息吹 (ハヤカワ文庫SF) [Kindle]

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#SF

感想・レビュー・書評

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  • 寡作作家の第2短編集。前の作品集から17年かかってるけれどその内容の濃密さといったらない。テッド・チャンすげー。
    特に中編「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」が凄すぎる(「クララとxxx」の100倍はいいぞ)。現在のAIは脳の学習機能だけを実装したいわばゾンビ・モデル?(カエルの足に電気流したら動きます的な)である意味気持ち悪いのだけれど、この作品のAIはゲノム・エンジンによってある傾向をもたせてはいるけれど学習済みではない存在でユーザーが育成していくモデル。だからAI育成とその問題を扱っている作品とも言える極めて現代的な作品。近々私たちはこういう問題に現実的に直面するのだろうか?人間のように反応するけれど、意識があるかどうかはわからない存在(それをいったら生き物は進化のどのレベルから意識が発生したのだろうか?)に人権や法人格は必要か?。たんに学習モデルという機能製品ではなく、愛情の対象となるような人工的な存在になるのだろうか?そんな存在がいる社会はどのようになっていくのだろうか?これは宇宙人が現れるのに等しい刺激的なことではないか!

    人間側としては「人間をデータ・ベース以上の価値あるものとしての性質は、ひとつ残らず、経験の産物なのだ。」と作者は言い切っていますが、自分も老害とならずに実際にそういう存在になりたいのものです(作者の視点は優しさにあふれているから希望の光もさしていて慰められるのだけれど)。効率重視の経営層や世の中はパフォーマンス指標で取り替え可能なロボ人間を求めているからそんな人は少なくなってきているように思えます。いずれ存在価値そのものもAIに逆転されてしまうのでは?と、じっとり脂汗が流れるのだ。

    その他にもライフログによる画像記録など新しいテクノロジーによる記憶にまつわる革新が精神にどのように衝撃を与えるかを口伝文化から文字文化への変化と照らし合わせた作品「偽りのない事実、偽りのない気持ち」や、三体三部作でも扱われているフェルミのパラドックスを描いた「大いなる沈黙」(自分的にはドーキンスの動的平衡仮説を支持!)、量子論に基づく多重世界を描きながらも、よりよいバージョンのわたしを目指すすがすがしい作品「不安は自由のめまい」など深く考えさせられる作品が詰まっています。今読み、今考えるべき作品集だと思う。

  • タイムトラベル、エントロピー、決定論、社会学、AIの進化、科学者と宗教の葛藤、量子論…。

    それぞれのトピックはよく知られた(少なくとも名前や概念は)材料なのに、思いもよらない味付けで出てきたお料理みたいだった。
    特にタイムトラベル、エントロピー、量子論みたいな、文系人間の自分にはなんとなくしか知らない物を、人間(とは限らなかったけど)の営みに照らしたストーリーで読めたのは大変面白かった。

    #ブックサンタ

  • 超短編から中編まで、合わせて九つの作品が含まれている。単行本として刊行されたのが2019年だが、雑誌での初出は早いもので2005年とのこと。AIの話題などが取り上げられていて、ちっとも古びていない印象。ディストピアではないのだけれど、なんとなく自分自身に不安を感じるものが多い。一方で、表題作の息吹のように、現実とは離れたところで楽しめる内容のものもある。

  • なかなか考えさせられるないようでよかった。

  • めちゃくちゃ面白かった!

    「あなたの人生の物語」は個人的にあまり合わなかったけど、この「息吹」は傑作ぞろい! 特に、「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」は、保育SF?育児SF?として、永久保存版にしたいくらい。

    S・OのLS(上記の中編の略)… 人間の赤ちゃんを愛情を与えずに育てると死んでしまう、という話を聞いたことがある。それを思い出させるような、AIの育児を思考実験的に行った作品。

    ここで登場するAIは、人間とペットのあいの子のような、やや知的に不完全でありつつ動物よりは遥かに知性が高いというややこしい存在。そして、それを電子ペットとして売り出すという前提がもうかなりグロテスクではあるのだけど、そこから流行り、廃れ、行き場のなくなったAIたちとユーザーがなんとかして生存戦略を練る姿が泣かせる。

    AIの知性のベースは人間なのだが、作中で、知性と興味に特性(こだわり)があるAIを作成し、その興味をある方向(パズルを解く等)に向けて「喜んでパズルだけを黙々と解く機械」にしているものがあり、主人公たちのディジエント(ペットAI)との差に背筋が寒くなる。

    でも結局、AIというかソフトウェアに求められているのは、ユーモアや笑顔やダンスを好む心ではなく、労働生産性であって、それらの個性に溢れる主人公たちのディジエントは企業に求められる存在でなくなってしまう。そして、アップデートされたオープンワールドへの移住資金を作るために、彼らの一部が人類最古の職業を選ぶことになる…

    主人公アナとその同僚デレクはそれぞれディジエントを持っていて、お互いの育児(育AI?)方針を何度も話し合う。これが人間の両親の間の育児観の相違に似て面白い。結局、デレクは人間であるアナが危険な仕事につくのを阻止するために、またディジエント自体がそれを希望したために、ディジエントのコピーの性的な利用の許可を出す。
    あくまでディジエントを性風俗に近づけたくないアナと希望を尊重するデレクの差が見て取れる(これには、アナは、動物園の飼育員だったので、デレクよりもディジエントを動物そのものとして見ているという側面もある)。

    著者が作品ノートで語っている通り、AIに本当の人間間の愛情(に見えるもの)を持たせたいのであれば、ただコードにそう書くのではなく、時間をかけて教え込む必要があると感じる。そして、それは実際にはAIが愛を覚えるのではなく、AIを愛する心を人間が得るということだと思う。
    なぜなら…、デレクがアナを優先したみたいに、ソフトウェアはやはり人間ではないから。

    他にも、「不安は自由のめまい」も最高!
    タイムスリップがもし出来るのなら(そして未来に改変が安全に反映されるなら)、きっと納得行くまで何度でも過去を改変してしまいそうだなと思っていたけど、そういう、「こうだったらどうなっていた」のパラレルワールドを覗き見ることが出来る世界の話。
    作中では、パラレルでの自分が成功してる場合、比べて劣等感に囚われる人が多いけど、パラレルはパラレルで自分ではない。でもそう割り切るのは難しい…なら、未来を良くするために今の自分の行動を変えていくことはできる。
    単純化すると上記のようなテーマに落ち着くけど、無駄がなく面白いプロットでそれを実感させてくれるから、ほんとに質の良い小説。

    「偽りのない事実、偽りのない気持ち」…すべてが記録される社会になったら幸せなのか? 事実と真実は別。記憶と記録は別、という話。

    「あなたの人生の物語」も親子関係の要素のある作品だったけど、「息吹」の収録作品にはよりその色が濃くなっている。また、機械(テクノロジー)を利用した人間の心の成長にも焦点が当たっている。
    もっと突き詰めてほしい! だって今、AIは人間の隣人になりかけている。そして人間はAIに近づいている…、だとしたら、AIと人間をお互い利用しあった健全な成長が、今後より重要な問題になるはずだから。

  • 前作「あなたの人生の物語」はまだ良かった。
    映画も見て馴染みのあった表題作が読めたこともあるのか、一冊を通じてさほどの難もなく読み終えることが出来た。
    ところがそれに続く第2作の本書はどうだ。全9作の短編。そのいずれもが、何と云うか、一言で云うなら、読みづらい。要は、なんとも分りにくい。ぶっちゃけ、かなり小難しいのだ。作品ごとに、その土台、背骨となっているモチーフというかコンセプトのようなものはかなり明瞭に掴むことが出来る。だが、それを小説、物語として読んで楽しめるか?となると、少なくともぼくにとっては、読み手の側にかなりの「レベル」の熟練と知能の双方を求められている気がしてならなかった。
    ...その結果、一冊を読み終えるのにそれはかなりの苦労を要したし、ようやく読み終えた今となっては「ゴメンナサイ、オレまだこの作者のSFが読みこなせるレベルじゃないわ」と申し訳ない気分すらする。それでいいのか?とも思うが(笑

