嘘の木 [Kindle]

  • 東京創元社
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感想・レビュー・書評

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  • 何ておませな主人公のフェイス。”十で神童十五で才子」と云われるが彼女は14歳!こんな女の子が娘だったらと考えるだけで疲れてしまう(笑)。
    時代設定はヴィクトリア朝イギリス。ダーウィンによる『種の起源』が発表され科学界は大きく揺れていた。神が人類を創造したという既存の説を真っ向から否定した進化論が、宗教界へ及ぼした反発は想像を絶するほどだっただろう。当時、彼女の父・サンダリー師は牧師でありながら高名な博物学者だった。その彼が翼ある人類の化石を発見したと発表(勿論、理由あっての明らかな捏造)。それが捏造だという噂が流れ一家は世間の目を逃れるようにヴェイン島へ移住する。しだいに噂は島まで及びサンダリー師は死亡。娘のフェイスは父の死因に疑問を抱き謎めいた父の手記を見つける。
    手記には物語のキーポイントとなる”嘘の木”のことが書かれていた。嘘の木は父親が中国からこっそりと持ち帰ってきた不思議な植物で、人間のつく嘘を養分にして成長し実を付ける。その実を食べると、嘘に関係すると思われる真実が夢を見るようにヴィジョンとして見えるという内容だった。フェイスは、牧師で博物学者だった父・サンダー師が宗教観や博物学者として、進化論のどちらが正しいのかを知りたくて、嘘を承知で、わざと天使の羽根もどきを付けた化石を捏造し発表して噂を流布したのだと理解した。
    フェイスもまた嘘を養分に育ち、食べた者に真実を見せる実のなる不思議な木を利用して父の死の真相を暴こうと決心。父の手記は飼育している蛇の寝床に隠し、独りボートに乗り荒波の隙を突いて洞窟へ”嘘の木”を隠す。次に父の幽霊が出没するという嘘の噂を流し、見事に作戦は成功、嘘の木は大きな実をつけた。その実を食す時のフェイスの描写は猛々しい。更に真実を追求するために第二弾の嘘を流し、ついに父を殺めた犯人を突き止める。フェイスの果敢な挑戦は父の書物を読んで得た膨大な知識と勇気だろう。
    母親に向ける非難の眼差しは鋭い。外見を飾ることや男性に気に入られることしか眼中にないような母を最初は軽蔑していた。フェイスの母マートルや郵便局長のミス・ハンターなどを通し、当時女が自立して生きるにはいかに困難な時代であったかがしっかり描かれていた。経済的に自立しない女性を批判で終わらせていない。表面上は夫を立てるふりをして、夫が動けるように環境を整え手配している。そのためにマートルは媚を売るくらいは平気でやってのける。そんな母のことが嫌でたまらないフェイスは14歳の年頃なら当然の感じ方だろうが、年齢を経た私にはあっぱれと取れた。サンダリー師の死因が自殺と下されれば、遺されたサンダリー一家には遺産を含めお金が渡らなくなるのだ。経済的苦難を招かないように、母・マートルは自分に備わった美貌を武器に闘おうとしているのだ。フェイスが次第に母を見直すように変わっていくのは、彼女の聡明さでもあるだろう。マートルは娘のフェイスが自然科学の道を目指すと宣言するのを聞いて驚くが、「何をいっているのかちっともわからない」と応える。フェイスは自分の決意が伝わるために「わたしは悪い例になりたいの」と母に言う。するとマートルは「そう、そういうことなら、素晴らしい一歩を踏み出せたんじゃないかしら」で、本書は終わっている。洒脱なエンド! フェイスは父親を敬愛するあまり母親を毛嫌いしていた風もある。時代背景が女性に味方していないのだから仕方なかったのだ。今後おそらく母娘はタッグマッチを組むのではないだろうか。マートルがフェイスのために学費を算段することになって欲しい。
    サンダリー師を死に追いやった犯人は意外だった。女性が後ろで糸を引いていたのも、時代性が大きく影響していた。そこに視点を張り巡らせきちんと描いているのが素晴らしい。
    特異的な”嘘の木”はメタファーだろうが、『嘘を広めることにより真実が得られる』というダークなファンタジーを能く思いついたものだ。ファンタジーとなっているがミステリー要素が高い作品だ。数年、読書は日本物に傾いていたが外国物を久しぶりに読みスケールの大きさに感嘆させられた。
    フェイスが父を凌ぐ博物学者になるのは間違いないだろう。『わたしは科学者なのよ。自分にいい聞かせる。科学者は畏敬の念に打たれたり、迷信に屈したりしないものだ。科学者は疑問を提示して、観察と論理によって答えを導きだす』
    がんばれ、フェイス!

    • 図書館あきよしうたさん
      しずくさん、レビューから熱い想いが伝わってきます。

      しっかり書かれた内容に、物語を再読しているような(嘘の木の実がにおってくるような)感覚...
      しずくさん、レビューから熱い想いが伝わってきます。

      しっかり書かれた内容に、物語を再読しているような(嘘の木の実がにおってくるような)感覚を覚えました。

      また何かの本でご一緒できたら嬉しいです。
      2020/09/15
    • しずくさん
      図書館あきよしうたさん、コメントをありがとうございました。あなたのレビューがなかったら本書とめぐり会えてたかしら!? きっかけを下さって心か...
      図書館あきよしうたさん、コメントをありがとうございました。あなたのレビューがなかったら本書とめぐり会えてたかしら!? きっかけを下さって心から感謝いたします。
      是非、またご一緒しましょうね。
      2020/09/16
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