境界性パーソナリティ障害 (幻冬舎新書 お 6-1)

著者 :
  • 幻冬舎 (2009年5月27日発売)
3.85
  • (48)
  • (97)
  • (45)
  • (11)
  • (4)
本棚登録 : 965
感想 : 81
3

この障害は病気というより、いくつかの症状を持つ症候群だ。その”原因”も実にさまざま。読んでみた印象だと、乳幼児期における環境の是非の影響が大きいこと。何らかの要因で親(あるいはそれに類する大人)が子供の存在を”否定”すると、子のパーソナリティに傷がつく。しかし(ここがこの症候群の難しいところの1つだが)はた目には愛情たっぷりに育てられているように見えても、この障害を発症するケースもある。
本書後半には『車輪の下』などの作品があるヘルマン・ヘッセの半生を例に、発症の状態から回復へいたる様子が参考として紹介されている。興味深いがでもこれとて、参考に過ぎない。ベースとなるもともとの性格も分析されていて、実いろいろなパターンがある。でも注意しなければならないのは、このパターンの人がみんな境界性パーソナリティ障害になるわけではないこと。ここに精神分析では解決しずらいところがある(本書でも取り上げられているが、精神分析でもある程度アプローチは試みられているようだ)。
障害を持っている人の周囲で困るのは、その人の感情の不安定さが1つある。その結果本人はその気がないのに周りは振り回されることになる。「見捨てられ感」から逃れるためになんとか周囲の気を引こうとするとか、逆に「裏切られた」と思い込み、急に逆上して暴力的になったり。
乳幼児にはまだ自己(パーソナリティ)が未熟だから、気に入らないことが起こると感情をそのまま爆発させる(泣く、ぐずるなど)。その時の親の対応がとても大事だ。適切に愛情を注ぐことで、子どもは安心して親から徐々に独立し自己を確立していく。結局、不安定さは自分の存在が不認証されて自己確立が未熟なまま大人になってしまったことが理由の1つという。自分の思考と他人の思考を混同してしまう(自分がこう思うから他人もそうだろう)という現代人に多くある傾向もそうしたことが要因かもしれない。
また、先に書いた”愛情たっぷり”も、実は親の考え方の押しつけがあるかもしれない。いままでの”自分の考え”は実は親の考え方だった……。このショッキングな発見が障害を発症するきっかけになることが多いという。
障害を持っていたある若者はこう語っていた「自分のことだけ考えて、自分のことだけできるということが、うれしかった」
著者もいうように現代の社会は「自己愛性」が強く、「非共感性」が増している。そんな社会のなかにあって「自分のことだけできる」経験がほぼ無かった(感じられなかった)人がいるというのは、驚くことと思うと共に、ある意味そうでないともいえる。境界性パーソナリティ障害に限らず、いろいろな精神的病には、自己確立が阻害されて起こっているものが多いと思う。
この障害はその、本来の自分を取り戻そうとする人の心の叫び、とでもいようか。岡田さんは「かつての自分を否定し、正反対の自分を打ち立てる段階を経て(略)両者を統合した新しい自分へと至る」のが自己確立の活動としているが、その”軋轢”ともいえる一種の苦しみが、傷害となって現れるのか。健全に成長しても、反抗期とかがあるように、存在を「不認証」された人はその苦しみが巨大化するのだ。
本書後半には、そうした障害を持つ人をいかに支えることができるかに焦点が向いている。そのなかで、生活そのものを整えることの重要性も指摘されている。つい精神的な問題は精神を整えることに集中しがちだが、仕事をして生活基盤を持つこともとても重要だ。仕事をすれば何かしら社会や人の役に立つ。ごく当たり前で仕事に慣れるといちいち考えないけど、収入を得て自分で生活ができると確かに精神的余裕も出てくる。普通の人でもそうなのだが、傷害を持っている人にもとても大事なことだ(この辺はヘッセのありようが参考にされている)。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 科学
感想投稿日 : 2022年10月9日
読了日 : 2022年10月9日
本棚登録日 : 2022年6月9日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする