「戦前」の正体 愛国と神話の日本近現代史 (講談社現代新書) [Kindle]

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  • 明治維新から敗戦までの「戦前」に、天皇を国家元首にいただく統治スタイル「国体」を合理化し、国民をまとめ、国威を掲揚するためのコンテキストとして、記紀神話が使われた、という話。革命が起きたり、内戦が起きたりして統治者が変わる諸外国に比して、日本は神武以来、ずっと天皇をいただいてきたという万世一系伝説。教育勅語、軍人勅諭、八紘一宇もみな記紀神話が出処だ。竹内文書まで持ち出すのはどうかと思うが、中には信じ込んで世界を天皇が支配すべきだと考えてた輩もいるらしい。
    なるほど、こういう考え方はしたことがなかったな、と思った。戦前のひとたちがどの程度神話を事実だと考えていたかはわからないが、天皇をいただく以上、統治システムに神話が入り込んでいたのは確かで、その意味でも戦前戦後の統治は敗戦を境にがらっと変わったに違いない。天皇を人間と理解して、象徴天皇を受け入れ、戦後に生きるぼくらには、戦前の感覚は想像しにくい。想像しにくい程度には違っていたのだ、という認識を新たにした。

    が、それをもって「戦前の正体」というには足りないだろう。日清戦争、日露戦争に加え、アジア各国への侵略や、太平洋戦争への参戦が、神話に後押しされただけで発生した、とはとても思わない。さすがに上級将官や、政治中枢にいるエリートたちは国際政治の流れをそれなりに理解していたはずだ。その理解は敗戦で間違っていたことわかるだけだが。

    というわけで面白い視点だと思うし、勉強にもなった。あまり聞かない軍歌の話も、世間ではこんな歌が流行っていたんだ、と市民生活を知る上で興味深い。ただ、戦前の正体はこの1冊ではあきらかにならないな。

  •  戦前、神武天皇など日本神話は国威発揚に都合よく利用されたという点がまず本書の基本。さすがに天皇が世界征服という民間のトンデモ論は広く支持を得たわけではないとしても。
     当時の人々、少なくともエリートは本気で信じていたわけでもあるまいに、と不思議だったが、表向きの「顕教」がエリート向け「密教」を討伐、「神話というネタがいつの間にかベタに」という説明がしっくり来た。
     同時に著者は、国家神道化、上からの統制一辺倒という見方をとらない。企業の時局便乗や国民のナショナリズムという下からの参加も指摘する。
     そして、神話とは神聖不可侵でも毛嫌いでもない適度な距離感が、また全肯定の「日本スゴイ」史観でも全否定の日本悪玉論でもない両者の間の健全な国民の物語が必要だとする。

