恍惚の人 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1982年5月27日発売)
3.93
  • (155)
  • (214)
  • (174)
  • (7)
  • (2)
本棚登録 : 1676
感想 : 196
5

乾いた筆致で有吉さんが「老い」や「死」、「家族」を淡々と描く。特段の美化も遠慮もなく、今の時代であればおおよそ差別的意味合いを以てして使ってはならないとされている単語が跳ねる。

夫の両親と敷地内同居しながら、法律事務所で職業婦人として働く女性昭子。
専業主婦が当たり前であった時代、仕事と家事、受験生である息子のサポート、加えて義理父母の老いや死に全速力でぶつかり切り拓く昭子の姿は当時新鮮だったことだろう。

老いの現実、死に伴う儀式の空虚さ等々、飾ることなく淡々と粛々と。疲れ果てながら舅の老いに向き合う自分の不寛容さや、不甲斐なさが細やかに綴られ、また自らの親でありながら介護に逃げ腰の夫に不満を感じながら時間が経過する。

よく言われることだが、同じ苦労でも成長していく育児と異なり、ゴールや前進が定まらない介護。目標も充足も見いだせず時が経過するのは辛い。
世間体に右往左往し、医療と福祉のはざまのどうにもしようのない事態に困難を極める様に読み手の心も塞ぐ。

年を取ってこうはなりたくないと、老いて生産性がなくなるどころか、周囲を困らせる舅の行動の連続に介護する昭子と夫が自分の将来の老いに絶望する。

私も子どもたちを食べさせること、育むことに無我夢中だった今までの時間。
子どもたちが巣立った今、気づくとコントロールできない老いが足元にあった。
自分が年を取るなどと想像だにできなかった若い頃から一足飛びに時間が経過する。

高齢化と少子化に待ったなしの現代。有吉さんの1974年の作品は今を予言していたかのようだ。
嗚呼、ピンピンコロリが私の夢。子どもたちには迷惑をかけたくないなあ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2021年12月28日
読了日 : 2021年12月28日
本棚登録日 : 2021年12月7日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする