ソラリス (スタニスワフ・レム コレクション)

  • 国書刊行会 (2004年9月20日発売)
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感想 : 72
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誰にでも何かに夢中になる時期というものがあるように本ばかりを読んでいた時期が自分にもある。ただ、好きな作家が偏っていて、東欧系のSFはあまり読んだことがなかった。それでも『ソラリスの陽のもとに』という旧訳名はよく知っていた。それだけ有名だったということだ。二度も映画化されていることから見てもSF界におけるこの作品の人気がよく分かる。

今度あらためた訳された『ソラリス』は、社会主義政権下で検閲を受け、余儀なく削除された部分を復元したポーランド語原本からの完訳版である。初版が発表されたのは1961年だから約半世紀前の作品ということになるが、今度はじめて読んで思ったのは古典的SFの風格を感じこそすれ少しも古さを感じないということだ。ソラリス学の架空文献の列挙をはじめ、「海」が見せる形態模倣のリアリスティックな描写と見所は多い。

ストーリー自体は複雑なものではない。地球から遠く離れた惑星ソラリスに派遣された心理学者クリスは、宇宙ステーション内の荒んだ様子に驚く。どうやらステーション内には人間以外の何者かがいるらしい。やがて、自分もその存在に出会うことになるが、意外なことにそれは十年も前に死んだはずの恋人ハリーだった…。

その星のほとんどを海が占める惑星ソラリスでは、海から生物が発生するのではなく、海そのものが高度の知的生命体となっていた。その海が知的活動を行うことは海が見せる模倣活動によって知ることができる。「海」は人間の脳の中に残る強い意識の残存物を手がかりに、庭園であれ人間であれ、何でもその姿を模倣するのである。

科学者たちは様々な実験を繰り返し「海」とのコンタクトを図ろうとしてきたのだが、進展は望めず、最近では計画の見直しを図る声が出始めていた。ステーションで実験を続けていたギバリャンはひそかに禁じられていたX線照射を行ったらしいことがメモに残されていた。「お客さん」はそれ以来ステーション内に出没するようになったらしい。

誰もが心の奥深くに沈めている忘れられない人の記憶。自分の脳内にあるその生体組織や心理傾向のデータが解析され、そのデータに基づいて造られた瓜二つの構成物があったとしたら、人はそれを愛することができるだろうか。そして忠実に再現されたその生命体が知力だけでなく意志や感情を持つとしたら、何度でも再現可能な自己という存在をどう受けとめるだろうか。ここにあるのは、人間とは何か、人を愛するということはどういうことかという根元的な問いかけである。

しかし、『ソラリス』が投げかける問いはそれだけではない。人間は神さえも自分の姿に似せて造型せざるを得ない性向を持っている。自分以外の知的生命体に対する接し方もそこから脱却できない。理解し合えればいいが、でなければ征服するかされるかのどちらかになる。コンタクトを望みながら、それが叶わないとX線照射を辞さない人類の姿に映し出されているのは、自分とはまったく異質の存在を認めることができないのが人間だという否定的な認識である。

旧ソ連時代、この作品が検閲を受けねばならなかった理由はそのあたりにあるのだろう。そしてまた、この作品が一向に古びないのは、米ソ冷戦も終わり、新時代を迎えながら、自分とはまったく異なる世界観を想像する力を持たず、それどころか根底から破壊してしまいかねない現在の人間世界の在り様からも窺えるのではないだろうか。

「それでも、残酷な奇跡の時代が過ぎ去ったわけではないという信念を、私は揺るぎなく持ち続けていたのだ。」と、主人公の言葉を借りて作者が結んだのは1960年6月のことだった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: SF
感想投稿日 : 2013年3月10日
読了日 : 2004年12月26日
本棚登録日 : 2013年3月10日

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