  • 神武天皇、万世一系、八紘一宇、教育勅語、靖国神社、神武東征、皇紀2600年、三種の神器、天照大神、ヤマトタケルetc.
    「戦前」といわれるもののアイコンをざっと並べてみた。今、ブームにもなっている。
    なぜ、今「戦前」がもてはやされているのか。なぜ、これらのワードが、ある特定の層には「萌え」アイコンとしてヒットしてしまうのか。そこには、「戦前」の指導者たちが必要に駆られてこさえたにわか仕立ての神話借用の物語が、実にうまくできていて、今に至るまで機能してしまうほど、力を持っている証拠なのだろうと思われる。
    著者によれば、江戸幕府に対抗して明治政府を始めるにあたって、時の指導者は、その幕府を凌駕する権威を持ってくる必要があった。それが神話時代の神武天皇だった。神武天皇は、記紀に記述のある神話上の人物だが、今やこれが実在し、日本の天皇家の始祖とされたこと、そのDNAが現代の天皇にも脈略と受け継がれていること、万世一系の日本の天皇家は世界唯一の存在であり、全世界が絶賛している、などと右派論壇が大はしゃぎで述べ立てている。しかし、明治政府の立役者たちは、単にネタとして記紀神話、正確には日本書紀の記述を適当にチョイスして、都合のいい部分を借用し、日本の近代化を推し進めるための便利な道具として利用したにすぎなかった。当時、江戸末期の人々は天皇の存在などほとんど未知だった。それを、神武東征の物語から天皇を担ぎ上げ、幕府より偉い存在なのだぞと喧伝し、教育勅語によってまだ頭の柔らかい全国の子供をターゲットに徹底的に叩き込み、忠孝(天皇への忠誠と父親への孝心)に貫かれた日本の国柄、すなわち国体のふわっとしたイメージを隅々まで浸透させる。明治、大正、そして昭和と時代が下るにつれて、当初は単なるノリで始めた神話国家が、いつの間にか、ガチとなり、戦争末期の昭和天皇自身ですら、「三種の神器」を本気で信じて、国民の命よりもこれらが大事と慌てふためいていたというから、空恐ろしいことである。
    本書は、戦前、いかにして明治政府が記紀神話を借用して「物語」を立ち上げる必要があったのか、その神話国家誕生秘話をわかりやすく解説してくれている。そして、それが時代を経るにつれ、いかにガチとなっていき、為政者の心身まで完全に蝕んでいってしまったのか。神話国家滅亡に至るまで突き進んでしまったのかを述べている。
    最後に、物語の重要性を語っているが、個人的には、この部分がキモだと感じた。現代日本に欠けているのが、まさにこの「物語」だと痛感しているからだ。近年までは、技術立国日本、モノづくりの国ニッポン、ということで、高度経済成長華々し頃までの「物語」としては機能しているものが確かにあったように思えた。しかし、その「物語」も完全に役割を終え、すっかり凋落して、今や見る影もない。そんな現代の日本が、今、切実に必要としているのが新たな「物語」に他ならないのだ。自分たちを元気にしてくれ、生きるよすがと意味を与えてくれ、勇気づけてくれる大いなる物語が、今ほど求められている時代はない。そのため、戦前回帰して、冒頭挙げたキーワードが大いにもてはやされるのだろうと思われる。
    だが、サブカルとしてであれ、ネタとしてであれ、ガチであれ、ともあれその背景を知らずして、戦前のアイコンを無批判に受け入れ消費するのには注意が必要だ。それは、戦前ネタがガチとなり、ついに国民310万人の殺戮へと至ったことを忘れてはならない。その経緯と背景を知っておくことは、「物語」がいち「物語」として適切に機能し、それ以上暴走しないよう歯止めをかけるためにぜひとも必要な態度であろうと思われる。

  • 「戦前」について、これまでは漠然とした定義でしか捉えていなかったが、本書を通して一定の見解が得られた。
    歴史があるように感じているものも、実は近代になって作り上げられたものであったり、根拠が曖昧なものであったりと、目を向けなければ知らないことはたくさんある。
    意図や背景に目を向けられるようになりたいと感じた。

  • 神道、神を戦争をするため、肯定するために利用したということを一貫して伝えている。

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著者プロフィール

辻田真佐憲(つじた・まさのり)
1984年大阪府生まれ。文筆家、近現代史研究者。慶應義塾大学文学部卒業。同大学大学院文学研究科中退。
2011年より執筆活動を開始し、現在、政治・戦争と文化芸術の関わりを研究テーマとしている。著書に『日本の軍歌 国民的音楽の歴史』、『ふしぎな君が代』『大本営発表』『天皇のお言葉 明治・大正・昭和・平成』(以上、幻冬舎新書)、『空気の検閲~大日本帝国の表現規制~』(光文社新書)『愛国とレコード 幻の大名古屋軍歌とアサヒ蓄音器商会』(えにし書房)、『たのしいプロパガンダ』(イースト新書Q)などがある。歴史資料の復刻にも取り組んでおり、監修CDに『日本の軍歌アーカイブス』(ビクターエンタテインメント)、『出征兵士を送る歌 これが軍歌だ!』(キングレコード)、『日本の軍歌・軍国歌謡全集』(ぐらもくらぶ)、『古関裕而の昭和史 国民を背負った作曲家』 (文春新書) などがある。

「2021年 『新プロパガンダ論』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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