息吹 [Kindle]

  • 早川書房
4.15
  • (45)
  • (29)
  • (12)
  • (5)
  • (3)
本棚登録 : 435
感想 : 37
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・電子書籍 (477ページ)

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 全9作品からなるSF短編集。
    ・不思議なタイムマシンの門と、イスラム世界の価値観を描く「商人と錬金術師の門」(全40頁)
    ・ある宇宙でのロボットのよう知的生命体が、自らの体の謎と宇宙の謎を、自らの解剖によって迫る「息吹」(全18頁)
    ・予言機の発見により問われた”自由意志”の正体を警告する「予期される未来」(全6頁)
    ・人間に近い高度な知能を持つAIの”ディジエント”。彼らと彼らを育ててきたオーナーたちが、長い年月の中でプラットフォームサービスの終了に伴う彼らの世界の存続、かなり生育したディジエント自身の”主権”について葛藤する「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」(全126頁)
    ・人間でなく、全自動ロボットによって幼少期を育てられたことによる発育の違いをテーマとした「デイシー式全自動ナニー」(全24頁)
    ・全ての生活を記録する機械が発達し、かつその検索も容易にできるようになったときの世界、とある文字を持たない社会へヨーロッパからの文字文化が入ってきたときの、ふたつの世界線から、記録されたことと事実とされることを題材とする「偽りのない事実、偽りのない気持ち」(全52頁)
    ・宇宙の知的生命体への交信を試みる人類を、人類への交信を試みるオウムの立場から描く「大いなる沈黙」(全10頁)
    創造論が広く受け入れられ、かつそれを証明すると思われる化石資料も存在する世界において、天文学から出た”地球中心説”への疑問による価値観の揺らぎをテーマにした「オムファロス」(全40頁)
    ・パラレルワールドの存在が広く受け入れられるばかりか、その世界を知り、交信ができるようになった世界。自分が違う決断をしていたときの”if”がもし覗ける時、自らの決断や現在地をどう受け入れていくのか?「不安は自由のめまい」(全82頁)

    長いものから短いものもあり、必ずしも統一されたテーマがあるわけではない。
    高度にロボットやAIが発達し、より多くのことができるようになった世界が舞台になっているけれど、うまい具合に”もう少し先”を描いていると思う。技術は少しずつ世界を変え、価値観を変えていき、”自らの意思とは、自らの決断とは?”というところを問うてくる。
    個人的にはパラレルワールドとそれに翻弄された時の決断の意義を描いた「不安は自由のめまい」がとてもよかった。
    AIのペットとも言えるディジエントと、彼らとオーナーとの繋がりのあり方、ディジエントの主権や判断による責任をテーマにした「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」はかなり近い世界に問われる疑問を描いているように思える。
    少し未来を覗いたときの思考実験をしているような気分になって、面白かった。また時々読み返します。

    • goya626さん
      テッド・チャンは、気にはなるんですがね。「SFが読みたい」の海外第一位でしたから。でも、むずかしそうですねえ、私で歯が立つかなあ。山田宗樹ぐ...
      テッド・チャンは、気にはなるんですがね。「SFが読みたい」の海外第一位でしたから。でも、むずかしそうですねえ、私で歯が立つかなあ。山田宗樹ぐらいだと分かりやすいのですが。
      2021/04/26
    • raulreaderさん
      >goya626さん コメントありがとうございます、私も「SFが読みたい」で気になって、手に取りました笑
      私は全然詳しくないですが、すこし...
      >goya626さん コメントありがとうございます、私も「SFが読みたい」で気になって、手に取りました笑
      私は全然詳しくないですが、すこし先の未来を描いている感があって、意外と世界観をイメージしやすい作品が多いです。(巻頭2作品はちょっと難しかったかも)
      3年後に読んだら、また現実との距離感が大きく変わっていて、感想が違いそうです。
      個人的には、気になったタイミングで、是非おすすめしたいです。
      2021/04/27
    • goya626さん
      ほお、イメージしやすいですか。トライしてみようかな。非常に寡作の作家だというのも、怖気を振るっていたんですよ。
      ほお、イメージしやすいですか。トライしてみようかな。非常に寡作の作家だというのも、怖気を振るっていたんですよ。
      2021/04/27
  • ああ、もっと頭が良くて物理とか得意だったらよかったなあ…!!とつくづく思ったけど、よくわからないなりに楽しめた。同じ著者が原作の映画『メッセージ』終盤で、壮大で圧倒的な何かに突如包まれ、謎の啓示を得たようでなぜだか涙があふれだす(…まあ、あそこまではいかないけどそれに近い)感覚が再現される瞬間が幾度があった。好きなのは後半の「偽りのない事実、偽りのない気持ち」、「不安は自由のめまい」あたり。尻上がりにチューニングできてきた感じか。コニーウィリスの時も思ったけど、大森望さんの訳は賢くて凛々しく、でもダメなところもあってキュートな女性の描写が巧いなと思う。以下、備忘録。
    「商人と錬金術師の門」:アラビアンナイト風寓話。
    「息吹」:私はなんでか人間が機械の肺を持つようになった未来の物語かと思い込んで読んでしまった。静寂の空間で金属の薄片がそよいでいる不思議なイメージは印象的だが、いまいちよくわからず、あんまりはまれなかった。無念。
    「予期される未来」:他の短篇にも出てくる自由意思のお話。オチがショートショートっぽくてほっとした。
    「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」:設定や世界観もろもろは好きなのだが、ちょっと長すぎ?SFは長編より短編、という自分の好みを再確認。ここ1,2年で、平野啓一郎の『本心』、パワーズ『オーバーストーリー』など、VRやゲーム、アバターが小説の中で重要な役割を果たすものを続けて読み「これからはそういう時代か!」とか神妙に思ってたけど、単に自分が無知だっただけで、2010年時点ですでにそういう世界が鮮やかに描かれていたのだった。あと、『クララとお日さま』などのAI物を読んでもどこか「機械は機械じゃん」と身もふたもない感想を持ってしまいがちだったのだが、これ読んでちょっと考え変わったかも。
    「デイシー式全自動ナニー」:カタログ記載の紹介文、というていの堅い文体。こういうの混ざってると楽しい。実は父と息子の物語だが、キモとなるはずの台詞が何度読んでも意味がわからず、とあるブログの解釈に助けられた。
    「偽りのない事実…」:個人のライフログを検索して過去の出来事を視界の片隅に表示できる「リメン」という新しいツールの導入と、アフリカのティヴ族における口承→記録という、新旧ふたつの技術革新の過渡期が並行して語られる構造が巧い。断絶した父と娘の物語でもあるのだが、たしかに子どもが小さい頃の記憶って、何度も見返したお気に入りの写真とかによって上書きされて、何が真実だったかもはやわからないようなところあるよな。デジタルの力を借りてすべきことは「正しかった」と証明するのではななく、「まちがっていた」と認めること。追及より寛容。正しい「ミミ」と正確な「ヴォウ」。
    「大いなる沈黙」:オウムのやつ。
    「オムファロス」:「若い地球説」とか全然知らなかったけど、この短篇集のなかでは比較的わかりやすかったかも?これも自由意思の話。
    「不安は自由のめまい」:プリズムのしくみ、いまいち理解できてない気がするけど(自分もパラセルフのひとつなのか、起点だから別格なのか)、犯罪?ミステリー?要素もあるし、主人公ナットの造形もよくて、面白く読めた。分岐されていく並行世界のどこか(いくつか)で、結局自分が悪しき選択をしていたとしたら、今ここの自分が善き選択をしても無意味ではないか?などさまざまな問いを投げかけられる。これと「オムファロス」を続けて読むことで、日頃空しさの沼に浸かって生きてるような自分でも、ひとりの人間としてこの世界に存在する意味に手を伸ばせたような、うっすら前向きになれる不思議な力があった。

