ピアニシモ (集英社文庫)

著者 :
  • 集英社 (1992年5月20日発売)
3.07
  • (48)
  • (95)
  • (505)
  • (90)
  • (24)
本棚登録 : 1624
感想 : 155
3

父親の転勤に伴って転校を繰り返す主人公の氏家透は、小学校では9回、中学校では4回、学校を変わっています。いつも、テニスコート付きのマンションや部屋数の多い戸建てに住み裕福な生活を送っていますが、実情は、父は時を選ばす迎えに来る黒塗りの車で仕事に出かけて不在がちで、専業主婦の母は自動車会社のポスターのモデルをしていたくらい美しかったのに今は新興宗教にのめり込んでいます。父を「あの人」と呼びほとんど顔を合わさず、母を「あんた」と呼び罵倒する生活ですが、いったん学校に行くと居場所がなく、空想の友達「ヒカル」と一緒でないと不安で仕方のない毎日です。
新しい学校で壮絶ないじめにあい不登校になった彼ですが、そんな時、父親が突然団地の屋上から投身自殺をします。混乱の中、彼は、心の拠り所であったNTTの伝言ダイヤルで知り合ったサキという17歳と会う約束をしますが、彼女が嘘で塗り固められた虚像であったことを知ります。彼は、自身の成長の機会の訪れを知り、ヒカリを含む全てと決別し、新たな一歩を踏み出す決意をします。
すばる文学賞受賞作。帯に「『ピアニシモ』はよくわかる文章であった。」とありますが、日本語として、アウトラインとしては明確でしたが、私自身としては深く読み込むには難しかったです。設定も、現実味がありそうでありながら、-少なくとも私には―パターン化された社会の闇のように見えました。ただ、文章は研ぎ澄まされて美しく、冒頭「ざらついた空気が、もう何カ月も蒸発することのない腐りかけた日陰の水たまりのように、長く古い廊下の先まで充満していた。」の一文に、一気にその世界に引き込まれました。最後も、暗い情景を的確に描写しながらも一筋の光を感じさせる、余韻を残した繊細な文章で、そちらには味わいを感じることができました。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年6月18日
読了日 : 2023年6月18日
本棚登録日 : 2023年6月18日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする