食堂かたつむり

著者 :
  • ポプラ社 (2008年1月17日発売)
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主人公は中学の卒業式を終えた15歳のその夜に自宅を出てから25歳になるまでの10年間、一度も家に戻っていない。
中学卒業と同時と知り、その設定にびっくりした。本文には詳細は記載されていないが、生きて行くのにかなりの苦労をしたと思う。それだけの決心だったのに、10年ぶりに実家に帰ろうと思いたった理由に少し矛盾を感じたことは否めない。頭では理解できない人間の感情があったのであろう。(でないと、物語が進まない)

ペットのブタにエルメス(Lメス)と名前をつけ、根岸恒夫コンクリート建設社長(ネオコン)の愛人で、スナック・アムールを経営するおかん(母親)・瑠璃子は、エキセントリックで、主人公・倫子は昔からそんな母親が嫌いだった。同棲していたインド人がある日、家財道具一式を持って逃げてしまった。失恋のショックで声が出なくなった倫子は、実家に戻り、近所で小さな『食堂かたつむり』を熊吉(熊さん)の協力のもと始める。愛情溢れる美味しいオリジナルメニューでお客さんの心を掴み、やがて評判の食堂となる。

熊さんへのイチヂクのカレーであったり、お妾さんのフルコース、桃ちゃんとサトル君の野菜スープであったりと、『食堂かたつむり』で食事をする誰に対しても、その人のことを考えて愛情を込めて作る。
描写されているメニューは、どれも細かくて、読んでいるだけでそのメニューを想像できる。私の貧相な想像力では、食べ物の画像に留まるが、きっと倫子から出される一皿は、一皿ごとにキラキラ輝いているに違いない。その一皿を見ているお客さんが、誰しも口に運びたくなるくらいに。

そう、だから飼い主からの愛情がなくなり拒食症になってしまったウサギでさえも、倫子手作りのクッキーを平らげ、元気になった。

エルメスの解体は流石にショックで、今まで、育てていた動物を食べるなんて、考えるだけでも恐ろしいことである。ただ、よくよく考えると、家畜は愛玩動物ではないため当然のことである。逆にいつか家畜としての運命をたどるのであれば、自分たちの血肉となり、自分たちの中で生き続けると考え、良い考えかもしれない。ただ、もし自分がその立場にいる時に、こんなふうに考えることは難しいと思う。

お腹が満たされるような食べ方でなく、身体が喜ぶ食べ方を心がけたいと思う。

いつもながらふわっとした優しい物語であった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2020年9月8日
読了日 : 2020年9月8日
本棚登録日 : 2020年9月8日

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コメント 2件

やすりんさんのコメント
2020/11/19

沢山の種類、様々な国の料理が出てきて、私の貧弱な経験からは想像の域を超える料理に感嘆した。

さすがにエルメスを食べることになったことには驚きと嫌悪感が湧いたが、人間が生きていく上で食べ物を食べる、生あるものの命を絶って食べるという行為について改めて考えさせられた。
スーパーで売られている肉を普段食べているが、その肉が生きていた豚や牛であることに頭では理解しているが、心では感じていない。
人との繋がりの大切さ、生きていく上で避けられない他のものの命をいただくことに思いを馳せて、作ることにもたべることにも、食事を大切にしたいと思った。

kurumicookiesさんのコメント
2020/11/19

やすりんさん、

生きていくための食事、食事のための料理、料理のための食材、ループのように食べること、食べれる幸せを感じる作品でした。
生きていた時の姿を思い出すと、いつも食べることが出来なります。

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