空の拳

著者 :
  • 日経BPマーケティング(日本経済新聞出版 (2012年10月1日発売)
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本棚登録 : 610
感想 : 112
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角田さん初のスポーツ小説、発売されたら絶対即買って読む!!と意気込んでたものの、その分厚さに気圧されてなかなか手にできなかった。時間と体力に余裕をもって臨まないと、間違いなくのめりこんで、心を持っていかれてしまいそうだったから。
果たして、見事にその通り…読了後は脳みそがビリビリ痺れるほど熱中してしまっていた。私自身運動神経はなく、スポーツ小説もマンガもめったに読まないのだが、なぜかボクシングものだけは昔から好きで。「がんばれ元気」とか「はじめの一歩」とか。だからつい、それらボクシング名作もののノリで、ストレートな熱血根性感動路線を勝手に敷いて読んでしまった。
そんな予想を軽く裏切る展開でした。何しろ、主役の空也が、ヘナチョコ。文芸セクションを志望し出版社に入るも、希望は叶わず畑違いのボクシング雑誌に異動となるが…酔っぱらうと女言葉になるし、頭でっかちだし、どうにも行動がイタい。そんな彼が少しずつ、そのボクシングの世界に魅せられていく。勉強の為ジムに入るが、相変わらずカッコ悪いし、アツくなると若干うざったくもあるのだが(笑)そんな彼の視点で見るからこそボクシングが何とも新鮮なのだ。こんなことでもなければ関わることもなかったであろう、ジムの仲間と深めていく親交。ちぐはぐなようで、少しずつ歩み寄る彼らが何だか微笑ましいのだ。
そして、空也が注目する選手・タイガー立花の快進撃が、読んでいて気持ちいい。空也自身も記者としての面白さに目覚め始め、順風満帆な一方で、何だか小骨が喉に引っかかったような違和感を感じる。その違和感が形を現したとき…プロボクシングという世界のシビアさを目の当たりにしてぞわっとする。
ある人物のダークな振る舞いを、怖いとは思うけど、全否定もできない。個人的には好ましくないが、そういう面も含めての勝ち負け、プロの世界なのだと。ぶれないために、惑わされないために、周囲の雑音や小細工なんかものともしない強さを手に入れること、そしてその強さで勝ちをもぎ取ること。そのためには地道に努力を重ねること。言葉にすると簡単だが、実際には気が遠くなるほどの過酷さだ。その過程で順調に結果を出していく者、伸び悩み挫折する者。それぞれに背負う物が見え隠れするたび、何とも言えない思いに駆られる。
「男の世界」という印象の強かったボクシングものだが、角田さんの目を通すとまた違った輝きを放つ物語となる。ボクシングの試合を活字で追ったのは初めてだが、汗臭い泥臭い戦いが、かっこよく、清々しかった。
そして、「正義」って一体なんだろうとも考えさせられた。「一見正義の顔をした何か」。そんな厄介なものに、現代の私たちも翻弄されてはいないだろうか。窮屈な時代だけど、正体不明の悪意に足元掬われないような、動じない自分でいられたらと思った。この作品を通じて、強く強く思った。
「負けないために、その先にいけ。」
相変わらず角田さんの言葉は、力強く、凛としていて、泣けてくる。
ボクシングに揉まれることで、一皮むけた空也クンを見習って…
ビビりつつも、自分の人生のリングでファイティングポーズ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 角田光代
感想投稿日 : 2013年4月8日
読了日 : 2013年4月8日
本棚登録日 : 2013年2月26日

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コメント 2件

円軌道の外さんのコメント
2013/04/09


御無沙汰してます!

自分自身、ボクサーが本業やし、
この本ずーっと
気になってたんですよね(>_<)

しかも大好きな角田さんが
自らジムに通い
知らず知らずのうちに
ボクシングの魅力にとりつかれた
思いの丈を込めて書いたボクシング小説やから、
ボクシングに興味のない人にこそ
読んで欲しいなぁ〜って
密かに願ってます(笑)
↑自分はまだ読んでないクセに


ちなみに自分も中学の時に
「がんばれ元気」を読んで
ボクサーになろうと
決意したのでした(笑)♪

メイプルマフィンさんのコメント
2013/04/10

コメント嬉しいです♪ホント、ジムに通う角田さんだから描ける、躍動感溢れるボクシングの描写はすっごくリアルでした。スポーツの面白さのみならず、沢山のことを考えさせられたなあ~、ボクシングって奥深いですね!!ボクサー目線で読んだ感想をそのうち聞かせてください♪

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