アパシー 学校であった怖い話 短編集 上巻 [Kindle]

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  • 2017年6月12日発売
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感想・レビュー・書評

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  • 怨念だけではない、それを知ってほしかった。

    思えば『学校であった怖い話』というブランドは入手性の低さとの戦いでした。
    原点と言えるSFC版はともかく、PS版と姉妹作『晦-つきこもり』のソフト自体は希少である上、人気は根強くも新作はなかなか出ませんでした。
    「七転び八転がり」という同人ゲームサークルを立ち上げてPCゲーム「アパシー・シリーズ」のリリースが相次いだのも数年、供給元が停止したことによって販売も途絶えて久しく、ファンも忘れかけたタイミングでした。

    唐突に復活した飯島氏にとってもワンクリックで文字情報を配信することができるKindleは青天の慈雨であったのかもしれません。
    コアなファンに支えられているといっても、ファンが次々と入ってきてくれる状況でなければ息が詰まってしまうというわけで、そんな中でよくぞこうも屈強(?)なイラストレーター陣を集めたなといった心持ちです。
    隠れ里みたいなコミュニティに支えられて、ここまで命脈を保ってきた『学校であった怖い話』というコンテンツに一番驚かされているのは生みの親の飯島氏ではないかと思いつつ、紹介と感想を書いてみます。

    ぶっちゃけ、各方面に散っていた短編をひとところに集めたお宝本ってだけでかねてよりのファンは買いです。けれど、意外と原作や「アパシー」の前知識が乏しくても、単独で読めたりするのが多いように感じました。
    ちなみに初収録がいつだったか、挿画を担当されたイラストレーターさんの詳細などについては、下巻で書き下ろされている長い長いあとがきに記されているのでここでは省きます。
    ラブレターについては先入観を持ってほしくないので、自分なりの愛着を持って見つめていただきたい。

    『うしろの正面』
    実を言えば、七不思議の集会の最後を飾る七人目として主人公「坂上修一」が怖い話を語る機会はほぼ絶無だったりします。
    本人の担当が語りに対する聞き役であること、七話目は坂上視点での体験談に変化すること、同じ一年でも福沢と違って怪談に詳しくないこと。
    以上三点が原因かもしれませんし、そうでないかもしれません。

    けれど、この作品が主人公による貴重な語りの一篇であることは確かでしょう。
    それも、キャラクターとして独り歩きしていない段階の、読者=プレイヤーと画面を結ぶフィルターとして、普通の少年という無色透明さを保ったまま、という。
    だけど、色のない人間なんていたらいたで恐いですね。強烈な色を持った他の語り部に慣れてしまえば、彼の語りは異質です。

    この話の題材は「普遍的で、けれど局所的な居場所」というもの。
    ギリギリ超常現象に入るかなという際どい場所を突いてきます。派手な現象ではありません、地味です。
    けれど、没入感がやたらと高いのは先に述べた「坂上修一」の特性ゆえでしょう。フィルターとして盾になってくれていた主人公が語りに回ったからこそ染み渡っていく気味の悪さは見逃せませんね。
    最後“僕”は坂上修一として語りを終えてくれます、それがよかったことなのかはわかりませんけどね。

    『そして悪魔は微笑んだ』
    前知識として下巻収録の『綾小路行人の憂鬱』を読むか、もしくは――。
    いや、順番はどちらからでもいいですね。こう言っておけば解釈に幅が出ていいと思います。
    押さえておくべき設定として、今回の新堂はボクシングのエース、大会で敵役の「鬼島武」に敗れた後、あったかもしれない一幕ってことですね。

    物語の大意は破れた唇の痛みから苛立ちと焦りを覚え、それでも再起を誓う男の肖像ってんで、元の『学恋2』というゲーム抜きでも結構心に来るものがあります。
    スポーツマン新堂誠、改めて見直した人も多かったんじゃないでしょうか? 
    それと、登場する「綾小路行人」を知らない人はこれを機に彼を探しに行ってもいいでしょう。人気キャラなのもうなづけますよ。

