まほろ駅前多田便利軒 (文春文庫 み 36-1)

著者 :
  • 文藝春秋 (2009年1月9日発売)
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高等学校のクラスの人数って40名くらいでしょうか。毎日朝から夕方まで、一年という長い時間を一緒に暮らす、たまたま一緒になった人たち。さらにたまたま隣の席になったから、その時にたまたま好きな歌手が一緒だったから、様々な理由で、たまたま一緒になった人たちの中から友だちという一段上がった輪が、繋がりが生まれます。同じクラスといっても全員と友だちになるわけじゃない。その時たまたま友だちになった人、友だちにはならなかった人。その時、友だちにならなかった、もしくはなれなかったとしても、長い人生かけてみれば、もしかするとその人たちの中にこそ、あなたにとって、あなたの人生にとって知り合うべきだった人がいたかもしれません。あなたの人生に影響を与えた人がいたかもしれません。

『おおげさに言えば、まほろ市は国境地帯だ。まほろ市民は、二つの国に心を引き裂かれた人々なのだ。外部からの侵入者に苛立たされ、しかし、中心を目指すものの渇望もよく理解できる』東京23区の西部に位置し、『外部からの異物を受け入れながら、閉ざされつづける楽園。文化と人間が流れつく最果ての場所。その泥っこい磁場にとらわれたら、二度と逃れられない。それが、まほろ市だ』という主人公・多田啓介が生まれ、暮らす街・まほろ市。そんな街の駅前で便利屋を営む多田。『庭に猫の死骸があるから片づけてほしい。押入のつっかえ棒がはずれて洋服をかけられないので取りつけてほしい。夜逃げした店子の荷物を処分してほしい』などなど、そんなことは自分でやれ、と言いたくなるような依頼を嫌な顔ひとつせず引き受けていく多田。

そんな多田が、とあるバス停のベンチに、遠い記憶の中にあった顔を見かけます。『成績はすこぶるよく、見た目も悪くはなかった。校内では変人として有名だった。言葉を発さなかったのだ』という高校時代のクラスメイト・行天春彦。当時繋がりは全くなく、たまたま同じクラスにいただけの人。そんな行天は多田の後を着いていきます。『帰れと言いたくても、行天には帰るところがない。そういう相手に、どんな言葉を告げればいいんだ』仕事を辞め、アパートも引き払い、一文無しだという行天。そんな行天の便利屋での居候生活がスタートしました。

便利屋として色んな仕事を手掛ける多田。あまり役に立たない行天。そんな行天に給料を支払うようになった多田。でも行天は『犬のように小金を貯めこみ、鶴のように恩返しする男。行天の行動は、多田からすると謎に満ちていた』と、何か訳ありな事情を抱えているようにも見える行天。でもそんな行天との出会いが、多田の人生観に大きな変化を生じさせていきます。

今まで私は便利屋を利用したことはありませんが、自分の住む街にもあることはチラシなんかで知っています。さて、自分だったら何を依頼するのだろうか?とも思います。専門知識を要するのでないなら、身近な誰かにちょっと手伝ってもらえば済むことなのではとも思います。でも、『近しいひとじゃなく、気軽に相談したり頼んだりできる遠い存在のほうが、救いになることもあるのかもしれない』お金を払ってでも仕事として引き受けてくれる人にお願いした方が気持ちとしては楽になる、そういったことって場面によってはあるのかもしれません。だからこそ、便利屋という稼業は思いがけず依頼者にとても近い部分、その人の生活の深い部分を偶然にも垣間見ることも多くなるのかもしれません。
『だれかに必要とされるってことは、だれかの希望になるってことだ』
『黙っていれば、相手は自分にとって都合のいい理由を、勝手に想像してくれる』
そんな二人の会話の中からは、このようなどこか冷めた、どこか人生を悟ったような言葉も飛び出してきました。そして、二人がそれぞれに背負う過去が語られていくに従って、こういった言葉がどんどん重みを増して胸に入ってきます。

裏世界の闇、夜の街で生きる人たちの光と影、一見幸せそうに見える普通の親子の希薄な繋がり、まほろ市に生きる色んな人たちの生活を便利屋稼業を通じて垣間見る多田と行天。どこまでいっても他人事、仕事としての便利屋。でも二人は関わった人を放っておけない、事情を知った人を助けてあげたい。そして、最後まで付き合って面倒を見る。時にはケンカしながら、お互いに影響を受け合って最後は助け合って仕事をこなしていく二人。

なんだか見ていて飽きない、憎めない、どこかホッコリした気持ちにもさせてくれる多田と行天。

行天が言った言葉『人間の本質って、たいがい第一印象どおりのものでしょう。ひとは、言葉や態度でいくらでも自分を装う生き物だから』確かにそうなのかもしれませんが、第一印象に現れないものもあるように思います。たまたま友だちになる機会がなかった人たちの中にも、付き合ってみたら…という人がいたのかもしれない。時間を経て再び出会った多田と行天。高校時代の第一印象だけでは決して見えなかったものがそこにはありました。深く知り合ってみて初めて見えてくるものがありました。初めて感じるものもありました。だから、人間社会は面白い。そんな風に改めて感じました。

どことなくノスタルジックな雰囲気の香る街並み、そんな中に今日も生きる人たち、そこに流れるとてもあったかいものを感じた作品でした。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 三浦しをんさん
感想投稿日 : 2020年3月30日
読了日 : 2020年3月29日
本棚登録日 : 2020年3月30日

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