前作「子どもの貧困―日本の不平等を考える―」に続いて読了。
社会問題を扱う新書で続き物、というのはあまり多くないですよね。
問題の所在や構造を明らかにするだけでも新書としては十分な効果だと思いますが、
著者の阿部さんは解決策についても道筋を示したいという強い思いで、
ほとんど全編を解決策の考察に費やすこの続編をまとめたそうです。
1、子どもの貧困の現状
前作で示した日本における「子どもの貧困」の現状を簡単におさらいしつつ、「貧困を放置することがどれほどの社会的な損失うになるか」という視点で議論を進める。
その中で特に印象の強い知見。
・子ども期における貧困は様々な悪影響を及ぼす
・学力面や健康面で、貧困層とそうでない子には統計的に有意な差がある
・特に深刻なのは、貧困による家庭内のストレスが身体的・心理的に影響を与えること
・そうした影響は大人になっても継続してしまい、貧困の連鎖につながっていく
こうして発生した貧困に対して、社会は多くの負担をしている。
つまり、貧困層にいる人たちからの課税収入が少なく、税金も社会保険料も支払えず、場合によっては生活保護を受給する場合もある。また、健康面でのリスクも高く、国や自治体の医療費負担も大きくなる。
貧困という社会問題に子ども期のうちに手を打つというのは、こうした将来的な社会負担を軽減し、むしろ対象が経済的に自立し税金や社会保険料を支払うことができるようにする、ということである。
すなわち、「貧困対策は社会的にペイする」のであり、貧困に手を打たないことは「社会的なコストを放置する」ということである。
これは社会政策論としては、基本的な視点ですが、
この「社会的コスト」という考え方が理解を得られない場面は非常に多い。
たぶんそれは「社会的にペイする」ことを明らかに示すのが、難しいから、というか批判しやすい点を含むということが関係しているのでしょう。本書で扱う「子どもの貧困」もそうですが、多くの社会問題は、その問題の構造を完全に解き明かすことがまず難しい。難しいというか社会的な様々な事情が複雑に絡んでおり、厳密には不可能に近い。また、それに加えてペイするまでに時間がかかり、解決策の効果検証が非常に難しいという問題もある。
問題に関心を持つ人からしてみれば、厳密には分からないにしろ効果が出る可能性があるのであればやってみるべし、ということになるが、
実際には非常に財政的にも厳しい状態での利益対立に追いやられるとなかなか立場を強く保つことは難しい。
まぁだからこそ、本書のように海外の事例も含め、使えるデータを集め、
施策を丁寧に検討する研究者の取り組みには非常に貴重です。
2、要因は何か
おそらく本書の中で最も衝撃的な章。
ここで取り組むのは「なぜ、貧困であることが子どもに悪影響を与えるのか、なぜ「貧困の連鎖」が起こるのか」を考えること。
これを考えるにあたって、様々な「連鎖の経路」が提示されるのですが、そのあまりの数に茫然とします。
内容までは紹介できないですが、その数の多さだけでも紹介できればと思うので、経路の切り口だけ取り上げてみよう。
(1)金銭的経路
・教育投資
・家計の逼迫
・資産
(2)家庭環境を介した経路
・親のストレス
・親の病気(精神疾患を含む)
・親との時間
・文化資本説
・育児スキル/しつけスタイル
・親の孤立
(3)遺伝子を介した経路
・認知能力は遺伝するのか
・その他の遺伝的経路(身体的特徴・性格・発達障害)
(4)職業を介した経路
・職業の伝承
(5)健康を介した経路
・健康
・発達障害/知的障害
(6)意識を介した経路
・意欲/自尊心/自己肯定感
・福祉文化説
(7)その他の経路
・地域/近隣/学校環境
・ロールモデルの欠如
・早い離家/帰る家の欠如
なかには大した効果はなかったり、むしろ偏見の温床になっているようなものあって、この中からどの経路が重要なのかを描き出していくところが本筋なんですが、いやもうこの経路の多さとそこから想像されるストーリーを考えているだけで気が滅入ってくる。なんて世知辛い世の中なんでしょう。
自分の子どもに対してここをこうしてあげよう、それが子どものためになる、と自分が考えるものもいくつもあるんじゃないかと思う。そうしたものが貧困の解消という意味で子どものためになるものなのか、考えてみるのも良いかもしれないですね。
また、僕がプロボノとして関わっているのも児童支援のNPOであり、学習支援活動なんかに携わったりもしているんですが、大きな社会問題の改善に向けた力の一つになっているんだなと感じる一方で、氷山の一角すぎるというか問題の複雑さや大きさに無力感を感じたりもして、複雑な気分になります。