    『雪の積もらない岩』
    『小学校であった怖い話』で怖い話を教えてくれる小学生のひとり「小門宇宙」の語る話です。
    彼はなかなかいい子ですよ。興味の方向が明後日に行ってはいますが、天才児が認めるほどには聡いですし。
    児童書の特典として付属したというだけあって、量、恐怖共に掌編。彼の快活さに癒されつつ、一旦箸休めといたしますか。

    『お犬様エレジー』
    わりと前提条件が込み入っている上に……うん、この話って風間さんが大暴れするんだ。わかって。
    一応、スンバラリア星人設定と言えばわかってもらえると思いますが、何を書いても嘘くさくなってしまいそうなので私は説明を放棄します。
    大体、長すぎるあとがきで説明して下っているので気になる方は下巻を買ってください。

    ただ、私は紳士的だけど常識知らず、高スペックだけどどっか抜けてて、いい加減でも仁義は通す、そんな風間さんのことが大好きです。
    あと、マニアック過ぎるクロスオーバーを知ってる人は胸を張ってください。……なんだこのノリ。

    『呪われた新聞』
    これは単独で完結している作品、とは言え好奇心に従って怖い話を読み進めている熱心なファンにより刺さる性質を持っている気がします。
    その上、話の前提が戦時下における日本ということもあって、雰囲気自体がくすみきっています。夏の熱気こそがこの短編の正体ではないかと思わせるくらいには。

    『愛しのルーシェ』
    フルに楽しむにはPCゲーム『学恋2』プレイ前提。
    とは言え、懐かしの教職員の名字が多数飛び出すのでファンサービスには成功しています。

    そんな中に雑じった比較的新参のオールド・ミス「深尾華穂子(通称:シンババ)」のキャラは強烈です。
    彼女を一言で言うなら「少女小説の悪質なパロディ」。根幹は「いくら老いても白馬の王子様を待ち続ける」というものです。読むほうが想像出来たところで実際の行動はその先を行く非常に厄介なタイプですが。

    改めて単独作品として読み返すと、純粋な乙女心と純粋な悪意が結びついた恐ろしさが描かれていることがわかりました。同情はしたいんですが、したらつけ込まれるって悪霊かよ!?

    頭に入れておくべき設定は岩下明美は演劇部部長で、作中劇のヒロイン役を演じたが、トラブルが発生した。これを押さえれば文脈は通るでしょう。
    『学恋2』はゲーム自体の性質はさて置いても出来は非常にいいのでぜひプレイしてほしいんですけどね。

    『パライソハレルヤスンバラリアが出来るまで』
    これについては元になるMOSAIC.WAVさんの電波ソングを聴いてくださいとか、いいようがない。
    というと、手抜きを疑われますが実際、楽曲がクエスチョンならこっちの短編がアンサーになるので仕方がないのです。

    と言いつつ、楽曲でスンバラリア星人ワールドは表現しきっている気もするので歌の破壊力ってすごいですね。
    あ、こっちにはなんと歌詞カードが収録されていますよ。わぁい。

    以上、上巻ですがラブレターを筆頭にホラーに限らない多種多様な内容が収録されていることがお分かりいただけたと思います。

    確かに『学校であった怖い話』というゲームは見た目怨念渦巻くゲームかもしれません。
    けれど、思いをゆだね、愛してくれている多くのクリエーターがここにいるんです。
    語り部に恋をしたり、一緒に肩を並べて物を作ってみたいと思ったり、時に叱咤激励、応援することもあれば突き放すこともある。

    『学校であった怖い話/アパシー』というコンテンツは原作者さえ巻き込んで生き続けてきました。
    だから、最初に飯島健男が言った恐怖だけとは思わないで、愛憎だけとも思わないで。では、それは何かと聞かれれば。

    私には答えられませんが、ただ。
    自分なりの世界観を見つけるためにもこの短編集は一助になるかもしれません。私に言えるのはそれだけです。

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