光待つ場所へ (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社 (2013年9月13日発売)
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感想 : 341
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-ジャケ買い-という言葉がありますが、私にとってこの作品はまさしくそれにあたります。辻村さんの作品の中でもかなり最初に買った作品でした。ただ、この作品は辻村さんの-奥の院-的一冊。これを読むには上下巻もの含め10〜12冊の事前読破が求められます。読むのをずっと我慢。今日ようやくここまで辿り着いて読むことができました。

6つの短編から構成されていますが、全体の3分の1を占める〈しあわせのこみち〉に夢中になりました。「冷たい校舎の時は止まる」の清水あやめが登場します。絵の世界に生きようとする者たちの心の葛藤が描かれていきます。『画家になりたいのではない。私には、なるしかないのだ。』と自らを鼓舞するあやめ。全てをかけて絵に打ち込むあやめ、でも結果が伴って来ず、気づいたら交友関係も上手く築けず孤独の中に佇む日々。そんな時に見えた背中、『歩く自分の目の前に、薄く影ができた。影を踏みつけようと少し早足になる。けれど、絶対に追いつけない。』という表現などなど、確かに主人公は「冷たい」のあやめですが、辻村さんの表現の仕方があの時代からずいぶんと変わったことにも驚きました。そして、あやめのもがき苦しみが、嫌というほどに伝わってきました。

もう一つあげるとすると〈チハラトーコの物語〉でしょうか。この作品はこの副題だけで主人公が「スロウハイツの神様」のトーコだとわかります。『私は、千原冬子。おっしゃるとおり、噓つきだ。 』から始まるこの作品。『観客のいない嘘はつまらない。話した相手を楽しませることができてこそ、嘘話には初めて意味が宿る。』という一節からもわかるとおり、嘘と共に生き、嘘が彼女の生き様とも言えるトーコの人生を深く切り取って行きます。これはもう『スロウハイツ』を読んでいないと見えるものが全く違ってきてしまうと思いますので、読む順番は守りましょう。

そして、この作品では、『新しい光』『瞳の中の光』『非難するような光』と、全ての短編の中で『光』が色々な表現を使って描かれていきます。ピアノの奏でる旋律さえ『現れる端から消えてなくなり、集める端からこぼれる光か水のように、音が流れる。』というようにとにかくこの作品には光が溢れています。でもその光のある場所に辿り着くのは容易ではない。そこに見えていても簡単には辿り着けない、掴めない光。

それぞれの作品世界を力強く生きた彼ら、この作品でそんな彼らに再開できたことはとても嬉しかったです。みんな元気だった。それぞれに成長していたけれど、あの時代の彼らそれぞれが持っていた個性はそれぞれに面影として見ることができました。でも彼らもまだまだ大人になる途上にいます。誰もが通る苦難の時期の到来。『この年になって、ようやくわかることがあると思ったよ。俺も、周りも。自分が何者なのか。…何者かになれるのか。諦めないといけないのか。諦められるのか。』でも彼らならその先へ、その先の光待つ場所へきっと向かっていけるだろうと思います。

辻村さんの作品は「冷たい」も「スロウハイツ」もそうですが上下巻もあってとても長いです。人によっては辟易するような読書量を求められます。でもその分、一人ひとりの掘り下げ方がとても深い。まるで現実世界で他人との出会いから友情を深めていく過程を辿るかのように彼らを深く知っていきます。深く知り合ったからこそ作品の終了とともに別れた彼らのそれからが気になります。だからこそ、こうして再開できた時に、大きくなったなぁ、相変わらずだなぁと、懐かしい気持ちいっぱいになれるのだと思いました。こんな再会の機会をありがとうございました。

みんな、元気で!またいつか会える日まで!
(ベタな締め方ですみません…)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 辻村深月さん
感想投稿日 : 2020年2月25日
読了日 : 2020年2月24日
本棚登録日 : 2020年2月25日

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