初版昭和35年の作品だが、古臭さが全く感じられない。
戦争末期、実際に起こった、ある大学付属病院での米軍捕虜たちに対する生体解剖事件を題材にした、とても衝撃的な1冊であった。
人間がかくも弱く、脆く、醜い存在であるかを書き過ぎない言葉や文章で、静かに伝える筆致。
人間の尊厳や自負・自尊心を奪取し、自らの立身出世を図り、汚辱にまみれる医療者たちの心の繊細な動きが、巧みな言葉で綴られる。
一線を越えてしまう危ういさまが丁寧に描かれる。
大義名分があれば、人間は暴走し、それが集団となればさらに圧力となって、加速する。
そんなことが過去に行われていたのか?という驚きとともに、そもそも権力の座にある人間も、弱者とされる人にも、強さも弱さも、清らかさも狡猾さも混在しているのが、人なのではないだろうか。
ややもすれば、露悪的なノンフィクションになりそうな実際の事件を文芸作品としたのは、冒頭の第一章の存在だと、読み返す。
色、臭い、重苦しさ、影等が言葉から醸し出される。
戦後時間を空けずに、この作品を発表した遠藤さんの矜持に頭が下がる。
読書状況:読み終わった
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- 感想投稿日 : 2020年12月8日
- 読了日 : 2020年12月8日
- 本棚登録日 : 2020年12月8日
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