強運の持ち主 (文春文庫 せ 8-1)

著者 :
  • 文藝春秋 (2009年5月8日発売)
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本棚登録 : 11799
感想 : 1113
5

瀬尾まいこさんが好きです。
告白しているわけではもちろんありません。
大好きな作家さんの筆頭格のお一人という意味です。

柔らかく、優しく、温かみのある言葉でふんわりと包んでくれるその作品は、現実味のある作品であってもどこかファンタジーの世界を思わせるような不思議な味わいを感じさせるものが多いと思います。そんな瀬尾さんがこの作品で挑むのは『占い師』を主人公とした物語です。私は”占い”には全く興味はありません。街で”占い”をしている光景を見ても胡散臭としか感じたことはありません。なので、この作品が他の作家さんの作品なら間違いなくスルーしたと思います。でも、瀬尾さんが描く”占い師の物語”という、もしや?を感じさせる組み合わせ!それに魅かれてこの作品を手にした私は偉かった!そう、そこには絶品の”瀬尾まいこワールド”が広がっていたからです!

四つの短編からなるこの作品ですが、主人公・ルイーズ吉田(吉田幸子)が占い師として色んな人々を占うことによって、その人の人生に関わっていく連作短編の形式をとっています。短編というと連作短編であっても、短編ごとの出来不出来というものを感じることが多いと思いますが、この作品は”ハズレなし”の絶品揃い。ここまでクオリティの高い短編ばかりで構成された作品は、他の作家さん含めてすぐに思い浮かべることができません。そんな中でも瀬尾さんの魅力が直球ど真ん中に飛んできたのが最初の短編〈ニベア〉でした。

『あなたはそう見えて、弱いところがあるでしょう?いつでも自分のことを置いて、人のことを考えすぎてしまうのよね』と説得力を持って語るのは主人公のルイーズ吉田(吉田幸子)。『そうなんです!すぐ落ちこむし…。でも、すごい。どうしてわかるんですか?』と問う女性は『彼氏とかできますか?』と幸子を信じて問います。『それは、あなたしだいよ』とそれらしく表を描きながら『四月、…後は十二月かな?すてきな人が出てくる暗示があるわ』と答える幸子。『がんばって。きっといいことがあるわ』と前向きに語る幸子に『がんばります。ありがとうございました』と満足そうに立ち去る女性。『これで、三千円。ちょろいものだ。一人、二十分で三千円』という占いの金額。『一日平均二十人は占うから、合計六万円。場所代や諸々の費用を除いても、いい儲けになる』という幸子は『何より一人でできる仕事だし、気楽でいい』とショッピングセンターの片隅で占い師を始めて一年が経ちました。そして『私が占い師になったのは三年前だ』と過去を振り返る幸子。短大を出て、会社で営業の仕事に就いたものの半年で辞めてしまったという幸子は『アルバイト情報誌』で『占い師の仕事』を見つけます。『「未経験者大歓迎。時給千二百円」の募集広告』を見て『ジュリエ数術研究所』を訪ねた幸子。所長のジュリエ青柳は『結局適当なことを言って!来た人の背中を押してあげるのが仕事なのよ』と幸子にその仕事を説明します。一日だけの見習い期間を経て占い師・ルイーズ吉田として仕事を始めた幸子は『毎日大盛況だ。世の中には平気で無駄遣いをする人がたくさんいることに私は驚かされた』という感想を抱きます。そして、最初は習った通り本を見ながら占いをしていた幸子でしたが、次第に『本に書いていることと、どう見ても正反対のお客さんがいたりする』と気づきます。そして『私は自分の直感で占うようになった』という展開。やがて『不思議なことに私の占いは当たると評判になり、人気が出てきた』という結果がついてきます。その後独立して今に至る幸子。そんな幸子は占い師として、占いをきっかけに、年齢も性別も他種多様な人たちの人生に大きく関わっていくことになります。