  • 自らの思考の働きが隔壁内外の気圧差によって発生すること、さらに隔壁の内外の気圧差が次第に均衡へと向かっていることをつきとめてしまう、エントロピーを題材とした表題作ほか重厚なSF短編〜中編集。

    寡作ながらパワフルで圧倒的なSFを世に送るテッド・チャンの作品、ようやく読めました。どれもこれも非常に重厚で読み応えがあって楽しめました。
    印象に残ったのはAIの成長を描く「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」やパラレルワールドもの「不安は自由のめまい」で、使い古された題材ながら掘り下げが深くて楽しい作品でした。一方で記憶を全てストレージが肩代わりする「偽りのない事実、偽りのない気持ち」や、宗教と科学が一元化された「オムファロス」なんかはとても斬新な切り口でやはり楽しませてくれました。
    わりとハードなSFに類されるかと思いますが、ひとつひとつのストーリーをじっくり読めてその圧倒的な語り口を楽しめる一冊です。

    AIについて、その発生と発達と人間との関わりを描いたマンガ、山田胡瓜の「AIの遺電子」といっしょにお楽しみください。アニメ化するんですって。

  • ハリウッドで『メッセージ』として実写化された作品『あなたの人生の物語』の著者として知られるテッド・チャンの、二作目の短編集が本作『息吹』になる。SF小説に贈られる賞としては最高の栄誉になるネビュラ賞やヒューゴー賞を複数回受賞しているにも関わらずテッド・チャンはかなりの寡作で、書籍としての出版は本作が二作目だ。元々は”Exhalation”というタイトルで2019年に出版され、日本語版は同じく2019年に発刊された作品。

    前作に収められた『バビロンの塔』や『地獄とは神の不在なり』で示したように、テッド・チャンの作品はSFというカテゴリーに入っていたとしても、いわゆるハードSFのように物理や機械をゴリゴリに押し出したものではないことが多い。『メッセージ』で重要なモチーフとなる言語学や、『地獄とは神の不在なり』や今回収録されている『オムファロス』のように宗教が関わってくるもの、あるいは同じく今回収録されている『ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル』のようにソフトウェア中心の物語など、彼のカバーする範囲は幅広い。

    その幅広い知識と洞察が、他人を傷つけることを志向しない物語として紡がれていくというのが彼の作品の大きな特徴だ。同時に彼の描く作品世界は、すべて現実を超越した”何か”を含んでいるにも関わらず、読んでいる間はなぜか現実と地続きになっているような感覚を受ける。SFというフォーマットを使って人間が持つこの世界との”引っ掛かり”を言語化していくという意味においては、彼の作品はSFというよりも純文学よりという趣さえあるし、その作風は同じアジア系の作家でも『三体』シリーズの劉慈欣よりは、ケン・リュウを彷彿とさせる。


    例えば本作の冒頭に配置されているヒューゴー賞とネビュラ賞を受賞した短編『商人と錬金術師の門』は、古典的なタイムトラベルといったネタを「道具を使わずに扉を潜るだけで実現する」というアイデアから始まる物語だ。タイムトラベルものといえば基本的には「過去のよくない出来事を避ける」といったアイデアのものが多いが、この作品ではそういった改変への希望を持つ人間の性質を逆手に取ったような鮮やかな展開を見せてくれる。

    一方でその”起こってしまった事実の改変”をタイムトラベルではなくマルチバース的な考えで描くのが、本作の最後に配置されている『不安は自由のめまい』。この作品では”プリズム”と呼ばれるアイテムを使って、分岐した世界を見ることができるようになった人間と、その結果新たに悩むことになった人間の姿が描かれる。「もしあの時XXをしていなかったら・・・」と思わなかった人間はいないはずで、本作ではその”ありえたかもしれない未来”を見ることが出来るが、決して手が届かないという絶妙な距離感がある時に、人間はどのように反応をしていくのかということが丁寧に考察される。

