人を動かすナラティブ なぜ、あの「語り」に惑わされるのか [Kindle]

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  • 毎日新聞出版
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  • 人は物語によって考え、理解し、世界を把握する。その物語、すなわちナラティブの影響力について考えさせる一冊。

    ナラティブは二次元情報に過ぎない。しかし、この二次元情報が、途方もない影響力を人に及ぼし、現実として人を、社会を、世界を突き動かしている。
    現代では特にSNSにおけるナラティブが猛威を振るっている。安倍晋三元総理の襲撃事件を起こした犯人は、その自身のナラティブをSNS上につづっていた。それに影響された模倣犯が、岸田首相の襲撃未遂事件にも見られるという。
    海外でも同様に、SNSやウェブ上のナラティブが若者を突き動かし、凶悪事件を引き起こす元凶となっている。
    そのSNSを駆使して、社会や時代の趨勢を思い通りに動かそうとする企業がある。トランプ前大統領の当選や、イギリスのブレグジットは、まさにこのSNSの戦略を使って大衆を誘導した結果だという。そして、AIがどんどん発展する現代において、人工知能が自ら学習した「人々のハマるツボ」を分析、制作し、それがハマる小集団にピンポイントで投下し炎上させ、爆発的に拡散させることで、「嘘も真」になる。人々はデマ情報に動揺し、集団的なヒステリック行動に駆り立てられる。まさに、二次元世界に過ぎなかった情報空間が現実の戦争に勝る爆弾投下のバトルフィールドと化すわけだ。

    ナラティブはマイナス面だけではない。トラウマを負った元兵士が人間性を取り戻し、自分の存在意義を確かめるのも物語だったし、他方で戦禍の生存者が長年抱えるトラウマから解放されるのも、物語の力があってこそだった。
    このように、人に生きる力を与え、その存在意義を自らに確証させるのに欠かせないのが物語、すなわちナラティブだと著者は言う。

    このナラティブの力を使って、人を後悔と絶望の淵からよみがえらせ、再生へと導く鍵となる語りとして、著者は、2.5人称ジャーナリズムというものを推奨する。それは、当事者である1人称と、客観的に聞くだけの部外者としての3人称の間に位置する聞き方である。実体験者として、どうしても当事者は限られてしまう。だが、3人称の語りは、所詮、部外者にとどまってしまう。そうではなく、当事者に寄り添い、その立場に立った聞き方に徹しながらも、実体験を共有できない立場からの語り、それが間の語りとしての2.5人称だという。この2.5人称の語りこそが、当事者のよみがえり、再生を助け、同時に、その体験を部外者にも広く共有してもらえるよすがになるという。
    出来事はデータとしての描写など、正確性に担保された客観的な描写はいくらでも可能だ。しかし、それでは人々に伝わらない。ましてやそれが人の癒しや赦し、そして再生につながることはない。人は物語形式でしか物事を捉えられず、世界を構築できないからだ。でも、だからこそ、物語は無限の可能性に開かれている、と言えよう。

    物語の力に魅せられ、それに畏敬を覚える一人として、とても示唆的な、心に沁みとおる、啓発となる一冊であった。

  • y=a(x) aがナラティブ

    わずか2%の体重比の脳が20%のエネルギーを使う

    論理科学モードとナラティブモード

  • 著者は記者であり、ナラティブという言葉を軸に世を騒がせた事件や社会的事象を横断していくのだが、良くも悪くも新聞記事的である。

    本書の大半は他の本からの引用やインタビューの紹介から構成されている。それに対する独自の分析や読解が書かれているわけではないので、引用元を読むのがいちばんよいと思うが、ひとはそんなに暇でもないわけで、本書もブックガイド的まとめとしての役割はある。

    ただ、引用元の文献が雑多である。古典的な哲学書が出てきたかと思えば、かなりうさんくさい代物からも文章が引かれる。そして、その引き方自体も雑である。とある本を紹介して「日本は多神教だから中庸的」というのはざっくりしすぎ。

    また、著者の思考も一貫していないように思える。前半で「ひとは因果関係を求めたがり、社会的な成功も自分の努力の結果だと考え、偶然であることを認めたがらない」という話をしたかと思えば、後半では「集中教育を施した子どもたちは人生において大きな違いが生まれる」という大雑把な因果関係の話もする。
    後者は教育が大事だという趣旨であり、それはそれで納得がいくのだが、なんでもかんでも引用するせいで全体を俯瞰した時に細かい齟齬があるように見える。

