服従

制作 : 佐藤優 
  • 河出書房新社 (2015年9月11日発売)
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感想 : 113
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フランスの、ヨーロッパの、いや世界的な政治の流れについてほとんど何も知らないし、フランス文学についても、教育制度についても、イスラム教の社会制度についても知らないことがほとんどなので、理解できたとは言えないが、読みやすくはあった。

読みやすいと言っても、10ページ読んでは意味を推しはかり、10ページ読んでは知識の片りんを探し、などしていたのでずいぶんと時間がかかってしまったけれど。
でも、こういう本にしては不思議なほど文章が上滑りしていくことはなかった。

2022年、フランスの大統領にイスラム政党の党首が選ばれ、フランスの国が徐々にイスラム化していく話といえば、大規模なテロの流血のシーンを思い浮かべるかもしれないけれど、この作品はあくまでも徐々に変わっていく社会を書いているので、そこがまた怖いところでもある。

主人公は家族の愛情を知らずに育ち、結婚することもなく、毎年新しい女子大生を恋人にしながら孤独な日を送っているパリ大学の教員。
日ごろ政治に興味を持ったこともない。

けれどイスラム政党の党首が大統領になるかもしれないと聞いて、パリから逃げ出すことにする。
恋人は家族と一緒にイスラエルに脱出したので、つられて…と言ってもいいかもしれない。
主人公はあまり主体性がない。

イスラム政党は与党となっても利権には興味ない。
彼らにとって大事なのは、イスラム教に乗っ取った生活、イスラム教を主体とする国造りなので、重要なのは福祉と教育である。
主人公は大学の教員なので、この作品はもっぱら教育方面からのアプローチとなる。

大学は一度閉鎖され、再び開いた時は教員の選別がなされている。
教員に必要な資格。
それはイスラム教徒であるかどうか。
主人公は解雇される。
ほかの大学で教鞭をとらないのなら(つまりそれは反国家に立脚した大学である)、月に50万円相当の、しかも物価スライド制の年金が生涯保障される。
主人公はあっさりそれを受け入れる。

高等遊民となった主人公は、町を散策し、小さな違和を感じる。
街中からスカートが消えた。

主人公は修道院で修行生活を試みる。
しかし彼にはキリスト教が絶対だったことはないし、この先もないと思われた。

一度主人公を切り捨てた大学は、再び彼に接触をしてくる。
なぜなら教員が不足しているから。
教員として大学に迎え入れたい。
そしてそれは、イスラム教への入信を意味する。

中世のイスラム教は、他宗教に寛容だった。
そして今回も、学食にハラルはあるが、今までの伝統的メニューも残されている。
キリスト教の学生ももちろんいる。
けれど、教員は全てイスラム教徒。
多分数年後に、イスラム教とは爆発的に、しかし静かに人数を増やしてゆくのだろう。
教育と福祉を抑えるということは、そういうことだ。

ちなみに独身の教員は、希望があれば奥さんも斡旋してもらえる。
仲人の専門家が、収入に応じて適切な妻の数を割り出し、用途に応じて必要な女性を紹介してくれる。
主人公は年金の3倍の給与で教員に復帰する。

さて、イスラム政党の政策が実行されるにあたっての金銭的支援はサウジアラビアが行っている。
しかし、教育と福祉は金がかかる。
いつまでその資金援助が続くのか。
そして、女性たちはどう考えているのか。

いちおうタイトルの『服従』は人間が神に服従する世界という意味のようだが、女性が男性に『服従』することも含まれているだろう。
その上で、物質文明が行き詰まり閉塞感を増している西欧(日本も含む)から解放されるための手段としての『服従』でもあるのかもしれない。

余談であるが、イスラム政党の目標は、イスラムによるローマ帝国の再興。
地中海沿岸の国と同盟を組んで、ゆくゆくはヨーロッパ制圧をもくろんでいる。
アウグステゥスの統治が目標。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2021年8月28日
読了日 : 2021年8月28日
本棚登録日 : 2021年8月28日

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