  • 「息吹」(テッド・チャン:大森望 訳)を読んだ。
    うーん、(まったく別ジャンルの「遺伝子」や「ライフスパン」あるいは「ホモデウス」なんかを読んだ時に感じたんだけれど)この先人類が向かう先にはある意味においてヤバイ世界が待っていて、この短編集はそれへの警鐘ではないのかと私には思える。

  • 話の仕組みが高度で、読むのが難しかった。「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」がとても面白かった。人間がAIのことを動物と同じようにペットして認識し、それがだんだんと対等的な立場になっていくのが良い。アナのティジェントのプラットフォームが終わる時、潰れる動物園と同じ気持ちになったいうのが印象に残った。
    恋愛、ビジネス、SF. 、人間関係が縦断的に盛り込められていて、傑作。
    ティジェントの選択という話も心に残った。彼らは経験を積んでことで成長していくが、いつ彼らの選択権を認めるのか、そしてそれは倫理的に危ういけど、いいのか。重要な問題点だと思う。
    最後にアナはティジェント達を選び、デレクはアナのことを選んだというのはこの話の面白いところだと思う。機械といくら仲良くなっても、最後には人間を選んでしまう人も多いだろう。

  • 一つ目の短編読んだだけだけどやられた。訳がすごい。日本語としての肌触りが昔読んでいた福音館のハードカバーのようで、ペルシャを思い浮かべてた。まあしかし世の中妻がなくなる物語ばかりだよね。
    最高でした。読み終わっちゃった。じゃあ今度はメッセージだ!

  • どの話も面白かったけど、個人的に気に入ったのは、「商人と錬金術師の門」、「偽りのない事実、偽りのない気持ち」、「不安は自由のめまい」です。登場人物みんなが、テクノロジーに翻弄されているような感じですが、人として本当に大事な部分、本質的な部分は、もっと人間っぽいところにある。テクノロジーが進んでも、本質は変わらないような気がしました。

  • 大変面白い。どの作品も設定が緻密で、ありきたりなものが何もない。哲学的で、科学的で、ドラマチックなものが多い。

    「商人と錬金術師の門」★★★★★
    - 『ここがウィネトカなら、きみはジュディ』で既読だったけど再読。たまげるほどよく出来た物語。アラビアン・ナイト風ラブロマンス×SF。
    - フワード・イブン・アッバスという商人が、自分が経験した不思議な体験を教皇に語って聞かせる、という体裁。ある時バシャラートという商人の商店に訪れた。そこには20年後と繋がる門があった。
    - 「この世にはもとに戻せないものが4つある。口から出た言葉、放たれた矢、過ぎた人生、失った機会だ」と古人は言いました。
    - 過去と未来は同じものであり、どちらも変えられず、ただ、もっとよく知ることができるだけなのです。

    「息吹」★★★★★
    - 『SFマガジン700 【海外篇】』で既読。
    - 肺を空気で満たし、なくなると満杯になった肺と取り替える…という書き出しから、かなりパンクなSF設定でザワザワと興奮してくる。人間なのか機械なのか(機械仕掛けの人間という感じか)が暮らす世界観。オチとしては、この世のすべての動力は(エネルギーではなく)気圧差だと発見する。そもそも、SF設定の中で新たに何かを発見したところで、普通なら「知るか」なんだけど、なぜか一緒にすげえ発見だ!と思わせるのはそれだけ設定が緻密で、読者をのめり込ませるからだろう。

    「予期される未来」★★★☆☆
    - ショートではあるけど面白い。ボタンを押す1秒前にランプが光る予言機というオモチャ。ここを発端に人に自由意志はあるのかというテーマに入っていく。

    「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」★★★☆☆
    - 『2010年代 海外SF傑作選』で既読。

    「デイシー式全自動ナニー」★★★★☆
    - 20世紀に存在したロボットによって育児を行う研究を行った数学者デイシーと孫の代まで続く実験の記録。ロボットによって育てられた子供はロボットからしか愛情コ受け取らず、まともにコミュニケーションが取れなくなってしまった。