    さらに『地獄とは神の不在なり』と同じようなテイストを持つ、神の存在を前提としたストーリーが描かれるのが『オムファロス』だ。この世界では考古学上の様々な研究により、ある時に地球が神によって創造されたことが証明されている。 この世界では学問を探求するということが、神の偉大さを高めることに直接繋がっているのだ。 しかし天文学上のある発見から、この星が神にとって特別な存在ではなかったという可能性を人類は知ってしまい、研究者達は自らのアイデンティティーを問われることになる。


    (わずか二冊しか出ていないので言い過ぎかもしれないが・・)本作に収められたテッド・チャンにとって得意と呼べる分野の上の作品も素晴らしいが、しかしやはり個人的な一番のお気に入りを上げろと言われれば、表題にもなっている『息吹』を上げることになるだろう。この作品では登場するキャラクターは主人公ただ一人であり、しかも細かな描写が省かれているにも関わらず、その展開は素晴らしい爽快感に溢れている。

    この『息吹』の世界では、主人公達が属する生物は肺呼吸をするのではなく、空気が入った肺を定期的に取り替えることで生活をしている。彼らはこの空気が続く限り事実上永遠に生きることが可能であり、この空気もほぼ無限に補給が可能となっているのだ。永遠に生命が続き、かつそこにコストがかからないと言うこともあり、この世界は長い安定期に入っている。

    しかし主人公は、この時間的に平坦な存在であるはずのこの世界に微妙なズレが発生していることに気づく。それは毎年同時に決まったタイミングで行われる暗唱の終了と、鐘の鳴るタイミングがずれているということだった。彼はそのズレが自分たちの存在と世界のあり方によるものだという仮説を立てて、自らの体を用いて調査を行うことを決意する。そして命を失ってしまうという恐怖と闘いながらその実験を進める彼は、やがてこの世界が少しずつ朽ちていくこと、そして自分たちの命がこの世界の仕組みに深く組み込まれていることを知るのだった。

    現実の世界ではよく知られているように、宇宙というのは少しずつではあるが歳をとり、やがては冷め切った世界になると言われている。これは熱力学第二法則でいうところのエントロピー拡散に他ならないのだが、小説世界『息吹』で彼が知ることになるのは、いわばこの世界におけるエントロピー拡散の究極の世界に他ならない。

    この物語が恐ろしいのは、この”彼”がエントロピーが均一になってしまう究極の世界を知覚することができるということである。我々人間にとっては物理学上の概念でしかない、あるいは想像の世界でしかない宇宙の終わりを、彼らは無限の命を持つがゆえに生きたまま迎えることになる。
    このように一見悲劇的な終わり方をするにも関わらず、この物語は読者に爽快感と優しさを感じさせる作品だ。その理由は、”彼”がこの宇宙の終焉を知ってなお、自分が生きることの意味合いを見出すことに他ならない。優しさ溢れるテッド・チャンのSF世界では、死(というよりも消滅)も一つの美しい出来事でしかないのかもしれない。


    本作は上に挙げた以外にも、人間の自由意志が失われたとした場合の絶望を短編で描く『予期される未来』、プラットフォームが古びてしまった場合にその上で動いていたAIをどのように扱うべきかというおそらく近いうちに間違いなく実際に問題になるであろう出来事を取り上げた『ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル』、スチームパンク的世界を思わせる『デイシー式全自動ナニー』、全ての出来事が記録された世界で人間の知覚はどのように変化するのかを問う『偽りのない事実、偽りのない気持ち』、そして不思議な余韻を残すオウムの独白『大いなる沈黙』といった作品が収められている。どれをとっても間違いなく一級のSF作品であり、必ず読者は自分の好みに合った作品が見つかることだろう

  • NDC10版
    933.7 : 英米文学--小説.物語

  • ずっと気になってたテッドチャン、遂に。

    SF初心者にもわかりやすいヤツが結構あって、全然楽しめた。そんなに長くないのもありがたい。

    別のも読みたいな、とちゃんと思わせてくれる、小説を普段全く読まない自分にも合ってた、良き本だった

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