより、乃木大将と伊地知参謀にまずい戦略に固執した為により第三軍が旅順で日本人兵を大量に死に至らしめたことを頑愚という言葉で痛烈に批判しているのが印象的である。これは現代社会においても通用し、大将の人格、参謀(企画)の柔軟な発想がなければ国(会社・組織)は滅びることの警句とも読むこともできる。司馬さんよっぽど第三軍のお二人が気に入らなかっと見えて、徹底的にこき下ろす。これを二人の個性の問題と読むか、組織構造の問題と読むか。いずれにしても万をゆうに超える骸の上に日露戦争があったことは理解できた

  • とにかくひどいのは旅順を攻略する陸軍司令官の無能。次々と死んでいく名前も出してもらえない兵士たちが気の毒でならない。この体質の陸軍が昭和の戦争にも引き継がれたのか。無能な人間としてもダメなヤツを組織の上層にいただいてはダメゼッタイという身も蓋もない教訓が得られたはずなのに、それを活かせないのもまた無能。

  • 今までと違い秋山兄弟よりも戦争やほかの人物について詳しく描かれていて面白かった。

  • 説明不要の歴史小説の名著。4ヶ月以上読み続けてた。明治維新〜日露戦争の勝利まで長い期間と描かれているが、本当に凄まじい時代を経てきてる。何とか飲み込まれないように必死に戦ってる。著者も40代のおよそ10年をこれに注ぎ込んだようで、相当な大作となってる。

  • 遼東半島から中国東北部にかけての戦いにおいて総じてロシア軍が日本軍を圧倒していたが、ロシアの大局的な場面での意思決定が凶と出て、逆に日本の要所要所での辛勝が吉と出て結果、日本に形勢が傾き始めていた。
    これらの結果を突き詰めていくと、ロシアクロパトキンと日本大山巌、この両満州軍司令官の人間性が背景にあり、またそれらに負うところに大きいと思えた。

  • 遼陽の戦いから旅順。バルチック艦隊のちょっとなんちゃって感も面白いところ。
    この戦争におけるじれったさ満載の第四巻。
    戦争の虚しさ、残酷さも感じられる。それに突き進む日本人。

  • 明治三十七年二月、日露は戦端を開いた。豊富な兵力を持つ大国に挑んだ戦費もろくに調達できぬ小国……。秋山好古陸軍少将の属する第二軍は遼東半島に上陸した直後から、苦戦の連続であった。また、連合艦隊の参謀・秋山真之少佐も、堅い砲台群でよろわれた旅順港に潜む敵艦隊に苦慮を重ねる。緒戦から予断を許さない状況が現出した。

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著者プロフィール

司馬遼太郎(1923-1996)小説家。作家。評論家。大阪市生れ。大阪外語学校蒙古語科卒。産経新聞文化部に勤めていた1960(昭和35)年、『梟の城』で直木賞受賞。以後、歴史小説を次々に発表。1966年に『竜馬がゆく』『国盗り物語』で菊池寛賞受賞。ほかの受賞作も多数。1993(平成5)年に文化勲章受章。“司馬史観”とよばれ独自の歴史の見方が大きな影響を及ぼした。『街道をゆく』の連載半ばで急逝。享年72。『司馬遼太郎全集』(全68巻)がある。

「2020年 『シベリア記 遙かなる旅の原点』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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