モンスターマザー―長野・丸子実業「いじめ自殺事件」教師たちの闘い― [Kindle]

著者 :
  • 新潮社
3.40
  • (1)
  • (2)
  • (1)
  • (0)
  • (1)
本棚登録 : 14
感想 : 1
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・電子書籍 (169ページ)

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 2017/02/11読了。
    僕はこの高校バレー部員の自殺事件についてはまったく記憶がない。報道を見なかったはずはないので、知らなかったのではなく忘れたのだ。なぜ忘れたのだろう。おそらく、ありふれた構造の出来事だと思ったからだ。ありふれた構造、つまりいじめを学校が隠蔽している構造だろうと。
    そんなのがありふれている世の中もひどいし、だからって忘れる僕もあんまりなわけだが、それは本書の感想とは別の話なので脇へ置く。
    問題なのは、僕が被害者側の言い分とマスコミ報道の内容を鵜呑みにして、あとは憶測で判断して忘れることにした、ということだ。当時の僕の名誉のために書き添えておくと、少しは憤ったかもしれない。加害者として報道された学校と他のバレー部員たちに対して。体育会系出身を鼻にかける人々には差し引きすると煮え湯を飲まされることのほうが多い人生を歩んできたので、スポーツ部活動が絡んだ事件なら、なおさら僕に煮え湯を飲ませた人物の顔を思い浮かべて憤った可能性はある。
    そんな僕が本書一冊を読んで、何を憤る資格があるというのだろう。本書が糾弾する母親ほどひどくはないが同じベクトルの人格の持ち主に煮え湯を飲まされたことはある。だから今度はこの母親に対して憤り直してよいのだろうか。あるいはこの母親を弁護したという人権派弁護士に対して。僕を騙したマスコミに対して。そう、今度は本書の内容を鵜呑みにして、今度も個人的な体験を下敷きにして。母親と弁護士とマスコミを罵り直していいのだろうか。それは他でもなくこの事件において弁護士やマスコミがやったのと同じ行為に当たるわけだが、僕がやるなら構わないのだろうか。
    最近、トランプ氏についての報道で「オルタナティブ・ファクト」という言葉を初めて知って驚愕した。同時に、昔ながらの「建前」とは明らかに異なるそのたたずまいから、いかにも今風の概念だなあと感心もしたのだ。トランプ氏の当選や極右政党の台頭、ヘイトスピーチ、デマツイートや偽ニュース、フィッシングサイトやオレオレ詐欺、バカッターやネットの炎上、みんな同じ根っ子でつながっている社会現象だと僕は思っているのだが、おそらくその根っ子は、最初の報道に接してすぐ信じ、憤り、すぐ忘れ、たまたま本書を読んで憤り直した僕のような大衆の心性と無縁ではない。だから本書を読んでの感想は、ただもう自戒の一言しかない。
    自戒の処方箋として本書が提供してくれたことが一つある。本書の著者が「乱用」と「濫用」の表記を近接して書き分けて目立たせている箇所がある。他にも引用元の誤字を修正せずに掲載したことを示す「ママ」の傍注も律儀に多い。
    著者は「言葉」をキーにして、明確に問うていると見た。大事なことを書くときに字を間違えるやつと間違えないやつがいる、テンションの高い自己中心的な乱暴な言葉、あるいは宣伝パンフや自己啓発書からコピペしてきたような言葉を、使うやつと使わないやつがいる。どちらが信用できるやつか、と。
    しかし……この「言葉」の匂いを嗅ぎ分けるスキルがほとんど特殊技能になりつつある昨今、このスキルを持つ人を既得権益層もしくは邪魔者とみなして信用しない・させないというのが今風のポピュリズムの底にあるわけなので、果たしてどこまで使える処方箋なのか、まったく肌寒い世の中になったものだ。

全1件中 1 - 1件を表示

著者プロフィール

専門誌・編集プロダクション勤務を経てフリーライターに。以後、様々な雑誌、webメディアへの寄稿を続けてきた。学校での「教師によるいじめ」として全国報道もされた事件の取材を通して、他メディアによる報道が、実際はモンスターぺアレントの言い分をうのみにした「でっちあげ」だったことを発見。冤罪を解明した過程をまとめた『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』で、2007年に「新潮ドキュメント賞」を受賞。他に『モンスターマザー 「長野・丸子実業高校【いじめ自殺】でっちあげ事件」』では、編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞・作品賞を受賞。他、『暗殺国家ロシア:消されたジャーナリストを追う』(以上新潮社)、『スターリン 家族の肖像』(文芸春秋)などがある。

「2021年 『ポリコレの正体』 で使われていた紹介文から引用しています。」

福田ますみの作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×