鍵のない夢を見る

著者 :
  • 文藝春秋 (2012年5月18日発売)
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第147回 直木賞受賞作。5つの短編小説からなるオムニバスドラマで、主人公の女性たちの日常に起こる出来事。

恋愛、結婚、出産をめぐる普通の幸せやささやかな夢を叶えるためのkeyを手に入れようと進んだ方向に偶然にして必然のように犯罪に遭遇する。犯罪を傍観する彼女たちの感情や行動は、まるで魔が差したように、犯罪に絡んでいく。
読者はまるで自分がその瞬間を傍観しているような気になり、自分にも起こり得るかもしれないという恐怖と怖いものみたさのような感覚に陥り、ついつい読み進めてしまう。


仁志野町の泥棒
主人公・ミチルが母に誘われて参加した「お伊勢参りバスツアー」のガイドが小学校の同級生・水上律子であった。
律子は小学3年生の時に隣町から引っ越しできたが、律子の母親の泥棒癖のためで、ミチルの家に泥棒に入っているところに居合わせる。友達の優美子の態度に影響を受け母親の癖と律子とは仲良くしていたが、律子の万引き現場を目撃し、距離を置くようになる。

ミチルの心のどこかで律子と律子の母の行動を繋げてしまう気持ちがよくわかる。律子がミチルを記憶から抹殺した気持ちは、恥ずかしさのためではなく、怒りからのように感じ、そのためミチルが涙した気持ちが私にはどうしても理解できない。大人になっても付き合いが続くような友達に巡り会うための鍵を持ち合わせていない不幸に涙したのであろうか。であれば、律子は、その器ではないとミチルに取った行動に少し憤りを感じる。

石蕗南地区の放火
主人公・笙子は財団法人町村公共相互共済地方支部に勤めており、実家の目の前の消防団詰め所に不審火の現場調査に行く。そこで、かつて合コンで出会った大林がいた。大林とはかつて一度だけ横浜に一緒に行ったことがあり、そのこと後悔している笙子に対して馴れ馴れしい大林。その後、大林は放火しようとしているところを、現行犯逮捕される。

もしかしたらいいところもあるかもしれないと一緒に横浜まで出かけるも、やっぱりどう考えても好きにはなれない男性。鳥肌が立つくらい嫌いな男性に思われる。もしかしたらと試しに一緒に出かけてみて、「やっぱり違った」とますます嫌になり、一緒にいる時間が無駄な時間に思える。一刻も早く別れて無駄な時間を最小限に留めたい。そして寂しさを紛らわすためについて行った自分の愚かさに腹が立ち悲しくなる。世の中、想いを寄せる人からよりも寄せられたくない人から思われることが多いのではないだろうか。相手から同類でまとめられているからなのだろうか?と考えたこともある。素敵な男性に巡り合うための鍵を持っていないという不幸。

美弥谷団地の逃亡者
主人公・浅沼美衣は、ご近所限定出会い系サイトで柏木陽次と出会う。新しい男性との進展のために暴力的で束縛が激しい陽次から別れようと、母・浅沼真理子に相談をする。母に促され警察にストーカーの被害届を出すも自宅に乱入した陽次は母親を殺害し、美衣と一緒に逃走する。

最後の逮捕シーンで、陽次が警察に確保されるが、母を殺された犯人と楽しそうに逃げ回る美衣の本当の心境は、最後までわからなかった。
自分の本心とは異なる気持ちを表さなければならない時の気持ちが最後の「怖かった」の呟きに秘められている。自己防衛の表現であったのだろう。普通の恋愛をするための鍵を持つ難しさということなのだろうか。

芹葉大学の夢と殺人
芹葉大学工学部の坂下教授の殺害容疑者として逃走していたかつての恋人・羽根木雄大は、逃亡先で主人公・二木未玖を突き落とす。
大学時代に未玖と付き合っていた雄大は工学部から医学部に転部した後、日本代表のサッカー選手を夢見ていたが、受験は失敗を続け留年し続け、大学時代の恩師を殺害する。

夢見る彼を捕まえることができず、最後は繋ぎ止めるための行動にでる。
自分では、別れた方がいいと分かっていても結局のところ別れることができないで苦しむことがある。付き合い続ける意味のない恋愛を続けるそんな女性の気持ちが執念のように思えて怖くなる。男性を繋ぎ止める鍵を、持っていないために体をはって繋ぎ止めようとした気持ちは、きっと冷静に判断ができるようになった時に後悔するだろう。

君本家の誘拐
ショッピングモールでベビーカーごと子供が消えて半狂乱となる母親・君本良枝。やっと授かった赤ちゃん・咲良(さくら)の育児の日々に追い込まれ、後悔をする。
良枝の買い物中に消えてしまったベビーカーを家に帰って見つける。

自分の幸せを夢見て、他人と比較する。結婚していく同級生を羨ましく思ったこともある。幸せを演じるのではなく、何が幸せであるかを考えなければならないと思える作品であった。でないと、心が折れてしまう。自分にとって何が幸せの鍵であるのか、もしかしたら鍵に合う鍵穴をみつけるなければならないのかもしれない。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2020年9月25日
読了日 : 2020年9月25日
本棚登録日 : 2020年9月25日

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