山椒魚 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1948年1月15日発売)
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本棚登録 : 2775
感想 : 186
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まず特徴的なのは、淡々とした文章。そして、細やかに綴られる風景描写。

実体験を綴ったエッセイだと思ったのだが、後書きから推測するに、実体験に多くを基づいた限りなくノンフィクションであるかと思われる。
とにかく、実体験と思うくらい、描写が繊細なのだ。まことしやかに思われるが、奥さんの名前が実名の秋元節代さんと違って雪子さんだったりするので一応、フィクションかと。。。

wikiで見ると、山椒魚は改定されてしまったらしい。私が読んだのは、たまたま図書館で借りた古い本で、改定前のものだったが、改定前の方が優れていると思う。
山椒魚はたった10ページなのに、よくまとめられていて、内容は深い。
改定前の部分を含むことによって、同じ境遇の弱者が自己憐憫に似た情を感じる切なさやら何やらが伝わってくると思う。それに、不幸な境遇から、蛙を出してもいいと思える山椒魚の心理の推移なども興味深い。

池波正太郎のエッセイでもそうだが、一昔前の小説家らしく、少し不良。年端のいかない娼婦とのやりとりなども、オブラートに包まれているが、関係が示唆されたりと。この人の文学には、ヒッピー的要素がかなりある。引用の無職の下りは、経験者なら、よく分かる心理が鮮やかに描かれている。

岬の風景で、家庭教師をした娘さんと恋仲になってしまう。それを太陽に見張られている気がする主人公。こういう気持ちって分かるけど、そんな事考えてるの?と、盲執的だと言われそうでなかなか人には言えない事な気がする。無意識に。それをこうして文学にしてくれると、自分だけじゃない安心感を与えてくれる。

掛け持ちは、面白い。
二つの宿で季節ごとに働く番頭さんが、それぞれの場所で全く違う扱いを受けている。上等な扱いをしてくれる宿では、粋な着物を着こなしたり、人間の虚栄をユーモラスに綴る。そこへ、もう1つの宿からの客が偶然やってきて、とまどう番頭さん。

夜ふけと梅の花もなかなか。
酔っ払いに絡まれて、妙な約束をしてしまうが、それが気になってしょうがない主人公。相手が暴力的な人間であったため、数年の間、怯えつつ暮らす。これまた、人間の心の弱さを飄々と描く。

井伏鱒二の他の作品も読んでみたくなった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 純文学
感想投稿日 : 2015年5月8日
読了日 : 2015年5月6日
本棚登録日 : 2015年5月8日

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