3、政策を選択する&4、対象者を選定する
3章と4章はセットです。本書のむしろ2章までは前提で、ここからが「解決策を考える」本書の中心的な部分なんですが、思い切ってレビューからははずします笑
あまり細かく紹介ししすぎてもただの要約になっちゃいますしね。
ところで、レビューってなんですけね。何をどう書いたらレビュー何だかよく分からずにレビューブログしてます。今度調べてみましょうか。
さて、一口に政策を選ぶと言ってもその選び方はいろいろです。
ただ一つこれでばっちり、みたいな政策も、その選び方も存在しないからこそ、私たちが目にする政治はわかりにくく取っ付きにくいのです。
著者の阿部さんが用いる視点は「政策の効率性」です。
つまり、どれぐらいの資源の投入に対して、どれくらいの効果が期待できるかという観点。
この観点は、現実的にも非常に有効で賛同できる部分です。
対象者の選定については、まず基本的な選別主義と普遍主義の対立の議論から入り、ターゲティングの考え方などを丁寧に紹介します。
この3、4章の議論の流れは、政治学を学ぶ学生は参考にしたら良いと思うよ。
非常に丁寧ですっきり頭に入るけど、これを自分で整理してまとめるのは非常に大変です。
この丁寧な論述に論文執筆の苦しさを思い出す。
5、現金給付を考える/6、現物(サービス)給付を考える
5章と6章もセットです。3、4章で紹介した政策オプション選定の考え方をもとに、実際に日本で採るべき具体的な施策について検討していく章となります。
まず語られるのは「現金給付の大切さと確かな効果」
日本において現金給付というのは非常に嫌われやすい。生活保護バッシングもまだ根強く残っていたり、いわゆるバラマキであったりととかく現金を給付するということに対しての嫌悪感が強い。
だが、現金給付は様々な調査で確かに効果が出ているのであり、不必要なバッシングや偏見を取り除いていきたい、という筆者の真摯な姿勢が伺える丁寧な記述でその特徴が説明されます。
また現物給付については、その選定や効果検証が現金給付よりさらに難しいことに触れつつ、筆者が有望だとするいくつかの政策を紹介しています。
以下は自分のNPOでの取り組みとも関連して個人的に注目したもの
・放課後プログラム…現状の学童保育などはあくまで保育サービスとして設計されており、放課後格差による弊害のうち、「事故や犯罪に巻き込まれる危険」にしか対応できていない。特に学力の低下、体力の低下、音楽等の学校で育まれないスキルの未発達などの問題には対応出来ていない点の考慮が必要。
・メンタープログラム…アメリカのビッグブラザー・ビッグシスタープログラムを始め多くのモデル事業で効果があるとされている。注意点としては、長期間の関わりが必要であること。
・学習支援…さまざまな取組が存在し効果も報告されているが、効果測定はほとんどなされていない。
7、教育と就労
本書で議論の薄かった部分への補足という位置付けですかね。
本書では子どもの貧困対策として、特に子どもが小さいうちに重点的に支援することを(財政的な問題も踏まえ)打ち出しますが、貧困の連鎖を断ち切るためには当然、教育のルートにしっかりと乗り、就労まで引き継いでいくことが重要ですので、その点で本書の議論を補完するような内容です。
教育という問題については、ほとんど全員が自分の経験に照らして考えることができ、関心を集めやすく、議論を呼びやすい分野です。
学校や教育に関わる問題をいくつか挙げてくれと言われれば、たいていの人は苦労せずに何個かは挙げることができるんじゃないかと思います。
そんな教育という問題について、貧困対策という一つの視点から切り取ってみるとどのように見えるのか。
こういう風に社会課題を切り取って考えてみるはいろいろ応用が聞くので良い視点になると思います。
以上。
日本における貧困問題の現実やその問題点を描き出した前作も非常に貴重な作品でしたが、この続編もすばらしかった。
ある社会問題に対する施策を検討し、決定、実施するということは実際に考えてみるとものすごく難しい問題であることがよく分かります。前作の問題の捉え方と合わせて、政策論あたりに興味のある政治学を学ぶ学生は手にしてみると良いのではないかと思います。
子どもの貧困に少しでも興味を持たれた方は、手にとってください。
その際はぜひ一作目と合わせて読むことをオススメします。
- 感想投稿日 : 2014年12月13日
- 読了日 : 2014年10月25日
- 本棚登録日 : 2014年10月25日
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