    最初に「ナラティブという英語は日本ではまだあまり聞かれない」と書かれている。うーん、そうかなぁ?と思ったのだが、これが新聞記事だと考えると合点もいく。世の中にはあまり本は読まないが新聞は毎日読む、というひとはたくさんいる。本書はそういうひとたちを想定して書かれている。無闇に敷居を高くする必要はないわけで、これはこれでいいんだろうと思う。

  • わたしのなかでは今年一番の読後感。ナラティブと脳科学を深く掘り下げ、鋭い洞察を加えられており、大満足の一冊。

  • ナラティブという言葉を聞いたことはあるでしょうか。ちょうど当てはまる日本語が無いのですが、「物語」や「語り」といった語であらわされ、いわば一つの対象に関するストーリーの様なものと言われています。これが注目されるようになったのは、SNSなどで世論が意図的に誘導されているケースが目立つようになり、その要因がこのナラティブだからなのです。
    トランプ元大統領がクリントン氏に勝利したアメリカ大統領選、イギリスのEU離脱の国民投票などは、民間情報企業がFacebookを効果的に利用して世論を誘導したことが既に公けになっています。また安倍元首相襲撃事件や、日本で最近増えている電車内などでの無差別殺人なども、ナラティブによって思想が誘導された結果だと言われています。
    「なぜ人は極端なナラティブに誘導されてしまうのか」この疑問に対し、本書ではナラティブそのものの解説から始まり、様々な実例をもとにその理由に迫っています。さらに科学的な裏付けとして脳科学との関連にも言及し、上記の世論の誘導が巧妙に人間の脳の認知の癖を利用したものであることを述べています。
    詳細な内容は割愛しますが、一言で言い表せば、「人は自分が信じたい物を信じてしまう」、「繰り返し接する情報を(その真偽は別として)正しいと思い込みやすい」、「不安があれば、それを簡単に解消してくれるナラティブに流される」、「被害者としてのナラティブは共感を得られやすい」等々です。
    こういう目で見れば戦争がはじまるとお決まりのように発表される「侵略を受けたから、自国を守るために戦わざるを得ない」とか「その地域の人民を虐待から解放するために立ち上がった」とかいう理屈は、見事に本書の指摘通りという気がします。
    飛び交うニュースをそのまま鵜呑みにせず、「そのニュースは誰にとってメリットがあるのか?」という視点と、流されやすい自分という性質を常に頭に置いておく大切さを改めて認識させられます。昨今の世論誘導が巧妙なのは、「自分で考えて選んだ」と認識していても、実は人間の脳の認知の癖を逆用されて「その方向へ誘導されている」という事でしょう。改めてニュースや情報に接した時に発露する自分の感情を、ちょっと離れた視点で眺めなおす、考え直すことの重要性を再認識させられます。
    ちょっと脳科学的な記述は難解な印象も受けますが、情報過多で、かつその情報自体がバイアスがかかっている可能性の高い昨今、情報リテラシーを上げるには最適な1冊だと感じました。

  • ナラティブは脳が持っているほとんど唯一の形式

    ナラティブとドキュメント

    物語と事実

    映画とフィルム

    養老さんインタビュー

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著者プロフィール

東京都生まれ。1989年毎日新聞社入社。阪神支局、サンデー毎日編集部、東京本社社会部、英オックスフォード大学留学(ロイター・ジャーナリズムスタディー・フェロー)、ワシントン特派員を経て、現在はエルサレム支局長。
2002年の防衛庁(当時)における情報公開請求者への違法な身元調査に関する調査報道、03年の防衛庁(同)自衛官勧誘のための住民票等個人情報不正使用についての調査報道で02、03年の新聞協会賞をそれぞれ受賞。
ワシントン特派員時代は米国の対テロ戦争の実情を描いた長期連載「テロとの戦いと米国」、米メディアの盛衰と再編についての長期連載「ネット時代のメディア・ウォーズ」で10年度ボーン・上田記念国際記者賞を受賞した。
著書に『勝てないアメリカーー「対テロ戦争」の日常』(岩波文庫)、『少女売春供述調書ーーいま、ふたたび問いなおされる家族の絆』(リヨン社)、共著に『個人情報は誰のものかー防衛庁リストとメディア規制』(毎日新聞社)、『ジャーナリズムの条件1、職業としてのジャーナリスト』(岩波書店)がある。

「2013年 『アメリカ・メディア・ウォーズ ジャーナリズムの現在地』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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