文庫本の『方丈記』の訳注書としては、これが決定版だと思う。現在手にすることができる『方丈記』の多くは、この本を含めて大福光寺本を主たる底本にしているのだが、文章の段の分け方は校注者および訳注者によって、それぞれに異なっている。この本の場合は全体を十二の章に分け、各章が古文、現代語訳、注釈、解説という順序で展開する。だから、初心者が手に取って読むことができるのはもちろん、さらに注釈や解説を綿密に読んで理解を深めたいという本格研究のニーズにも堪えることもできる、とても良い本だと思う。
中世文学研究の泰斗である安良岡康作先生による『方丈記』は、何といっても注釈と解説部分にこそ妙味がある。もちろん、現代語訳も優れているのだが、注釈と解説の充実ぶりは群を抜いている。さらに巻末には概説と題した資料的論文と、注釈的補遺と題した論文が付されている。もしも『方丈記』検定のようなものがあったとしたら、この本一冊で高得点を取ることができるであろうと思える。しかし、この本は単に『方丈記』の全体像を捉えるという類のものではなく、将来の『方丈記』研究においても貴重な文献となり得る質の高さを備えた貴重な本である。
2011年3月11日の東日本大震災の後、皮肉にも『方丈記』に記されている元暦2年(1185年)の大地震のことを話題にした記事や文章を目にする機会が増えた。しかし、その多くは元暦2年(1185年)に大地震があったという事実をなぞるだけの記事が多いように感じる。この続きに記されている鴨長明の思いこそが大事なのに、そこに踏み込んだ記事が少ないことが残念に思う。では、続きに何が記されているかを、ここに書き出すことは簡単だが、より深く読んでもらうには、やはり訳注書にあたるのが一番だと思う。
『方丈記』は無常観の文学と称されるが、それだけで終わらないところに面白さがある。時代を経ても受け継がれている古典には、そこに共感を呼ぶものがあり、読み手の心を揺さぶり続けるものがあるからだろう。多くの人々が心に不安を抱く今だからこそ、時が経っても輝きを失わない『方丈記』にふれて、自らの在り方を考える機会になればと思う。
- 感想投稿日 : 2011年3月4日
- 読了日 : -
- 本棚登録日 : 2011年3月4日
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