出会いなおし

著者 :
  • 文藝春秋 (2017年3月21日発売)
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感想 : 216
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ひとりで勝負するアイドルから、数で勝負するアイドルへの変遷。そんな分析がなされる日本の歌謡界、もしくはアイドルの歴史。音楽業界には無縁の私にはその裏側は分かりませんが、一発勝負よりも数で勝負と保険をかけるような仕事の仕方の方が安堵感があるのはどの業界でも同じでしょう。ひとりなら好き嫌いがはっきり分かれます。一方で数で勝負すれば6人中5人に興味がなくても1人でも気に入れば、結果としてそのグループを応援することになります。さらには、6人中6人ともに大して興味がなくても6人が作り出す雰囲気に魅かれて応援する人もいるかもしれない集合が生む力ということもあるかもしれません。それは、長篇と短篇集、本の世界でも同じことが言えると思います。でも、アイドルと違うのは、短篇集ブームで長篇が廃れるわけではないこと。いつの世もその時々で好きな方を選べば良いという本の世界。

…ということで、今回選んだこの作品は森絵都さんの短篇集の一つです。この作品に先んじて読んだ短篇集〈風に舞いあがるビニールシート〉は表題作が飛び抜けた個性を持っていたこともあって、表題作とその他大勢という印象がどうしても拭えませんでしたが、この作品には、飛び抜けた個性の塊というような作品はなく、それぞれの個性のぶつかり合いで勝負しているという印象を受けます。なので、この中からどの作品を気に入るかはもう人それぞれです。私は次の2つの短篇に魅かれました。

一つ目は〈カブとセロリの塩昆布サラダ〉です。う〜ん。なんだかよくわからないタイトルですが、これは、とても面白かったです。『主菜と副菜と香の物と味噌汁。かれこれ三十年間、毎晩の食卓にこの四品を欠かさず並べつづけてきた』という生真面目な主人公・清美。時が経ち『副菜くらいならデパ地下で調達しても悪くないと考えるようになった』清美は、ある日『カブとセロリの塩昆布サラダ 百五十七グラム、五百十八円』を買って帰ります…、あら筋というと実はこれだけなんですが、この後の主人公の行動が強烈です。いや、主人公がどうこうというより、この後のページで森さんによる文字と言葉のイリュージョンが繰り広げられるのがなんといってもこの作品の見どころです。それは、それは…、書く、書こう、書きたい、書かない、もう書いてしまいけど書けない!という笑劇でした。森さんも弾ける時は弾けるんだ、というか、やっぱり凄い作家さんなんだなぁと改めてその魅力に触れた思いです。

二つ目は〈青空〉です。『休日ですら仕事が入れば小三の男児を一人にさせてしまう』という主人公・謙一。『妻の死後、ただでさえおとなしかった彼はますます口を閉ざして』と一人息子との関わり方に悩む謙一。義父母に息子を託すことになり、その道程、高速を走っていた時でした。『前を走るトラックの積み荷が外れ、一畳ほどのベニヤ板が、私たちの車めがけて飛んできた』という予期せぬまさかの事態。この作品もあら筋は基本これだけなんですが、ここからがすごい。トリップする森さん。『時間というのは、必ずしも杓子定規な時間どおりに進むものではない』という、ものの数秒のはずの一瞬の世界に驚くまでにドラマティックな世界を描き上げます。『時として、時は時を超越する』という言葉を描き切るものすごい説得力。まさかの感動に打ち震える結末にただただ圧倒されました。

ということで私はこの2つの短篇がとても気に入りましたが、6篇共通して言えるのは尺の短さもあって凝った物語を展開する時間がない分、ポイントを絞って、そこにスポットライトを目一杯当てるという短篇の魅力です。この作品が刊行された際に森さんはこのようにおっしゃっています。『自分は短篇小説をほとんど書いたことがない、という衝撃の事実に気がついた』。そして、これをまずいと感じた森さんは『最初の1年は毎月1編ずつ書いた』と短篇を書く経験を積まれます。そして10年が経って刊行されたこの作品について『10年間の戦果としては、これまでで最も多彩な「短篇の可能性」を吹きこむことができた』と語ります。

『人生の大切な場面が詰まった6つの物語』というこの作品。6つもあればどれか気にいる作品がある。そして、6つの物語を読み切った時に感じる集合体としての魅力もある。そんな6つの物語には様々な出会いが描かれていました。『年を重ねるということは、同じ相手に、何回も出会いなおすということだ。会うたびに知らない顔を見せ、人は立体的になる』。一度の出会いで気づかなかったこと、気づけなかったことがあったとしても、生きてさえいれば、再び出会いを重ねることもできる。その出会いが次の出会いを作っていく。サクッとスッキリ、森さんの作品ってやっぱりいいなぁと感じた、そんな作品でした。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 森絵都さん
感想投稿日 : 2020年4月22日
読了日 : 2020年4月21日
本棚登録日 : 2020年4月22日

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