優駿(下) (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1989年11月28日発売)
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感想 : 97
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改めて宮本輝さんの筆の巧みさにうっとり。日本語が美しく、心地よい。

「頑張れば努力は報われる」、「夢はかなう」など、尤もらしい定説など一蹴してくれる。

ゆったりと流れる時間のなかで、それぞれ業を背負った多様な登場人物が巡り合い、交錯し、互いの変容を引き起こす。

勿論宮本さんの多くの作品のなかに必ず描かれる登場人物の病や不慮の事故による「死」も過剰な湿り気なしに呈され、周囲の人々の喪失感も巧みな筆で丁寧に掬い取られる。

一頭の奇跡の競走馬オラシオンを巡る周囲の人々の造形がとても魅力的で上下巻あっという間の至福の読書時間。

他人や周囲にどう承認されるかに大きな価値を置きがちな私たちの現代社会において、高潔さが過剰に求められることに息苦しさを禁じ得ない。

35年前初出の本作において、世相は若干異なれど、宮本さんが描く人間の姿には、弱さ、狡さ、嫉妬、背信も、たおやかさ、大胆さ、誠実さ、思い切りの良さも同時に存在する。
実に興味深く、どの登場人物にも心惹かれる。
善人、悪人と人物を書き分けず、宮本さんは裁かないし、断じない。

自分の力でコントロールできるものと、自分では制御できないもの(例えば、生まれ育ちや親や、家族の病気など)の配合も絶妙。

競走馬について何の知識もなく頁を捲りながら、一頭の馬の血統や育ち、人との出会い、その馬の持つ運命についても心揺さぶられる。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2021年5月3日
読了日 : 2021年5月2日
本棚登録日 : 2021年5月2日

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