『占い師』が主人公であるこの作品。”占い”をしてもらったことのない私には、まずその舞台裏に広がる世界がとても新鮮に感じられました。『当たるも八卦当たらぬも八卦』がモットーというジュリエ青柳に教えを乞い、やがて独立していく幸子ですが、そもそもアルバイトの募集広告で見つけた時給1200円の仕事という時点で”占い”という世界の神秘性が一気に崩れ落ちました。そして『相手の人柄や今ある環境を当てることはさほど困難なことではない』という幸子は『外見や話し方からほとんどのお客さんの性格はわかる』と言い切ります。『どんな人だって、弱いところがあるし、頑固なところもある』という納得感のある説明。確かに『繊細だって言われれば喜ぶし、優しい人だと言われて悪い気はしない』というのは私自身恐らくそう感じるであろう感覚です。それを『そういう誰にでも当てはまりそうなことを、それらしく話しておけばいいのだ』という幸子。こんな風にその舞台裏を淡々と説明されると、『二十分で三千円』はとても出す気になれません。さらに『未来を占うのも簡単』と具体的に言う幸子。『明るい未来と暗い未来を、七対三の割合で話す』というそのカラクリ。『外れたって、そうそう文句を言いに来る人はいない』と開き直りにも感じられるその考え方には、いやいやちょっと待ってください、と思わず詰め寄りたくもなります。『結局は話術だ』という『占い師』の舞台裏。実際に全ての『占い師』の方がこうなのかはわかりませんが、少なくとも私の中に少しは存在していた神秘性が一気に消し飛んでしまいました。そんな『占い師』の舞台裏を知ると、読み進める興味も失ってしまいそうですが、そんなところにこの作品の本質はありませんでした。

『金持ちだけど自己中心的な年上の彼か、優しいけど生活力のない年下の彼。どっちと付き合うべきか。それが彼女の深刻な悩みだった』というように恋愛の相談が圧倒的な『占い師』の仕事。当初、『無駄遣いをする人がたくさんいる』と『占い師』の舞台裏を知って驚いた幸子ですが、同時にジュリエ青柳からは『三千円の価値をどうつけるかはあなたしだいよ。大事なのは正しく占うことじゃなくて、相手の背中を押すことだから』という言葉を伝えられていました。当初、意味を理解できなかった幸子ですが、人気が出て独立し、『占い師』として日々多くの人と対峙する中で『悩みなんて、人に話せた時点で半分は解決だから』と思うようになり、『ちょっぴり秘密にしている部分を誰かに話すのは楽しいことなのかもしれない』と”占い”に訪れる人々の気持ちを理解するようになっていきます。生きていると、自分の中にすでに答えを持っているにもかかわらず、その答えを出すということに躊躇する場面って結構多いと思います。自分が答えを出すべきことは、どこまでいっても自分で決着すべき問題です。そんな時、人は身近な誰かに相談をし、背中を押してもらおうとします。答えが出ていても最後の一押しを期待する人の弱さ、それは誰にでもある感情だとも思います。そんな役割はかえって利害関係の全くない赤の他人の方がいいと考える気持ちもわかります。『その人がさ、よりよくなれるように、踏みとどまってる足を進められるように、ちょっと背中を押すだけ。占いの役割って、そういうことなんだね』と気づいていく幸子。ただただ、胡散臭と思っていた『占い師』という職業について、その印象がごろっと変わってしまった、そんな読後感でした。

『見ず知らずのいろんな人の話を聞くだけでも面白いのに、その上、その人の身の上のこととか、将来のこととか一緒に考えられる』という『占い師』の醍醐味を感じるこの作品。柔らかく、優しく、温かみのある言葉でふんわりと包んでくれる瀬尾さんの醍醐味溢れるこの作品。瀬尾さんならではの結末の絶妙な終わらせ方含め、瀬尾まいこワールド全開なその魅力にすっかり魅了された絶品中の絶品!でした。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 瀬尾まいこさん
感想投稿日 : 2020年9月4日
読了日 : 2020年8月29日
本棚登録日 : 2020年9月4日

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