猫丸(nyancomaru)さんからのお薦め頂いた本作。昭和初期の遅島という想像上の島の自然が緻密に表現されている。
時代背景といい、変化に富んだ自然といい、その環境や島の地理が詳細に記されている上に、地図までついているので、作品中の島内の地名と地理的位置も容易に、そして間違いなく理解ができるため作品に没頭して読み進めることができる好みの1冊であった。
作品に入り込みすぎて、この島が実在するのではないかと思ってしまったくらいだ。参考文献を見ると、どうやら鹿児島県の甑島列島がモデルのようである。
また、のめり込んだ理由に自然の描写の美しさがある。目を閉じるとその風景が浮かんでくるような描写が多くあり、それを想像するのも楽しかった。
例えば、冒頭の「山の端から十三夜の月が上がっていた。月はしっとりと深い群青の夜空の、その一角のみを白くおぼろに霞めて、出で来た山の黒々とした稜線から下をひときわ闇濃くしていた。」
調査途中で目にした海を見て「水平線近くを、外国周りの船が行く。白い入道雲が、小さな茸のよえにぽつんぽつんと湧いている。」など。
島には自生するイタビカズラ、アコウ、イタヤカエデ、オニソテツ、ハマカンゾウなどの植物、そして、ヤギ、カモシカ、ミカドアゲハなどの生き物が細かに描写されており、その描写が美しくもあり、寂しさもありで、本作の深みを増している。
昭和に入って、あと数年で十年になろう時、文学部地理学科に所属する青年・秋野は南九州の遅島という島に大学の夏季休暇を利用し、現地調査で回っていた。研究室の主任教授が亡くなり、この島の地名、寺院の遺構の一部に関する未完の報告書を見つけ、目を通すうちに、この島そのものに心惹かれたためである。修験道のために開かれ、明治初期までは紫雲山法興寺とう大寺院が存在していた。古代から何百年もの間、権現信仰を芯とした教義で組織化され、一時は、西の高野山とまで呼ばれる隆盛を誇っていたが、廃仏毀釈で打ち壊され、7つあった寺の残骸も藪となっ状態である。今では地名に「奥の権現」「薬王院」などが残るだけである。
秋野が、龍目蓋から影吹へ調査に出かけた日、途中の森肩の山の中で島に似つかわしくない洋館を見つける。そこの主人、山根氏をお世話になっているウネさんのツテで紹介をしてもらう。
また、ある日の調査で波音集落で「カギ家」を見つけた秋野は、そこに住む梶井氏に家の構造を見せてほしいとお願いする。このことがきっかけとなり、この後、秋野が大寺院の跡を中心に、島の南部の探査に出かける時に梶井氏がその案内役をかってでてくれる。ふたりは一週間かけて島を巡る。大小の礎石だけが残っている大寺院跡に行きつきいた時に圧倒的な山や空、海をながめて、「空は底知れぬほど青く、山々は緑濃く、雲は白い。そのことが、こんなにも胸つぶるるほどにつらい。」の言葉は心内に触れ寂しさが増した。
かつてこの島には「モノミミさん」という民族宗教があった。病気を治したり、探し物を当てたり死んだ人からの伝言を伝えるような人ががいた。この民族宗教も廃仏毀釈により血気さかんな神職者がこの島に乗り込んできたことにより絶えていく。当時の日本が諸外国に立ち向かうため、戦争で国民の意識を天皇に向けるために仕方がない国策ではあったのかもしれないが、それが切なく感じる。
島に残る数々の言い伝え。「雨坊主」は時化のとき遭難した船子たちが、激しい雨になると、陸に上がって縁のある各戸にやってくるという。しかし今では、話を聞いてもらえなくなくなり海坊主も出てこなくなった。
どの船にも存在する「船霊さん」。船大工が船のどこかに女の子の髪や、櫛、歯などを船のどこかに入れ、船霊さんをつけるという。
「灘風」沖で水死した死霊が悪さをする風。あまり害がないのが白灘風。悪さをするのが黒灘風。などこの島の言い伝えもまた、素朴さに心が洗われる。
アコウの話を読んだ時に、藤と同じだと思った。藤棚は見ている分には美しい。しかし山に自生する藤は、木に蔓を巻きつきながら大きくなる。アコウ同様にその木から養分をとっているのではないが、住み着かれた木には十分な日が当たらなくなりやがて枯れてしまう。山の中の共生も大変なものであると同情する。
遅島の風景と遅島の住人たちの暮らしが秋野目を通して静かにかつ鮮やかに伝えられている。遅島調査旅行は、隆盛を誇った寺でさえも時代の流れの前では無力である。時の流れのまえではすべてがむなしい。その時照らされる標に人は、時代は向かっていく。それが過去と現代、そして未来を繋ぐものであると考えされる作品であった。
梨木香歩先生の静かな表現が暗く感じるものの、それが時代背景と、この島の雰囲気に相まって心地よく感じた。
猫丸さんご紹介いただき、ありがとうございました
- 感想投稿日 : 2020年11月21日
- 読了日 : 2020年11月21日
- 本棚登録日 : 2020年11月21日
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