サラバ! (中) (小学館文庫 に 17-7)

著者 :
  • 小学館 (2017年10月6日発売)
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あなたは、転校生になったことがあるでしょうか?

2020年に世界を突如襲ったコロナ禍。それから3年近くの時が経過し、ようやくパンデミックの終わりも口にされるようになってきました。そんなコロナ禍は世界のさまざまなことを変化させてもいます。会社勤めの方にとって一番大きいのはリモートワークという考え方が登場したことでしょう。自宅にいながら出勤したことになるリモートワーク。コロナ禍がなければとてもありえなかった考え方だと思います。

そして、リモートワークの広がりは住む場所の自由というさらなる可能性も生み出しつつあります。勤め先によっては3年ほどで日本各地を転々としていた暮らしがなくなる、好きな場所に暮らして、そこで仕事をする、このことはさらに大きな可能性をもたらします。家族に対する影響です。転勤に伴う転校がなくなっていく、そんな未来です。このレビューを読んでくださっている方の中にも子供時代、両親の転勤によって転校を余儀なくされた過去を持つ方もいらっしゃるでしょう。両親の転勤という理由によって親しかった友達と別れざるを得なくなる、そんなこともやがて遠い過去のことになっていくのかもしれません。

さて、ここに父親の転勤に伴って大阪から、カイロ、そして再び大阪へと戻ってきた姉と弟を描く物語があります。『僕は緊張していた。いや、ほとんど恐怖していた』という中に『エジプトから来ました』と挨拶する弟が『「クラスの中心的な奴の親友」という地位を』獲得していく様が描かれるこの作品。『カイロから来ました。皆さんに会えてソーハッピー…』と挨拶した姉が『異質なものは、排除される運命にある』という先に『皆の攻撃対象以外の何ものでもな』くなっていく様を見るこの作品。そしてそれは、バラバラになっていく家族がそれぞれの人生を歩むその先に、『この家族は、一体なんなんだ!』と主人公の歩が叫ぶ未来を見る物語です。

『日本へ向かう飛行機の中で、僕の耳に残っていたのは、ゼイナブの泣き声だった』と、カイロでのことを思い出すのは主人公の圷歩(あくつ あゆむ)。『いつか必ず、エジプトに戻ってくるんだ』と思うも『もう二度と戻ってくることは出来ないだろうと、諦めてもいた』歩は、母親と姉と共に父親より先に帰国し、それが『事実上僕たち親子の別れにな』りました。帰国に際し、離婚した父親と母親は、元住んでいた家を売り払った結果、『祖母の家と同じ町内』にある新しい家に居を構えます。『養育費、生活費も』父親が負担して、『ほとんど働かなくていい』母親と三人で暮らすことになった歩。そんな歩は『5年生の新学期から、小学校に通うことにな』りました。『僕はずっと、緊張していた』という歩でしたが、『自分をなくすということにおいて、僕は最強の力を発揮し』上手くクラスにとけこみます。一方で『皆さんに会えてソーハッピー…』と『日本語と英語を混ぜて』挨拶した姉の貴子は『皆に疎ましがられ』ていきます。そんな対照的な帰国後のスタートを切った姉と弟。そんな歩の『学校には、様々な出自の子供たちがい』ました。両親の離婚により今橋歩(いまばし あゆむ)となった歩は、友達からイマバと呼ばれるようになり、また『地元のサッカークラブへの入会』を果たしたことで、『世界が一気に広がっ』ていきます。そんな中、父親と別れた母親は『どんどんだらしなくなってい』き、姉は『苛められるようにな』り、ついには『学校に行かなくなっ』てしまいました。そんな親子の暮らしの一方で、かつての住居の大家であった『矢田のおばちゃん』の家に変化が生じます。『大きな祭壇が出来』、『そこに知らない人たちが出入り』し、そして『「サトラコヲモンサマ」という、なんだか声に出したくなる神様のようなものを祀っている』『矢田のおばちゃん』。『いわゆる「新興宗教」の知識はなかった』歩でしたが、『何らかのことが行われている、ということは理解し』、その一方で『全く変わっていない』『矢田のおばちゃん』自身との差異に戸惑います。一方で姉の貴子は『矢田のおばちゃん』の元へと『頻繁に行くようになっ』ていきます。そして、『姉が出かける』ようになったことで『気兼ねなく恋人と会う』ようになっていく母親。バラバラになっていく圷家(今橋家)の中で、中学、高校、そして大学へと階段を上がっていく歩の青春の日々が描かれていきます。