    「偽りのない真実、偽りのない気持ち」★★★★☆
    - 読み書き、記録する、ということを2つの物語の観点から。わたし自身の体験と、ティヴ族の物語(後者の物語の語り手もわたし自身だったと最後にわかる)。
    - Remem(リメン)という高度な外部記憶AIアシスタントソフトが開発された。わたしは過去に娘のニコルと喧嘩した記憶が、良いように捏造していたことに気づいた。正確な外部記憶を持つことのメリットとデメリットは、実際の我々が住む世界においても似たような学びがあると思う。人の間違いを指摘してマウントを取るために記録を使うのではなく、自分の誤りに気づくために使うべし。

    「大いなる沈黙」★★★☆☆
    - ショート。オウム目線の語り。オウムは高度知能生命体であり、人間の言葉を理解している。人間は高度知能生命体を地球外に追い求めて、メッセージを送ったりしているが、なぜもっと身近にいる生命体オウムに目を向けないのだろう…というような。
    - 広い宇宙で生命体がいないはずがない、にもかかわらず、これまで宇宙に生命体の痕跡を見つけられていないことを「フェルミのパラドックス」と呼ぶ。そして、生命体が他の文明に対して隠れようとしている理由は侵略されないためだと、『三体』の暗黒森林理論と同じことを言っている。

    「オムファロス」★★★☆☆
    - 考古学者であるドロシーア・モレルによる神への祈り(一人語り)の体裁の物語。科学と宗教。物語というより哲学というか概念の話。

    「不安は自由のめまい」★★★☆☆
    - プリズムを使うことでもしもあの時、自分があーしなければ、こーはならなかった世界があったのでは…的な切り口で、ちょっと心を病んだ人たちがたくさん登場する。
    - 最後、デイナの元に小包が届き、どれだけ分岐した世界を見て、ヴィネッサは破滅の道を行き、2人の関係は壊れていたことがわかる。でも誰がこんなにお金のかかる調査をしたのだろう?というところで終わる。多分、デイナからお金をせびっていたヴィネッサがその金を使って調査してたのだろうか。(でもなんでこれを物語のオチにしたんだろ。ちょい弱い)
    - プリズム:2つの世界に分岐を作り、その世界間で通信をする機器。一台て通信できる容量は制限がある。ナットとモロウが働くセルフトークという店では、プリズムの売買、利用サービスを提供している。分岐した別の世界で面白いことが起こっているプリズムほど高く売買される。
    - パラセルフ(もう一つの世界にいる自分?)
    - 高額で売れるプリズムを騙し取ろうとナットとモロウは画策していた。ライルをターゲットに絞り、プリズムを売らせようとそそのかそうと企んている。

  • 「息吹」の章は読み終えた後に静かな感動がある。短いストーリーの中で、いずれ死ぬのに生まれてくることに何の意味があるのか?という問いに対する、一つの美しい回答を出していると思う。エントロピー増大則に基づいたアイディア、謎の解明のために自らを解剖するという筋書きが斬新で面白い。二回読んだ。

    でも自分はテッド・チャンの本は少なくとも数年は読まないだろうと思う。SF慣れしていないせいもあるだろうが、どの章も細かい描写で具体的に何が起きているのかとても想像しづらい、映像で説明してほしいと何度も思ってしまった。映画化したら面白そう。

  • どれも面白いし、一捻りふた捻りある。
    短編でも、しっかり読み応えがあって、
    とっても楽しかった。

  • 17年振りって、余りに待たせ過ぎですが、期待を裏切らずの作品でした。短編SF集ながら、ひとつひとつのテーマが深遠。個人的には、「あなたの人生の物語」は超えていないと思いますが、それでもやはり流石。

    バーチャルで育成した子供が感情を持つようになり、さらにAIBOみたいなロボットにその魂を移植できる世界。

    人生の分岐点で別の選択肢をとった場合の自分と、コミュ二ケーションできる機械が発明されたあとの人々の行動。

    ありえないような設定が、読み進めるうちに現実感を帯びてきて、空恐ろしくなる発想と筆力は、この作家ならではです。

全37件中 1 - 10件を表示

テッド・チャンの作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
劉 慈欣
ジョージ・オーウ...
野崎まど
伊藤 計劃
劉 慈欣
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×