カラフル (文春文庫 も 20-1)

著者 :
  • 文藝春秋 (2007年9月10日発売)
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2019年の我が国の自殺者数が、統計開始以来初めて2万人を切ったというニュースが年明け早々に伝わってきた。10年連続での減少だという。でも、それでも人口10万人当たり15.8人もの人が毎年命を絶っている現実は変わらない。それぞれに事情があったのだとは思う。遺書が残されている場合もあっただろう。でも例え遺書が残されていたとしても、そこにその人が自らこの世に別れを告げた真実が書かれているとは限らない。人は最後の優しさでそこに最後の嘘をついたかもしれないから…。一方で、それが彼が信じていた真実だったとしても、それが本当のことだったかどうかはわからない。それが彼の誤解に基づくものだった可能性は十分にある。本当のことを知っていれば、本当のことを知ってさえいれば、果たしてそれでも彼は命を絶ったと言い切れるだろうか。

『いきなり見ず知らずの天使が行く手をさえぎって、「おめでとうございます、抽選に当たりました!」と、まさに天使の笑顔を作った』。人が死んだらどうなるのか、どこに行くのか、誰も経験したことがないがゆえに、好き勝手に色々と語られることではありますが、まさか天使にこんなこと言われたら、これはもう面食らうしかありません。天使は、『ぼく』が前世で大きなあやまちを犯したのでこのままだと二度と生まれ変わることができないが、抽選の結果、再挑戦するための修行をする権利を得たと説明します。下界にいる誰かの体を借りて修行をする、そして順調に進むと前世の記憶を取り戻し、前世でのあやまちを自覚することで昇天できると説明します。

『「真が生き返った‼︎」小林真はこの十分前に「ご臨終です」と宣告されたばかりだった。真の魂は天にのぼり、空部屋となった体にぼくが入りこんで、ぱちりと目を開いた』、死んだ真に入れ替わった『ぼく』。まさに奇跡としか言えない状況に、『「真、よく帰ってきた、よく帰ってきた!」と、狂ったように息子の名を連呼する父親。ぼくの体にしがみついて離れない母親。ひたすら無言のきょうだい』と体の持ち主であった真の家族はそれぞれの反応を示します。

『ま、自然体でいこうぜ、おたがいさ』という現世のガイド役を務める天使はやけにさばけています。借りものである真の体。その真の自殺の原因が、『中年男とラブホテルに入る初恋の君。不倫する母親に、自分さえよければそれでいい父親。無神経な意地悪男の兄』であることを知り、さらに今はまさに中学三年の身で、間近に受験を控えている状況であると知って『ぼく』は、自身が前世で犯したあやまちの大きさを恨みます。それでも少しづつ、真の体に慣れていく『ぼく』。鏡に写る姿の違和感や、学校での『出産間近の宇宙人でも見るような目を向けられるはめになった』という生活にも慣れ、やがて真の自殺の原因に対峙していくことになります。

『考えてみると、真にかぎらず、この世にはもう遅すぎることや、とりかえしのつかないことばかりがあふれているのかもしれない』生きていると本当に色んなことが起こります。時間が過ぎてしまえば、もしくは他者視点で見れば、その人をその瞬間に襲った出来事は取るに足らない大したことではないことなのかもしれません。でも、その瞬間のその人にとっては真っ暗な闇に紛れ込んでしまったと感じることもあるのだと思います。時間が経ってみれば、取るに足らないこと、他人から見れば、そんなことで悩んでいたの?ということもあるのかも知れません。一方で、その真っ暗な闇と考えていたこと自体、全くの勘違いだったという場合だってあり得ます。真相を知ったら全くの勘違いで笑い話になった、そんな経験誰でも何かしらあると思います。

『この地上ではだれもがだれかをちょっとずつ誤解したり、されたりしながら生きているのかもしれない』。そう、人は自分で勝手に思い込みをしてしまいがちです。何が本当なのか、勝手に勘違いをして、意味なく思い悩んで、最悪の自体を招いてしまう。だから、『人は自分でも気づかないところで、だれかを救ったり苦しめたりしている』というようなことがそこかしこで起こってもしまいがちです。これはもう人間社会の宿命のようなもので変えようのない現実なのかもしれません。

でも、『人生は波乱万丈だ。いいこともあれば悪いこともあった。それでひとつだけ言えるのは、悪いことってのはいつかは終わるってことだ。いいことがいつまでも続かないように、悪いことだってそうそう続くもんじゃない』よく言われる言葉です。でも闇に入ってしまうと、この言葉を忘れがちです。視野が極端に狭くなりがちです。そして、短絡的に哀しい未来を選んでしまう。明るかった昼から夜になると暗闇の怖さに立ちすくむ時があります。でもそんな中でも落ち着きさえすれば前に進むための手がかりがぼんやりと見えてくるものです。例え、手がかりが見えなくてその場で立ち尽くしてしまうしかなくても、必ず夜は明けます。暗闇であればあったほどに、眩しいくらいの光が必ず差し込んできて夜は明けます。

この作品を読み終えた瞬間に、自分の中に熱いものが一気に込み上げてきて、しばらく涙が止まりませんでした。悲しいんじゃない、嬉しいんじゃない、なんだか色んな気持ちがいっぱいになってどっと押し寄せてきた、そんな感情に全身が包まれた気がしました。そしてしばらくして、なんだかすっと気持ちが楽になった自分を感じました。

この先、自身にも間違いなく辛いことが、真っ暗な闇が待っていると思います。その時には、まずは落ち着け、視野狭く焦るな、そして黄色い表紙を思い出せ、そう自分に言える自分を何処かに持っていたい、そう思い…、いや、そう決めました。

毎日の読書の中で、今日、とても素晴らしい作品に出会えました。私にとっては、この作品は、上下左右に1cmのズレもないど真ん中の直球でした。

どうもありがとうございました。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 森絵都さん
感想投稿日 : 2020年4月5日
読了日 : 2020年4月4日
本棚登録日 : 2020年4月5日

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コメント 2件

moboyokohamaさんのコメント
2020/05/17

今自分が見ているもの感じているものが全てとは限らない、と思えると余裕あるいは優しさが持てるのではないかと思います。
人それぞれ、世の中の出来事それぞれカラフル。

さてさてさんのコメント
2020/05/18

moboyokohamaかわぞえさん、ありがとうございます。

「カラフル」は私にとっては本当にど真ん中な作品でした。「カラフル」という書名含め本当に深い作品でした。

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