『いつかまたエジプトに戻ってくるよ!』とメイドのゼイナブに別れを告げ、帰国の途へとついた歩、貴子、そして母親の三人。テヘラン、大阪、そしてカイロと印象的な都市をダイナミックに移り住んだ圷家の日常が描かれた上巻に続き、この中巻では、両親の離婚に伴い、大阪の新しい家で暮らすことになった歩の日常が描かれていきます。年代としては1987年から2002年頃までの15年が描かれる物語は主人公である歩の”青春物語”と言ってよいと思います。そんな物語は、リアルな時代の描写とワンセットになっています。上巻では1979年にイランで勃発した『ホメイニによる、革命』が作品の背景に描かれていました。そして、この中巻では、対象となる15年の間に起こったこととして1995年のあの出来事が描かれます。

『1月17日の早朝、僕は自分のベッドで、飛び上がった。印象として、地底から大きな大きな拳で突き上げられたような感覚だった』と描かれるのが、”阪神・淡路大震災”です。そんな震災を取り上げた作品としては原田マハさん「翔ぶ少女」、湊かなえさん「絶唱」などいずれも関西ゆかりの作家さんが取り上げた作品が思い浮かびます。そんな中で西加奈子さんが描く震災後の街の姿を描写した表現は端的な中にとてもリアルです。

『ドミノのように倒れた建物、巨人にちぎられたような高速道路、その先端から半分飛び出したバス、あちこちから上がる炎と、増え続ける死者の数』。

そんな光景の中に『学校へ行くと、皆落ち着かなかった』という高校生の歩の目に映る震災後の光景の描写は、分量は多くはありませんが、中巻の中で強く印象に残る場面です。また、それは後述するこの中巻における歩の人間関係にも大きな影を落とすことにもなっていきます。

そんなこの中巻で、”阪神・淡路大震災”が歩に大きな影響を与えたとしたら、姉の貴子に大きな影響を与えることになったのが、『矢田のおばちゃん』の家に出来た『大きな祭壇』と、『祭壇に何かをそなえ、熱心に拝んでゆく』『知らない人たち』の存在でした。そんな祭壇に『サトラコヲモンサマ』と書かれた札の存在。そんな奇異な光景の一方で『矢田のおばちゃん』は、『全く変わっていない』という不思議感。どう考えても『新興宗教』の匂いプンプンなのに『矢田のおばちゃん』が平然と描かれることでの不思議感。『新興宗教』と関わっていく家族を描いた作品は今村夏子さん「星の子」などがありますが、この作品では『矢田のおばちゃん』の存在がこの作品に怪しいというより奇妙奇天烈な雰囲気感を作り出していきます。このことについては、中巻結末に” ( ˙࿁˙ )ポカーン “となるオチをもって決着していきますので、これから読まれる方には是非この『サトラコヲモンサマ』の展開にもご期待ください。ただその『サトラコヲモンサマ』に姉の貴子が巻き込まれていくことになる物語は、貴子の未来にも影響を及ぼしていきます。『サトラコヲモンサマ』に関わったが故に天から地へと堕ち、文字通り紆余曲折の人生を送っていく貴子。そんな貴子はどんどんはち切れる人生へと歩んでもいきます。中巻は圷家(今橋家)の人々の人生が上巻以上にダイナミックに浮き沈みしていきますが、その中でも貴子の人生はある意味壮絶の極みと言ってよいと思います。

そんな中巻の物語は、主人公の歩自体は
④大阪
⑤東京
と移り住んでいきますが、家族の暮らしはバラバラにもなっていきます。上巻同様、そんな四人を整理しておきましょう。

・父親 憲太郎: 母親と別れた後も『1ヶ月に一度ほどは』歩と会う。歩たちの『養育費、生活費』だけでなく、『夏枝おばさんと祖母へ』も仕送りを続ける。やがて、ドバイへと赴任する。

・母親 奈緒子: 『働かず』『どんどんだらしなくなっていく』。また、『様々な恋人を作る』。貴子と『激しく罵りあ』うなど関係が悪化。

・姉 貴子: 学校にとけこむことに失敗し、『学校に行かなくな』る。『矢田のおばちゃん』と『サトラコヲモンサマ』で関わりを持ち堕ちていく。

・歩: 『僕には伝家の宝刀、存在を消すという技があった』という特技も駆使しつつ、中学・高校、そして大学生活に青春を見る。

カイロから帰国後、まさしく4者4葉の人生を生きていく圷家(今橋家)の人々。そんな中でこの中巻では、主人公の歩により光が当たっていきます。それは、『地元のサッカークラブへの入会』をきっかけに、『校外に友人が出来たことで、僕の世界は一気に広がった』という、ある意味”どストレート”なまでの”青春物語”です。”青春物語”につきものと言えば、『生まれて初めて彼女が出来た』という『色恋沙汰』は欠かせません。『告白の風が吹き荒れた』という中、『サッカー部でも、「お前誰好きやねん?」は、もはや合い言葉のようになった』と盛り上がっていく中に、初めての彼女と付き合っていく歩の物語は、彼の誕生から今までの成長を知る読者には、どこか我が子を見る親の立場からの感情も湧いてきます。また、その先には『僕は、高校2年生の冬に童貞を捨てた』と、これまた通過儀礼を経て大人になっていく歩の姿も描かれます。この辺り、まさしく”どストレート”な”青春物語”です。姉の貴子の青春がある意味痛々しい、”陰”の物語である分、煌びやかに大人の階段を上がっていく歩の姿は、まさしく”陽”を感じさせます。姉と弟が歩むそれぞれの人生の絶妙な位置付け。この辺りも読みどころだと思いました。

そんな歩ですが、上巻ではエジプシャンのヤコブとの関わり、『僕らにしか分からない言葉』である『サラバ。』という言葉で繋がりあった二人の物語がとても印象的に描かれていました。そんなヤコブの役割を果たすのが高校で同じサッカー部員となった須玖(すぐ)でした。『僕の目を引く独特の雰囲気を持っていた』という須玖を特別視していく歩は、須玖を自宅に招き、やがて『今橋家の新しい家族みたいな雰囲気になっ』ていくなど、その存在感がどんどん増していきます。そんな『僕と須玖の友情は、僕に彼女が出来ても変わらなかった』とどこまでも続いていきます。カイロ時代にヤコブとの間に交わされた『サラバ。』のような象徴的な言葉が生まれるわけではありませんが、高校生の歩の青春にはなくてはならない存在です。男と男の固い友情を描く歩と須玖の物語は中巻の大きな山場だと思いました。そして、そんな山場は上記もした大きな出来事によって大きく変化していきます。

中巻は〈第三章 サトラコヲモンサマ誕生〉と、〈第四章 圷家の、あるいは今橋家の、完全なる崩壊〉の二章から構成されており、舞台も大阪から東京へと移り、主人公の歩もいよいよ大人の時代へと足を踏み入れます。そこには、『僕の中で小説は、間違いなく「読むもの」だった』と次の人生に続く起点が描かれてもいきます。上巻とは全く雰囲気感も異なる物語の中に、圷家(今橋家)の次の15年を追った中巻の物語。上巻で張られた伏線を回収しながら、下巻へと向けた新たな伏線も張られていく物語。中巻というなかなかに難しい立ち位置の物語を歩の”青春物語”とすることで、独特な甘酸っぱさも感じさせる絶妙な物語に仕上がっていたように思います。

『いつか必ず、エジプトに戻ってくるんだ』。そんな思いをあっという間に過去に見やる中に、中学、高校、そして大学へと進んでいく歩の青春を見るこの作品。そこには、『サトラコヲモンサマ』にまつわる物語や、そんな物語の犠牲にもなっていく貴子の浮き沈みの人生が、歩の人生の”陰”になるように描かれていました。”阪神・淡路大震災”などの描写によって、時代感を上手く作品に取り入れたこの作品。『新興宗教』の怪しさをこれぞ関西的なオチで上手くまとめていくこの作品。

歩の人生を描いていく物語であることが、中巻になってよりはっきりしていく展開の中に、読者を飽きさせない西さんの構成力が光る、そんな作品でした。


物語はいよいよ結末へと向かいます。では、下巻へと読み進めたいと思います!

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 西加奈子さん
感想投稿日 : 2023年2月6日
読了日 : 2022年9月17日
本棚登録日 : 2023年2月6日

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